第43話 俺だけの君でいて

「見て見て、了君。富士山だよ!」

「うん、そうだね」


 東京に向かう新幹線。その車窓からの眺めに梨沙姉が無邪気な声を上げている。


 その姿はとっても可愛い。だけど、俺は別のこと、数日前に沙耶香さんから言われたことを思い出していた。






「東京に?」


 問い返した俺に、沙耶香さんはニッコリと笑う。


「そう。私が昔モデルやってた時にお世話になってた事務所の人がね、今は独立して、東京で自分のモデル事務所を立ち上げてるのよ」


「……」


「それで、今度出る雑誌に載せるモデルを探してたのよね。私の所にもいい子がいたら紹介してって言って来てたの」


「つまり、その雑誌のモデルとして、俺と梨沙姉を売り込んだと」


「そう言うこと」


 パチリとウィンクしてくる沙耶香さんの説明になるほどと頷きかけて、肝心のことを説明してもらっていないことに気づいた。


「それで、それがどう俺達の問題解決になるんですか?」


「あら、だって相手はモデル事務所なのよ。アパレル業界やファッション業界と深いつながりがあるし。燕尾服もメイド服もすぐに用意できるって言ってたよ」


「あー」


「サイズ的にも、モデルの人達って基本、長身だから、梨沙の体型に合う服もいっぱい用意できるし。むしろ了君が身長低くて合う服が無いことを心配した方がいいかも」


 マジですか。俺身長179㎝あるんですけど。身長が低いなんて言われたの初めてだよ。


 まあしかし、それで問題が解決するなら、やってみるのもいいだろう。それに、俺はともかく、梨沙姉には天職かもしれないしな。





 そんなことを思い出しているうちに、新幹線は東京駅のホームに滑り込んだ。次は中央線に乗り換えてホテルのある新宿に向かうだけ、なのだが。


「うう、人が多い」


「全くだね」


 うんざりしたような梨沙姉の呟きに頷く。


 俺達の住んでる街も地方都市とは言え、決して小さいわけでは無い。しかし、これほどの人波に出会うことはそうそう無い。


 だが、大都会の喧騒にいつまでも呑まれているわけにもいかない。案内に従って中央線に乗り換え、新宿駅で降りる。そしてここでも人の波。


「凄いね」


「乗降客数世界一らしいよ」


「うう、私、やっていけるかなあ」


 梨沙姉の嘆息に、そう言えば彼女は東京の大学に行きたいと言っていたと思い出す。少しでも選択肢の幅を広げたいということだったか。


「大丈夫だよ。すぐに慣れるって」


 根拠のない慰めの言葉をかけながら、予約していたホテルに着き、チェックインする。部屋は流石に別室だった。


 そりゃ従姉弟同士とは言え、若い男女二人きりの旅で同室にはしないよな。


 部屋を予約した沙耶香さんの顔を思い浮かべつつ、逆に別室で良かったと思う。だってあんなことがあった後で同室だったら、俺、理性を保てる自信が無い。


 さて、いったん部屋に入って荷物を置き、ホテルのロビーで待ち合わせ。この週末は敬老の日があるため三連休。撮影は連休の中日である明日行われる。今日、この後は自由時間だ。


 降りてきた梨沙姉はさっきまでの憂鬱顔が嘘のようにご機嫌だった。


「ねえねえ了君、この近くにおっきなネコちゃんがいるんだって! 見に行こうよ!」


「ネコちゃん?」


「ほら!」


 突き出してくるスマホの画面にあるのは、3D映像の猫。ああ、あの有名な「新宿東口の猫」かと思い至る。


 わざわざ東京に来て、そんなものを見たいと目を輝かせてる梨沙姉が微笑ましい。まあ、断る理由も無いか。


「わかったよ、行こうか」


「うん!」


 俺は梨沙姉の手を取ると、新宿の街に繰り出した。


 目的のビルはホテルから歩いて10分ほど。すぐに見つかった。


「了君、ほらほら、可愛いよ」


 うん、可愛いね……梨沙姉が。


 少し離れて、梨沙姉の無邪気な笑顔を眺める。


 目を輝かせながら、ビルの壁面を指さしている彼女は本当に可愛い。ビルから見下ろしてくる猫よりもずっと。


 ……そう思っているのは俺だけでは無いようで。


「あの子、無茶苦茶可愛くね?」

「うわ、モデルみたい」

「アイドル?」


 そこかしこから男たちの声が聞こえてくる。チラチラ見てくる男たちはさらに多い。


 ここは新宿駅東口前。凄い人出で、みんな他人に興味を払わず足早に歩いている。でも、そんな中でさえ、梨沙姉の美貌は目を引くんだ。


 そんな周りからの称賛の声に……何故か俺はイラっとしてしまった。


 梨沙姉に近づくとその手を握る。梨沙姉は「ん?」とこっちを見たけど、すぐに笑顔になって、身を寄せてくれた。コトリと俺の肩に頭を預けてくる。


「了君、楽しいね」


「……うん」


 周りの男たちから「男連れかよ」という声と舌打ちの音が漏れ、離れて行く。その様子にホッとすると同時に罪悪感。


 俺は告白への答えを保留にしていながら、梨沙姉を独り占めしようとしている。


 俺だけの梨沙姉でいて欲しい……そう思っている。


 これまで、俺を愛してくれる人なんていないと思い込もうとしていた。それが、愛してくれる人がいるとわかった途端にこれだ。俺は随分と我が儘で強欲な人間だったらしい。





 その後、ゴジラヘッドを横目に見ながら、新宿三丁目の方に歩いて行き、女性に人気らしいカフェに入った。


 ホテルが新宿にあると聞かされて、少しでも梨沙姉に喜んでもらおうと周辺情報を事前に下調べしておいたんだ。幸い、あまり待たずに店内に入ることが出来た。


 梨沙姉の前には、カラフルなフルーツパフェ。俺の前にはフルーツタルトとカフェラテのケーキセット。


「んーっ!!」


「美味しい?」


「うん、とっても!」


 スプーンを口に咥えたまま、頬を押える梨沙姉の顔に浮かぶのは幸せそうな笑顔。普段使うカフェの3倍以上の料金だけど、この笑顔のためなら安いもんだったな。


「良かったよ、喜んでくれて」


「でも、了君がデート慣れして来てる感じがして、それはそれで複雑……」


「は?」


「群雲祭の執事喫茶でもモテそうだからなあ、ちょっと心配」


「……何の心配してるの?」


「了君がモテすぎて他の女に目移りしちゃう心配」


「そんなこと無いって」


「そんなこと有るよ。目移りするかはともかく、了君がモテるのは事実だから。わかるでしょ、今も周り中の女の子たちが了君を見てる」


 その声に改めて周囲を見回す。


 このカフェは女性に人気の店。客の7割から8割は女性だ。周囲の席も女性客ばかり。その席のあちこちから、こちらをチラチラ伺う視線。


 以前なら、梨沙姉を見てると思い込んでいたであろう状況。確かに梨沙姉にも視線は注がれている。でも、その視線の多くが俺に注がれているのを感じるのも事実。


 戸惑いはある。


 少し前まで、自分が女性にモテるなど思いもしなかった。「人を愛する資格も、愛される資格も無い」、そんな、ありもしない悪罵を自分の脳内で作り上げて、縛られて……。


 でも、こんな俺を梨沙姉と夏月は好きだと言ってくれる。


 あれほどの美少女二人が愛を注いでくれるんだ。俺にはそれだけの魅力がある。


 自信を持て。嫌味のように聞こえようと、過度に謙遜して自分を卑下する方が二人の好意に対する侮辱だ。


 それを自覚した上で、驕らず、誠実に、二人の気持ちに向き合うことが大事なんだ。


「大丈夫だよ。他の女の人に目移りすることなんて無いから」


「それでも、やっぱり他の女が了君に色目向けてるのは嫌なの」


 その言葉にあれ?と思う。それは、梨沙姉への男たちの視線に苛ついていた俺と同じなのだろうか。


「俺に他の女の人が視線を向けてくるのは不快?」


「もちろんだよ。好きな人への視線が気になるのは当然でしょ。そりゃ、少しは誇らしかったりもするよ。私の好きな人はこんな素敵な人なんだぞって。それでもやっぱりモヤモヤしちゃう。了君は私だけのものだって思いたいもん」


「まだ梨沙姉のものじゃ無いだろ」


「それでもなの!」


 そう言うと、パフェを掬ったスプーンを差し出した。


「はい、あーん」


 苦笑いしてしまう。流石にニブチンの俺でもこれはわかるぞ。周りの女の人達に「この人は私のものです」ってアピールしてるな。


 俺はパクリとパフェを食べると、代わりに小さく切ったタルトを刺したフォークを梨沙姉の前に突き出した。


「はい、あーん」


 梨沙姉が満面の笑みを浮かべてパクリと食べる。


 その笑顔を見ながら思う。好きな人への視線が気になるのは当然、か。ならば、梨沙姉への男たちの視線に苛つく俺の、この感情は、つまりそう言うことなのだろうか?


 もの思いに沈みながら、タルトを食べる。フルーツの甘みが少し口に苦かった。



========

<後書き>

次回、撮影に臨む二人。撮影のテーマは──

4月7日(月)20:00頃更新。

第44話「ヴァージンロードを歩む君は」。お楽しみに。

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