第10話 ドーナツと幽霊屋敷③
一方ノエルは、月がゆっくり動いていくのを眺めながら、屋敷の玄関前に座り込んでいた。
(一緒に行きたかったなぁ。私とランスロットさんの家なんだし)
そんなことを考えていると、誰に聞こえたわけでもないのだが、ノエルはなんだか恥ずかしくなってしまった。まるで、カップルの家探しみたいな表現に思えたからだ。
「ご先祖様、ごめんなさい! やましいことはありません!」
ノエルはアンジュのことを思いながら目をつぶって、両手を合わせた。
きっとアンジュが伴侶を得ずに、養子を迎えたのは、ランスロットをずっと愛していたからだろう。彼が罪人になっても、ずっと信じていたのだろう。年頃のノエルとしては、その絆や純愛が眩しくてたまらない。
(私、あなたが信じたランスロットさんの真実を明かしてみせます! 天国で見守っていてくださいね!)
再びノエルが目を開けたとき、膝の上に、黒くて、もふっとした謎の生き物が乗っかっていた。
グルルルル、グルルルルゥッ
「えっ? なにこれ! すっごい音! って、いやーーー! やめてーーーっ!」
ノエルは訳が分からず、大声で叫んだ。
「ノエル! 無事か?」
同時に、ランスロットとハインツが、ドアを突き破るようにして屋敷の中から現れた。息を切らして走ってきたようである。
「助けて! 食べられちゃう! 私たちのドーナツが!」
襲われていたのは、夜食の入ったバスケット。ノエルは、バスケットに侵入にようとする、手の平サイズの黒いもふもふと格闘していたのであった。
グルルルルグルルルル
「すごくお腹空かせてるみたいなの!」
謎の咆哮は、黒いもふもふのお腹の鳴る音だった。ノエルがもふもふを力づくで引っ張り出すと、ソレはドーナツを口に咥えてもぐもぐしていた。
「闇ザラシの子どもだな」
ランスロットは、黒いもふもふの頭を撫でながら言った。
それは、両手で包み込めるくらいの大きさで、たしかにアザラシのような姿をしていた。
「なかなか希少なモンスターだ。大人の闇ザラシは、脂がのっていて美味。かつ、毛皮は高級品として取り扱われる。生息地はもっと寒冷な地域のはずだが……」
ランスロットは淡々と解説し、ハインツは、驚いて闇ザラシを見つめていた。
一方、闇ザラシはせっせとドーナツを食べ進めている。なんだかとても愛らしい。
「美味しい? 自信作なのよ」
先程まではドーナツを取り合っていたノエルだが、諦めて闇ザラシにドーナツを与えていた。そして、小さな闇ザラシが美味しそうに食事をする様子には、母性本能がくすぐられずにはいられない。
「きゅるぅっ」
(か、可愛い! 可愛すぎる!)
「ねぇ! ランスロットさん! この子、連れて帰っていいですか?」
ノエルは子犬を拾った幼子のように、目をキラキラさせて、ランスロットを見つめた。
「保存食か?」
「違います! うちのお店の看板アザラシに!」
力強く言い切ったノエルに、ランスロットは困惑気味だ。モンスターを飼うという発想は、今までなかったらしい。
「闇ザラシは、人間を襲うことはないが……。成体になると、今の五倍の大きさになるぞ」
「大丈夫です! 大きくなっても、ちゃんと散歩に連れて行きます!」
「そうか、なら好きにするといい。店主はノエルだ」
二人のやり取りを見て、ハインツは「飼うの? 散歩させんの?」と呆れていた。
「まぁ、たしかに可愛いけどさ。まかさ、こんなちっこいアザラシの腹の音が、幽霊の声の正体だったとはな~」
ハインツは嬉しそうなノエルの姿と闇ザラシを見比べて、仕方ないなと小さく笑った。
「さ! これで【幽霊屋敷】は、アンタらのもんだぜ! よかったな!」
「えぇ、ありがとう! ベーカリーカフェ ルブラン開店に向けて、頑張って準備しないとね!」
ノエルは、頬ずりをしてくる闇ザラシを撫でながら、新たな一歩に心を躍らせるのだった。
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