第34話 夏の祭りにて──暗転
「な……んで?」
目の前で膝をつき、両手を床についてうな垂れている梨沙姉。
身に纏う浴衣は乱れ、胸元ははだけている。
「梨沙姉、そんな落ち込まないで」
「了君……」
こちらを見た梨沙姉がうるうると瞳を潤ませている。
「了君、どうして……どうして?」
「梨沙姉……」
「どうして浴衣着るとデブに見えちゃうのーっ⁉」
今日は夏祭り。少し行ったところにある川沿いの神社に出店が並び、花火も打ち上げられる。
梨沙姉は気合たっぷりで、沙耶香さんに手伝ってもらって浴衣の着付けをしていたのだ。
だが、そこで思わぬ問題が立ちはだかった。
梨沙姉は胸回りがその、かなり……
いや、回りくどい言い方は止めよう。
梨沙姉は巨乳である。
直接見たことは無いけど、服の上からさえ明らかにわかる。
高身長にメリハリの利いたボディ。
モデル並みのスタイルの良さ。
でも、浴衣を着る時はそれが仇となる。
浴衣に限らず和服は寸胴こそが美しいとされている。
だから、胸を補正効果のある下着で押さえつけ、ウェストにはタオルを何枚も巻いて補正を入れて……その結果、どこからどう見ても──
「私、ただのデブ……」
落ち込む彼女に、「そんなこと無いよ」と声をかけてあげたいが、事はそう単純でも無い。
何しろ、太って見えるだけじゃない問題があるのだ。大きな胸で胸元が引っ張られる結果、襟がはだけやすくなってるのである。
幸か不幸か、色気もへったくれも無い補正下着でガチガチに固めてしまっているため、肌が直接見えるなんてことは無いのだが、そうは言っても、この格好で外に出て行くわけにはいかない。
「梨沙姉、洋服で行こうよ」
「ううう、でもなっちゃんは絶対浴衣で来ると思うし……」
元々、この夏祭り行きは、斎藤が臨海学校での王様ゲームのグループに提案したのに拓海も乗っかって、俺含めたクラスメイト9人で行こうと話をしていたのである。ちなみに神崎さんはインターハイ出場のため欠席。
それで、俺と一緒に行けないと知った梨沙姉が自分も加えろと言い出し、仕方ないからみんなの了解を取って、急遽梨沙姉も参加することになったのだ。
もっとも斎藤たちからは、
『高科グッジョブ!』
『神様、仏様、高科様!』
『リア充最高です!』
なんてLINEが来てたから問題は無いだろう。
最後のはちょっと意味が分からないけど。
「なっちゃん、絶対浴衣似あうはず。凄いほっそりして、綺麗な長い黒髪で……」
「梨沙姉、変なところで張り合わないでよ」
「むううう」
梨沙姉に対抗して似合わない水着を着ようとしてた夏月もだけど、どうしてこの二人は、事あるごとに張り合おうとするのか。仲良くして欲しいのに。
「浴衣なんか着なくても、梨沙姉はすごく可愛いよ」
「むううう、了君。私が『可愛い』って言っとけばすぐに機嫌を直すチョロい女だって思ってるでしょ」
「そ、そんなこと無いよ」
「了君、目が泳いでる」
もう、ホント変なところで意地になって。
そりゃ梨沙姉に納得してもらうために「可愛い」って言ったのは事実だけど、可愛いと思ってること自体は嘘でも何でもないんだからな。
「嘘じゃ無いよ」
「え?」
「梨沙姉は可愛いよ。可愛くて、綺麗で、俺の自慢の従姉妹だよ。浴衣なんか着なくても可愛いって思ってるのは本当だから」
「ううう……」
真っ赤になってしまった梨沙姉に諭すように言葉を紡ぐ。
「だから、変に夏月と張り合ったりしないで。二人には仲良くしてて欲しいんだよ」
「……わかった」
俯いて小さく返事する梨沙姉に、やっと理解してもらえたかと安堵する。
と、その時、小さな笑い声が聞こえて来て、視線を向けると──沙耶香さんが手で口を押えてニマニマと笑っていた。
そうだった。着付け、沙耶香さんに手伝ってもらってたんだから、彼女はずっと側にいたわけで……叔母さんの目の前で、その娘に可愛い、可愛いって力説してたの、俺?
梨沙姉と一緒に床に這いつくばって恥ずかしさに身悶えしたのだった。
「おー、来た来た」
「高科君、遅ーい」
「早くー」
夕方、夏祭り会場にほど近い駅前、相澤さん、上原さん、江川さんの3人が大きく手を振っている。その近くには夏月と拓海の姿も。
なお、斎藤、白石、杉田の男3人組は、花火大会の場所取りのため、既に会場に行っている。
「わりいわりい、遅くなった」
「みんなごめんね。同級生の集まりに乱入しちゃって」
「とんでもないです!」
「春日先輩とお話しできて光栄です!」
「先輩、その服、凄くかっこいいです!」
女性陣と梨沙姉が早速打ち解けている。
梨沙姉の今日の格好はモックネックのTシャツにハイウエストのスリムフレアパンツ。シンプルな装いながら、元々のスタイルがいいから、凄く映えている。端的に言ってかっこ可愛い。
一方の女性陣も、夏月以外は普段着より少しお洒落な外出着くらい。夏月だけが浴衣を着ていた。水色の生地に藤の花柄。爽やかで落ち着いた色合いが夏月にとても良く映えていた。
髪はアップにして簪を刺して──その姿は、いつものストレートロングの髪を見慣れた目には新鮮で大人びて見える。
「夏月、浴衣着て来たんだな」
「うん、せっかくだから着て行けって冬香がうるさかったから」
「今日は冬香ちゃんは参加しないの?」
「流石に高校生の集団に混ざるのは気が引けたみたい」
確かに今日は10人も集まっている。冬香ちゃんがいくら元気でも、この集団に混ざるのは勇気がいるだろうな。
「そろそろ行こうぜ」
拓海の合図で、みんな動き出した。場所取りをしている男性陣のために、途中の屋台で食料品などを買い込みながら。
「おーい、こっちこっち」
「おせーぞ」
「リア充最高です!」
河川敷に着いて、場所取りをしていた斎藤たちと合流する。
10人分のスペースを確保しておくのは大変だっただろう。聞くと昼くらいから場所取りをしていたのだとか。
早速、レジャーシートに座り込んで、買ってきた屋台飯を広げ、ペットボトルから紙コップに注いだジュースを手に取る。
「「「「「乾杯!」」」」」
グラスじゃ無いから打ち合わされる音は無いが、みんなの気分は大宴会。続いて思い思いのおしゃべりが展開する。中でも女性陣の関心は、普段あまり接することの無い梨沙姉にあるようで──
「春日先輩、高科君と一緒に暮らしてるんですよね?」
「なんかこう、ドッキリとかあったりしないんですか?」
「エッチな雰囲気になったりとか?」
「あははは……」
詰め寄って来る女性陣に梨沙姉もタジタジといった感じだ。
「それはその、了君は紳士だから」
「あ、なんかそれわかる!」
「そうそう、高科君、紳士」
「がっついて無いと言うか」
……あの、本人のいる前でそういうことを大声で喋らないでもらえますかね。そう思ってるのに話は終わらない。
「それで、春日先輩から見た高科君ってどんな人ですか? 紳士って言うだけじゃ無く」
その問いに梨沙姉が一瞬こちらに視線を向けて、また女性陣に目を向ける。
「体育祭の時にも言ったでしょ。了君は私のヒーロー」
「ええーっ!」と言う黄色い声が重なる中、梨沙姉は言葉を続ける。
「了君は優しくて、カッコよくて、いざという時には助けてくれる、私のヒーローなんだ」
「やば」
「春日先輩、ガチじゃ無いですか」
「『了×夏』に『了×梨沙』参戦? いや、『梨沙×了』か?」
「お前ら、人で遊ぶのも大概にしろよ」
「そうだよ、みんな。高科君困ってるでしょ」
これ以上放置していると、どういう方向に展開していくかわからない。そう思って口を出したら、夏月まで乗っかって来た。
しかし、それが火に油を注ぐ。
「おお、ここで『了×夏』の反撃!」
「修羅場!」
「尊い!」
何だよ、それ、と反論する元気も無くして周りを見回すと斎藤たちからの冷たい視線。
「両手に花かよ、羨ましいな、おい」
「二股は許されんぞ」
「リア充爆発しろ」
……勘弁してくれ。
と、そこで、ヒューという音が聞こえてきた。続いてパっと空に広がる大輪の花。次の瞬間には、ドンッという空気を震わす音の波。
花火大会が始まったのだ。
次々と打ち上げられる花火が咲かせる光の渦に、皆会話も忘れ、魅入られる。
「「綺麗」」
期せずして重なった両隣からの声。
その声の主の横顔を眺める。
梨沙姉と夏月。
花火に照らされ、笑顔を浮かべる二人の横顔。
「本当に綺麗だな」
改めて天空に咲く花々に目を向けながら思う。
この地に来て良かったと。
最初は友達の一人だけでも出来ればいいと思っていた。
それが、ここには8人ものクラスメイトがいて。
これも梨沙姉と夏月がいてくれたから。
そう、心から思う。
花火大会の前半が終わり、20分の休憩に入った。
女性陣は一斉にお花摘みに行くという。
じゃあ、と俺も席を立った。
「了、どこ行くんだ?」
「ああ、食い物とか飲み物の追加を調達してくるよ」
「そうか。じゃあ、俺も行こう」
「助かるよ、拓海」
拓海と二人、出店の並ぶ参道の方に歩く。河川敷に降りる階段は、参道のちょうど中間位にあるから、階段を上り切った場所から見ると、出店は右と左の両方に広がっていた。
「こりゃ、左右別れた方が早いな。俺、右に行くから、了は左の方を頼む」
「わかった」
そうして左の方の出店で焼きそばやらラムネやらを調達して、階段のところに戻った。拓海はまだ戻ってきてないらしい。
その場で手持ち無沙汰にスマホを眺めながら待っていたら、知らない声がかけられた。
「あのぉ、お一人ですかぁ?」
見ると、高校生くらいの女の子3人連れ。
見かけがちょっと派手な、要はギャルだ。
真ん中の、髪を金髪に染めた女の子が一歩前に出た。
「良かったら、あたしたちと廻りません?」
え?
何これ?
これってまさか逆ナン?
いやいやいや、俺が逆ナンとかあり得ないだろ。
そうか、これはドッキリ。
「うん」とか言ったら、「引っかかったぁ」とか大笑いされる奴だ。
いや、もっと悪質で美人局だったりするかも。
了承したら、強面のお兄さんが出てきて、「俺の女に何してるんだ」とかカツアゲされるんじゃ?
「いや、俺、友達と待ち合わせしてるんで」
「「えーっ」」
「じゃあ、そのお友達も一緒にぃ」
しつこい。いったん離れて、拓海とはスマホで連絡するか。そう思ったところで、拓海の姿が見えた。だが──
「おい、了。何してるん……!」
ドサッと拓海が手にした買い物袋を取り落とした。と思うと、ズンズンとこちらに駆け寄って来る。
「お前ら!!」
その声にギャルたちが拓海の方を見て、困惑の表情を浮かべた。
「やっば、芳澤じゃん!」
「あいつ、こんなところに」
困惑してるのは俺も同じだ。彼らは知り合いだったのか?
そんな疑問を他所に、拓海は女の子たちに語気荒く詰め寄った。
「お前ら、ここで何してる⁉」
「は? 何してようと勝手だろ」
「うざ」
「最悪」
嫌悪感を露わにする彼女たち。
「絡んでくるのやめてくれる? もう関係無いでしょ、うちら」
「関係ないだと? 姫乃にあんなことしておいて、良く言えるな、そんなこと!」
「は? 知るかよ、あんなブス!」
「こっちだってグダグダ説教喰らって、転校させられてんだよ。もう終わってんだろ!」
「終わってねーよ! 謝れ! 謝れよ! 姫乃を自殺未遂にまで追い込んで!」
「は? ホントうざ!」
「つーか、死んでないじゃん、あいつ!」
「ホント、死ねば良かったのに!」
その言葉に、拓海がキレた。
「貴様らーっ!!!」
止められたのは奇跡だったかもしれない。
殴りかかろうとする拓海を必死に押しとどめる。
「止めろ、拓海。暴力はまずい! 止めろって!」
「離せ! 離せ、了! こいつらのせいで、こいつらのせいで姫乃がーっ!!」
悲痛な叫びが参道に響き渡っていった。
========
<後書き>
次回は拓海の過去。鬱回です。ご注意ください。
2月21日(金)20:00頃更新。
第35話「絶対に許せない」。お楽しみに。
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