最終話 陽だまりに包まれて
「……くん、……了君、起きて……」
温かな、春の陽だまりのような声。
心地よいその声に包まれて、まだまどろみの中にいたいと、薄ぼんやりとした意識の片隅で思ってしまう。
でも──
「……了君、起きないと……」
不穏なその声に、パチリと目が覚めた。
「おはよう、梨沙」
耳に息を吹きかけようと近づいて来た顔に手を伸ばし、その頬を撫でる。
「むううう」
悪戯が未遂に終わった梨沙は少し不満そうに頬を膨らましたが、すぐに笑顔になった。
「おはよう、了君。ご飯できてるよ。それともお風呂にする? それとも、わ・た……きゃっ!」
梨沙をベッドに横倒しにして、その上に覆いかぶさる。
「じゃあ、まずは君だ」
「もう、エッチなんだから……ん」
可愛く抗議してくる彼女の口を唇で塞ぎながら、Tシャツの裾から滑り込ませた手を背中に回し、ブラのホックを外した。
あれから4年。梨沙も俺も東京の大学に進学した。
あの後、俺たちの関係が必ずしもすんなり認められた訳では無い。
従姉弟同士の恋。法的には何の問題も無いが、やはり血が近過ぎるとして、剛さんや俺の両親が難色を示したのだ。
赴任先のヨーロッパからオンラインで繋いでの家族会議。
ただ、沙耶香さんが終始味方になってくれたこともあり、最終的には俺達の意志を尊重してくれることになった。
今は双方の両親公認の同棲生活である。
「それ、こないだ言ってた奴?」
梨沙と一緒にお風呂に入った後、彼女が髪を乾かしている間に、録画しておいた番組を見ようとテレビをつけていたら、ソファに並んで座って来た彼女に声を掛けられた。
「そう。『ザマ婚』のアニメ化特番」
通称「ザマ婚」、正式タイトルは「昔泣かされた幼馴染王太子に婚約破棄されたので、ザマァして結婚しました」。
既刊8巻、累計300万部。コミカライズ版も含めると累計1000万部近くになる人気ライトノベルである。
主人公である公爵令嬢ルナリアーナは、子供の頃に泣かされたりしながらも、婚約者である王太子を心から愛していた。
しかし、王太子はおっぱいが大きいだけの伯爵令嬢アリサに一目惚れ。ルナリアーナとの婚約を破棄してしまう。
だが、ルナリアーナはその智謀と人脈の限りを尽くし、王太子をザマァして、最後には彼の愛を取り戻すのだ。
……いや、突っ込みどころ満載である。
ザマァしたのに結婚してるって何だよ。そこは普通、隣国の皇太子とか、超イケメンの第二王子とかもっとハイスペックのスパダリとくっついて、王太子は廃嫡されてザマァってのが定番だろう、というのは置いといて──
そう思っているのは梨沙も同様のようで。
「このおっぱいが大きいだけの伯爵令嬢アリサって絶対私のこと当て擦ってるでしょ!」
「えぇと……」
まあ、それはそうかも知れない。だけど、それだけでは無いことを俺は知っている。最新刊まで原作を読み進めているから。
ルナリアーナとアリサは最初こそ敵対するものの、後に王太子を失脚させようとする隣国の企みを防ぐために共闘。やがて無二の親友となっていくのだ。
本当に二人の関係によく似てるよな。
そう、「ザマ婚」の原作者とは──
テレビでは、まさに司会役の人が、原作者の紹介をしているところだった。
『今日は素敵なゲストをお呼びしています。この『ザマ婚』の原作者、
その紹介に現れたのは──あの夏月だった。
ペンネーム、形無夏姫。本名、彩名夏月。
夏月は高2の頃、小説投稿サイトに連載していた「ザマ婚」が書籍化し、作家デビュー。以降、ライトノベルだけでなく、詩やエッセイなど様々なジャンルでヒットを飛ばす人気作家となっていた。
画面に映る夏月を見ながら思い出す。
夏月の想いを断った後、ようやく、再び友達として話が出来るようになった頃。執筆をどうするのかを聞いたのだった。
小学生の頃の彼女は、俺と喧嘩別れした後、執筆を止めてしまっていた。
だが、その時の彼女は決然と宣言したのだ。執筆を止めないと。
そして「いつか有名作家になって、私を選ばなかったこと後悔させてやるんだから」、そう言って笑った彼女の笑顔を今も覚えてる。
本当にその宣言通りになった。その感慨を共有しているのだろう。
「なっちゃん、本当に有名になったね」
画面に映る夏月を見ながら、梨沙がしみじみと呟いている。ただ、それを梨沙が言うのには少々異議がある。
「有名って点で言ったら、梨沙の方が上だろ」
ファッションモデル LISA。あのウェディング特集で鮮烈なデビューを果たした彼女は、メディアへの露出も増え、今やSNSのフォロワー数が数百万人を数える人気モデルである。
夏月や梨沙だけでは無い。
他のみんなもそれぞれの道を歩んでいる。
拓海はJ2でプレイするようになったと聞いているし、神崎さんは陸上のオリンピック強化選手だ。
「俺だけだな。無名のままなのは」
自嘲気味に呟かれた言葉。でも梨沙にすぐ反論される。
「有名、無名とか関係無いよ。了君は先生を目指すんでしょ。凄い立派だと思う。了君は人の痛みがわかるから、きっといい先生になれるよ」
その言葉が嬉しくて、つい、饒舌になってしまう。
「ありがとう、梨沙。昔、ナナ先生に言われたんだ。『困っている人を助けられる大人になれ』って。それはもちろん、教師になれってことじゃ無いけど、それでも、ナナ先生みたいな先生になれたらって」
「……フーン、ナナ先生みたいな、ね」
「そう言えば、夏休みに同窓会行ってきたんだけど、そこで久しぶりにナナ先生に会ってさ。先生も俺が教師目指すって言ったら喜んでくれて。教育実習、指導教員やってくれるって」
「了君!」
あれ、何か声のトーンがいつもより2オクターブくらい低い。何だろう。何か不機嫌になるようなこと言ったっけ?
「ナナ先生と浮気したらダメだからね!」
「は?」
いやいやいや、何言ってるの? 反論しようとしたが、遮られた。
「私ね、最近とみに思うの。真のライバルはなっちゃんじゃ無くて、ナナ先生だったんじゃ無いかって」
「……」
「だって了君、高校の頃ナナ先生に子犬みたいに懐いて、先生に憧れて自分の人生まで決めてしまって。了君の彼女としては、どうかと思う訳ですよ!」
いや、ついさっきまで先生になる夢を立派だって言って褒めてくれてなかったっけ? でも、まあ、不安にさせたのだとしたら申し訳ない。
「安心して、梨沙。ナナ先生は尊敬してるけど、そんな対象じゃ無いから」
「ううう、本当に?」
「俺が好きなのは梨沙だけだよ」
隣に座る彼女の肩に手を回し、強引に引き寄せる。
それで少し安心したのか、彼女がことりと頭を俺の肩に載せてきた。その柔らかな髪を撫でながら、改めて画面に集中する。
テレビの中では、夏月のペンネームに話題が及んでいた。
『形無先生の『形無』って言葉ですけど、一般的にはネガティブな意味で捉えられる言葉ですよね。型にとらわれないという意味だと、『型破り』とかの方が一般的だと思うんですが』
『そうですね。昔、『ザマ婚』を執筆する前なんですけど『夏の月』って作品を投稿したことがあったんです』
『それが大ヒットして?』
『いえ、逆です。全く反応がありませんでした。一日のPVは一桁がせいぜいで、ゼロって日もあって、ブックマークも評価ももらえず』
『今の先生の人気からは考えられないですね』
『それで焦って、いろんなことを試して。自分が書きたいものじゃ無いものも無理に書いて。その時思ったんですよね。私自身の本来の形を見失ってるなって。その時のことを忘れないために敢えて『形無』って名前にしてるんですよね』
『なるほど』
「嘘!」
テレビのやり取りに激しく突っ込む梨沙に驚いて彼女を見ると、彼女もこっちを見ていた。
「『形無』って絶対了君の名字をもじってる」
俺の名字を?
?
あーっ! 高科→タカシナ→カタナシ→形無ってこと?
「深読みしすぎじゃない?」
「ううん、絶対そう。なっちゃんはまだ了君を諦めてない」
画面の向こうの夏月にガルルルと唸っている梨沙の頭をポンポンと叩く。
「例えそうだとしても、俺の心は君のものだよ。俺達は夫婦になるんだ。誓ったでしょ?」
「うん……」
梨沙は頷くと、左手を上げてその薬指を眺める。
そこにはプラチナの指輪がはまっていた。指輪には小さな小さなダイヤモンド。
学生バイトの身分ではこれがせいぜい。
それでも心を込めて贈ったのだ。「卒業したら結婚しよう」、その言葉を添えて。
涙を流して喜んでくれた彼女の笑顔を忘れない。
「改めて約束するよ。梨沙、君を必ず幸せにする」
「ありがとう。でも、今でも十分幸せ。怖いくらい」
彼女を抱き寄せる。彼女も俺を抱きしめてくれる。
ああ、この腕の中の温もり。まるで春の陽だまりのような。
その幸せに包まれて、そっと、お互いの唇を味わうように口づけを交わすのだった。
春の日と夏の月 完
========
<後書き>
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。
「春の日と夏の月」、完結です。いかがだったでしょうか。
よろしければ☆レビュー、コメント等いただければ、大変励みになります。
なお、本作品執筆の裏話、今後の執筆予定、公式裏設定などを書いた近況ノートを上げました。よろしければそちらもご覧ください。
本作品執筆の裏話、今後の執筆予定
https://kakuyomu.jp/users/umesan324/news/16818622173022373081
公式裏設定(了と梨沙の初体験はいつ、などQ&A形式で書いてます)
https://kakuyomu.jp/users/umesan324/news/16818622173022472216
春の日と夏の月 英 悠樹 @umesan324
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