第12話 ロンダルク野菜のタルティーヌ②

 二人はロンダルク領の市場をぐるりと散策し、家に戻る頃には、食材で両手がいっぱいになっていた。

 ロンダルクの商人たちは、人がいいのか土地柄なのか、引っ越してきたばかりのノエルたちに、「試しに食べてみて」と、オマケをたんまりと持たせてくれたのだ。


「もの凄い量になってしまったな」


 ランスロットは、紙包みからはみ出し、タワーのようになっている小麦粉や野菜、果物をそっと調理台に置いた。そして、アプラの実を狙うセサミを素早く捕まえた。


「食事はまだだ、セサミ。 料理をしてからだ」

「きゅうぅぅぅ」


 残念そうな鳴き声をあげるセサミである。


「セサミ、後でちゃんとご飯あげるからね」


 ノエルは微笑み、ランスロットの手の中のセサミをもふもふと撫でた。そして、視線を上げて、ランスロットを見やる。


「今日のお昼は、私一人で作りますね。まだお店はオープンしてませんが、初賄いをランスロットさんに食べていただこうと思います」

「俺も手伝おうと思っていたが、いいのか?」

「はい! 私、確かめたいことがあって」


 新しいベーカリーカフェルブランをどんな店にしたいのか。ノエルは、それを自分なりに考えてみようと思ったのだ。


「そうだ、リクエストを聞いてもいいですか?」


 ノエルは掃除したてのキッチンに駆け込みながら、くるりと後ろを振り返った。

 するとランスロットは、「そうだな……」と少し考えてから、思いついたように口を開いた。


「お前のパン ド カンパーニュを食べてみたい。アプラスでは、よく食べるパンだったのだが……。作ってくれるか?」


「もちろんです! ご注文、承りました!」


 ノエルは軽くお辞儀をし、エプロンのリボンをきゅっと結び直す。気合は十分だ。


 パン ド カンパーニュとは、野生酵母による自然な酸味と、香ばしく歯ごたえのある外の皮、弾力のある中身――、クラストとクラムが特徴の大型の田舎パンである。発酵種を事前に作っておく必要があり、普通は前日からの仕込みが必要だ。

 しかし、魔法料理人のノエルは別である。


「炎の精霊よ。水の精霊よ。我の声を聞け!」


 ノエルは精霊の力を借り、食材を操るように料理ができるのである。

 今は理想の温度と湿度を作りあげ、生地の発酵スピードを何十倍にも早めている。そしてノエルは、その発酵を見守りながら、本ごねの生地作りにも取り掛かった。


 ランスロットは、アプラス領でどんなパン ド カンパーニュを食べたのだろうか。幼い頃、家族と朝食で? アンジュとも一緒に食べたのだろうか? チーズやバターをのせて? シチューの付け合わせかも?


 ノエルは想像を膨らませながら、パン生地をこねていた。考えるだけで楽しくなる。


(今、私がランスロットさんに作れる最高のパン ド カンパーニュはどんなものだろう?)


 ふと、調理台の紙包みから転がり出ている野菜に目が止まった。


「野菜……。これだわ!」


 ノエルはミルクティー色のポニーテールを揺らしながら、踊るように野菜を手に取った


***


 半刻後、パンの焼ける香ばしい香りが、キッチンとホールに広がっていた。ノエルがパンを焼くのは久々で、懐かしい幸福感を実感せずにはいられなかった。やはり、パン作りは楽しいのだ。


「お待たせしました、ランスロットさん!」


 ノエルは丸テーブルの真ん中に、そっと皿を置いた。


「タルティーヌか! 美しいな」


 ランスロットは料理を見て、感嘆の息を漏らした。


「《ロンダルク野菜のタルティーヌ》です。パン ド カンパーニュをスライスし、野菜とソーセージ、チーズをのせて焼いています」


 タルティーヌとは、オープンサンドイッチのことである。今回は、じゃがいも、ズッキーニ、にんじん、トマト、レンコン、ブロッコリーなど、ロンダルク領自慢の野菜が、パンを飾っている。まるで花びらのようである。


「どの野菜もとても美味しそうだったので、ふんだんに使ってみました! これが、私の今日のパン ド カンパーニュです」

「初賄いは、豪華だな。さっそく戴こう」


 ランスロットは、ノエルも向かいに座るように促した。


「賄いなのだろう? 一緒に食べよう」


 ノエルは頷き、椅子にちょこんと座った。

 しかし、ランスロットの反応が気になってなかなか食べる気になれなかったため、彼がタルティーヌを口に運ぶ様子を静かに見守った。


「どう、ですか?」

「あぁ、とても美味い。懐かしいが、初めての味だ。パンと野菜がよく合っている」


 ランスロットは笑みを浮かべながら、続けて二口、三口と、タルティーヌを頬張った。


だが、彼を縛る鎖が砕ける様子はない。シン……と、精霊たちも静まり返ってたままだ。


「記憶、戻らなかったですね……」


 つい、心の声が口に出てしまい、ノエルはハッとした。自分が落ち込んだら、ランスロットのプレッシャーになってしまうではないか。


「ノエル」


 ランスロットは、真剣な眼差しをノエルに向けた。蒼く澄んだ瞳に、ノエルは吸い込まれそうな気持ちになる。


「お前が俺の記憶が戻ることを願ってくれているのは嬉しい。だが俺は、思い出すために食事をするわけじゃない」

「でも私、相手を思う料理を作りたいんです。だからこのタルティーヌは、あなたの力になりたくて作った料理で! それが上手くできてないから……」


 ノエルは、客の心に寄り添う料理を作りたい。ベーカリーカフェルブランをそんな店にしたいと考えた。


だが、ランスロットに何もしてあげられない自分には、そんな理想を叶えることは無理なのではないか……と思い始めていたのだ。


「俺は、お前が客の想いに気づける料理人であることを知っている。あの時のスコーンとたっぷりのブルーベリージャム。俺の故郷の果実を使ったナイトバードのソテー。皆でテーブルを囲んで食べたパンケーキ。ドーナツは、セサミに取られてしまったが……。俺の知っているノエルの料理は、どれも相手を思いやる、温かな気持ちがあった」


 ランスロットはタルティーヌに近づくセサミを見守りながら、ふっと微笑んだ。


「もちろん記憶を取り戻したいが、俺はきっと、ノエルの作ってくれた料理を忘れない。新しい思い出として、記憶に刻んでおく」


 ノエルはランスロットの真っ直ぐな視線に、思わず目を逸らしてしまった。


自分の料理を、忘れないと言ってくれた。新しい思い出にしてくれると言ってくれた。それが、ノエルはたまらなく嬉しかった。


 身体が熱い。胸が熱い。


 そんな不思議な感覚が、ノエルのなかを巡っていた。


「ありがとうございます」


 ノエルはやっと、言葉を絞り出した。


「私、ベーカリーカフェ ルブランを、一日数組限定の、予約制のお店にしたいです。お客様ひとりひとりに寄り添うお店に。そんな店を、あなたと作りたいです」


 ドキドキと、胸が高鳴っている。


ノエルにとって、店を予約制にすることは大きな決断だった。上手くいく確信はまったくない。自分がやりたいようにやるだけでは、商売は上手くいかないことは、ノエル自身が痛いほど知っている。


「俺は、お前ならできると思うぞ。理由は先程言った通りだ。だが、不安材料といえば、戦いしか能のない俺かもしれんな。指導を頼むぞ」


 ランスロットの優しい言葉は、ノエルの心にじんわりと染みていった。


 やっぱりランスロットさんが、【勇者殺し】の罪を犯すなんて信じられない。こんなに優しくて、思いやりのある人なのに。


「ノエル。早く食べなければ、すべてセサミに食われるぞ」

「えっ? あ、こら! セサミ!」


 いつの間にか、セサミがせっせとタルティーヌを食べ進めて、「きゅっきゅぅっ」と幸せそうに鳴いているではないか。


「セサミの分は、別で用意してたのに」


 ノエルはセサミの黒いて柔らかい毛をわしゃわしゃと撫でながら、ふふふと笑った。何だか、とても楽しくて嬉しい気持ちが湧き上がってきたのだ。


「どうした、ノエル? まさか、セサミに食事を奪われたことが嬉しいのか?」


 ランスロットは、不思議そうにノエルを見つめていた。


「いえ! 私も、今日のことを忘れないだろうな、と思ったんです」

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