35年前の記憶があるんだけど、何か質問ある?

 8月2日 9:25



 


 ファーッ!と叫ぶ声が聞こえて給湯室を飛び出した。窓に背を向けた席で廣瀬先生が仰け反っているのが目に入る。よもや何事か。


 かと思えば、先生は手を叩くような勢いで笑い出した。・・・あー、承知しました。どうせVIPか何のJだか知らないが、また何処かの恐いインターネットを見ているのだ。何かの発作でも起きたのかと思ったじゃないか、まったくもう。声デカいし。慌てて飛び出したから、手に開封前の珈琲豆とハサミを持ったままだった。あー!やだやだ。




*****   *****   *****   ****




 お取り寄せの珈琲豆をザラザラとドリッパーに流し込む。香りは脳の記憶中枢に直結しているんだったっけ。ふと思い出したが、先生の座っているあの椅子って10万円近くしたんだけど。購入に際して



「リクライニング機能は搭載していないが、よろしいか」

「それで結構」

「御意」



 といったやりとりがあった。

 

 今の背もたれの反りときたら尋常ハンパではなかった。これを見越しての采配にござりますれば、先生殿さすがにござる。やりよるわい。




 始業時間には30分早い。私と先生の他には誰も出勤していなかった。これはいつも通りだ。


 今日は観葉植物と花々に水をあげる日になっている。そろそろ液体肥料の残量も見ておかなければ。ウォーターサーバ―の詰め替えボトルも今日追加発注する予定だった。


 午前中に先生のご友人が立ち寄ると聞いているのと、明日の定例会議のリマインドも今日中にしておかないといけないな。どちらもそれほど深刻でないから気負う必要はないかと思われた。ご新規の相談者が来ることだけは口頭でも念を押しておかなければならない。


 そうだ、個人的な用件だけど皆が―――といっても、あと二人だ―――揃ったらを配るのを忘れてはならない。遠方の友人から送られてきたもので、一人では食べきれない分量だった。一つは丸善の書籍売り場へ置いて来ると決めている。


 皆いつもよりちょっと豪勢ゴージャスに秋刀魚でも喰らうがいい。刀魚というくらいだからまだ早いのかもしれないが、私は魚があまり好きではないから旬の時期が秋なのかそうではないのかよくわからない。

 

 たった今落としたばかりのコーヒーを先生の机に置いて、いつも通りに朝は始まる。



「ありがとう」



 今日は夜から吹部の練習がある。送り迎えで確実にサヤカさんに会えるから先生が上機嫌なのは想定内だった。鯛焼きが食べたいと申し出てみようか。「好きなだけ買っておいで」と紙切れを渡されることになるかもしれない。


 しかしながら今日いらっしゃる予定のご友人は大変に研ぎ澄まされたお土産のセンスをお持ちで、表参道で話題のスイーツや人気店のチーズタルトなんかを買って来てくれることが少なくない。今日おやつに困ることはなさそうだった。であれば、あとは先生に機嫌よく過ごしてもらえればそれでいい。もっとも機嫌の善し悪しが仕事に差し支えるようなことは今までに一度たりとも無い。


 ただ今日は先生にとっては非常に残念なお知らせがあった。サヤカさんの御厚意で私も同伴させていただく予定となっております。道中“お邪魔”します。まだ教えない方が良いだろう、知らぬがナンチャラということもある。同じ職場の人には機嫌よく仕事をして欲しかった。まして雇用主であるからにして。



「蕗ちゃん、これちょっと見てよ」

「はい。どうかなさいましたか?」



 PCを覗き込むと先生との距離が接近して、いい匂いがする。ほらね。案の定やっぱり何チャンネルかだ。そう思ったが、画面を見て私は声を上げた。



「・・・え?」



 これに笑ってたの?意味不明イミフ



 

【35年前の記憶があるんだけど、何か質問ある?】



 スレッドのタイトルを読んで何が面白いのかを少し考えた。ちょっと何言ってるかわかんなかったのだ。言っている意味はわかったのだが声を出して笑うようなことかと、ピンとこなかった。




「面白いだろ!そんなもん俺だってあるよ」

「・・・・・ああ~」



 そうやって考えんのね。了解了解。



「はい、確かに」




 なるほど、35歳以上の人限定で笑える(?)ネタだったらしい。私にはまだ35年前の記憶は無い。ある人からしたら確かに面白いんだろう。【25年前の】と言われたら私だって「あるから。」と思うに違いなかった。これほど笑えるかはわからないが。



「タイトル選手権ですか?」

「そうでもないんだ。・・・ていうか、どうしてそんなもの知ってるんだ」

「どうしてでしょうねえ?」



 そんな私の返事なんか聞こえているのかどうか。


 先生は画面に視線を戻した。無駄に神妙な顔をして釘付になっているから話しかけにくいし、しかも。スペックは高いしペチャクチャ喋んなきゃイケオジなんだよなあ。もったいねえ。

 

 ―――――まあいいか。相談のお客さんが来るのは午後からだから今はそっとしておこう。玄関の方から「おはようございまーす」という同僚の声が聞こえてきた。さあ、8月2日が始まる。














 🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼🐼




 現代編はここまでとなります。

 お付き合いくださいましてありがとうございます!心よりの感謝を申し上げます。



 引き続き“あのスレ”に居合わせた彼らを繋ぐ合言葉をひっそり募集します。チーム名みたいになると嬉しいですが、そうでなくても何でも結構ですので、ダサいのください。後半の大事な場面クライマックスで登場させたいので思い付いた方はコメント欄にご記入いただければ幸いです。


 ご応募いただいた作品は全て作中で登場させていただきますが、一番ダサいことを言った方が優勝です。


ダサ1-climax








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