第26話 愛する資格、愛される資格

 6月最終週の金曜日。

 夏月の足もすっかり回復し、今は学食にて、いつもの4人で昼食を取っているところ。


 神崎さんが切り出した。


「ねえねえ、夏月ちゃんの足も治ったことだし、夏月ちゃんで全快パーティーやらない?」


「何言ってるの。来週期末テストじゃ無い!」


「そう、期末前の週末だから部活もお休みじゃ無い?」


「いや、だからパーティーなんかやってる暇あるの?」


「えへへ、実はその、勉強会も兼ねてってことなんだけど……ダメ?」


 夏月の突っ込みに、神崎さんがアタフタと言い訳している。一方、それを聞いた夏月は頭痛をこらえるかのように額に手をやっていた。


「美奈、中間テストでも赤点ギリギリだったじゃない。パーティーやってる暇あるの、なんて言っといて何だけど、そんな一夜漬けに頼るんじゃなくて、ちゃんと毎日勉強しないと!」


「夏月ちゃん、正論で殴るのやめて! ピンチなの! 助けて!」


 期末テストで赤点を取ると、夏休み、補習と追試があり、追試で合格点を取るまで部活動も禁止なのだ。インターハイ直前の神崎さんにとっては死活問題である。


 一方、そんな神崎さんを見ながら、拓海は余裕の表情だ。


「神崎、部活動と勉強は両立させなければいけないぞ、俺のようにな!」


「クッ、全教科ほぼ平均点だったからって偉そうに」


「はいはい、低レベルな争いはやめなさい」


「夏月ちゃん、ひどっ! どうせ学年1位の夏月ちゃんには、勉強ができない者の苦しみはわからないんだ」


「そういうことはちゃんと勉強してから言ってね」


 夏月が神崎さんをたしなめてる。その、目の前で繰り広げられるボケとツッコミに思わず笑いが漏れた。


「む、高科君、鼻で笑ったな」


「あ、いや」


「中間テストで学年27位だったからって調子乗って」


 群雲高校では、中間や期末テストの学年上位50位までは玄関ホールの掲示板に順位表が張り出される。


 したがって、上位陣の順位は丸わかりなのだが、それはそれとして、27位って、そんな自慢できるような順番なのか? ちょっと微妙な数字だ。


 一桁台とかであれば、十分上位と言えるのだろうけど。だけど、それ言ったら拓海から反論された。


「いやいや、うちの学校で27位だったら十分だって。一応群雲高校は進学校なんだぞ。東大にだって毎年10人近く合格者を出してる。そんな中で27位って十分立派だよ」


 そんなもんなのか。梨沙姉と同じ高校ということで否応も無く受けさせられたから、良く調べていなかったぞ。


 しかし、進学校……

 じーっと神崎さんを眺める。


「あ、あたしはスポーツ特待生枠だから……」


 視線の意味に気づいたであろう神崎さんが焦ったように言い訳してくる。

 スポーツ特待生……そんな制度、うちにあったのか? まあ、神崎さんが言うならそうなんだろうな。


 そうこうしているうちに午後の予鈴が鳴り、取りあえず、翌日、夏月の家で再び勉強会をやることを決めて教室に戻ったのだった。





 土曜日、俺は再び、夏月の自宅のある最寄り駅で拓海と待ち合わせしていた。


 時刻は正午より少し前。


 今回、勉強会は午後、昼食を食べてから集まろうとなっていた。

 それならと、拓海と二人、外食でもしようとなったのである。


 うむ、気の置けない友人と思う存分、男飯。

 これぞ男子高校生の正しい青春!


 ここの駅前商店街はそう大きくは無いが、気になっていたラーメン店がある。


 その名も「3匹のウリ坊」! 


 家系に近い醤油豚骨ラーメンが売りで、白髪ネギとチャーシュー、それにニンニクたっぷりをトッピングして食べる男のラーメン!

 ここに来たからには一度食べてみたかったんだよね! しかし──


「アホか、お前。これから女子の家に行くのに、ニンニクの匂いをプンプンさせながら行くのか?」


 やって来た拓海に速攻却下されてしまった。


「だけど、夏月の家に行く時くらいしか、この駅に来ないし……」


「そんなに食いたいなら、ついでじゃ無くて、そのラーメンを食うためだけにここに来いよ」


 ……グゥの音も出ねえ。

 神崎さんじゃ無いけど、正論で殴るのやめて。




 そう言うことで、やって来たのはチェーンのファミレス。

 コスパも高く、おしゃれでみんな大好きイタリアンファミレスだ。


 正午近いと言うことで、それなりに混雑していたが、幸いにして並ばずに席に着くことが出来た。


 俺はペペロンチーノに半熟卵をトッピング、拓海はハンバーグステーキに大盛ライスを付けて、さらにピザと、ポテトを注文していた。


「よく食うな」


「運動部舐めんな」


 確かにサッカーをやっているのであれば、こんなものでは足りないだろう。今日は練習が休みだから、これでも抑えているのかもしれない。


「まあ、ピザとポテトはシェアしようぜ。どうせお前も、夕方走るんだろ」


「そうだな。サンキュ」


 梨沙姉と一緒のトレーニングは今も続いている。走る距離も10キロ程まで伸びた。それを見越した申し出に、有難く乗っかることにしたのだった。


 そうして、しばらく黙々と食べ進めていたが、拓海がポツリと口を開いた。


「なあ、了は彩名と付き合ってないよな?」


 ブホォッと口に入れたポテトを吹きそうになった。

 なんか、ちょっと前にナナ先生からも同じようなことを聞かれたけど、やっぱり傍から見ると、俺と夏月は付き合ってるように見えるのだろうか。


「いや、一緒にいるお前ならわかるだろ。付き合ってないよ」


「まあ、そうだよな。いや、ちょっと確認したかっただけなんだ」


「何かあったのか?」


「部活の友人に頼まれたんだよ。彩名がフリーか確認して欲しいって」


「つまり、その人は夏月が好きで告白したいけど、フリーかどうかわからないから確認してくれってことか?」


「まあ、端的に言うとその通りだ」


 いや、思った以上にしょうもない話だった。


「友人とは言え、他人を介して聞くんじゃ無えよって言いたいけどな」


「まあ、そうなんだが、誰もが皆お前みたいな恋愛強者じゃ無いってことだよ?」


「は?」


 思わぬ言葉が飛び出てきて、一瞬思考停止する。


「誰が恋愛強者だって?」


「お前が」


「え?」

「え?」


 いやいやいや、それは無いだろう。そりゃ周りに梨沙姉や夏月みたいな美少女がいるからヤリチンリア充みたいに見えてるかもしれないが、彼女たちはあくまで従姉妹に幼馴染。勘違いしてはいけない。


「俺が恋愛強者とか、無い無い」


「いや、そりゃ謙遜だって。よし、了、顔を向けずに視線だけで左側の座席を見るんだ。4人組の女子高生がさっきからチラチラこっちを見てるだろ」


 そうなのか、と思ってそちらにチラリと視線を向けると、確かに高校生くらいの女子4人組がこっちをチラ見しながら、何やら楽しそうにひそひそ話をしている。


「了、あっちの席に行って話しかけてみろ。絶対ナンパできるから」


「何言ってんだよ。いきなり見ず知らずの女の子に声かけるとか通報されちゃうだろ。てか、お前やれよ」


「いや、俺は今は恋愛するつもりは無いってか、単にお前がモテるって言いたかっただけなんだが……まあいいよ。そう言や、女子の家に行こうってのにニンニクマシマシラーメン食おうとか言ってたし……そうか、そのレベルかぁ」


 拓海はしばらく頭を抱えていたが、こちらを向くと、肩を叩いてくる。


「いや、悪かった。人を見かけで判断しちゃいけないと反省しているところだ」


 拓海の言ってることはごく普通のことなのだが、何故だろう、その声音に呆れと、ちょっとばかり哀れみが含まれているような気がするのは。





「いらっしゃい、了お兄ちゃん!」


 冬香ちゃんが、満面の笑顔で迎えてくれる。


 夏月の家は以前と同様だった。

 夏月の私室では相変わらず神崎さんが勝手知ったる様子で寛いでいるし、写真も……いや、写真は3人で写ったものに変わっていた。


 そうだよな、写真、3人で撮ったのばかりだし、先日のは、多分俺の見間違えだろう。


 それではと、前回同様、勉強に集中する。

 夏月が神崎さんをマンツーマンで指導し、俺と拓海はそれぞれの勉強に没頭する。


 そうして、しばらく勉強していたが、最初に集中が切れたのはやはり神崎さん。


「夏月ちゃん、疲れた。休憩しよ」


「美奈、まだ2時間も経ってないよ」


「2時間長いよ。学校の授業だって50分じゃん」


「途中でも何かと理由つけてはサボってたと思うんだけど」


「夏月ちゃんの意地悪!」


 二人のやり取りに笑ってしまうが、まあ、疲れてきたのも事実。


「じゃあ、ちょっと休憩して、夏月の全快パーティーやろうよ」


「高科君、いいこと言う! やろ、やろ!」


 神崎さんが目をキラキラさせ、夏月が仕方が無いなあと苦笑する。まあ、夏月も異論はないようだ。集中力続かないままやらせてても、効果薄いだろうしね。


 場所をリビングに移し、来る途中、コンビニで買っておいたお菓子を広げる。

 そこに冬香ちゃんが入れてくれたコーヒーを手に、みんなでテーブルを囲んだ。


「夏月ちゃん、足、全快おめでとう!」

「「「おめでとう!」」」


「ありがとう、みんな」


 神崎さんの音頭に続く会話は、自然と夏月が怪我をした体育祭の時の話になる。


「それにしても了お兄ちゃん、カッコ良かったです! 夏月お姉ちゃんをヒョイってお姫様抱っこして。私もあんな風に抱っこされてみたい!」


「冬香、恥ずかしいからやめて。あの時は流されるままだったけど、全校生徒の前でお姫様抱っことか、改めて考えると凄いことしちゃったなあって」


「ごめん、夏月。もう少し周りの視線を考えるべきだった」


「ううん、高科君を責めてるんじゃないの。だって、私を助けようって思ってやってくれたんでしょう?お礼を言いこそすれ、責めるなんてしないから」


「ま、おかげでクラス内でカプ厨がうるさいけどな」


「カプ厨ですか?」


 ぼそりと拓海がつぶやいた言葉に、冬香ちゃんが首を傾げる。


「ああ、カプ厨どもが『了×夏、尊い!』とか言い出してな」


「そうそう、体育祭の時だけじゃ無くてね。夏月ちゃんがあの後、初めて登校してきた時もね、夏月ちゃん松葉杖だから苦労してて、それで席に着くのを高科君が手伝おうとしたんだけど、そこで夏月ちゃんが躓いたんだよ。そうしたら、転びそうになった夏月ちゃんを高科君が抱きとめて、二人抱き合う形になってね……。もう、クラス中大騒ぎ」


「おい、何そんなこと冬香ちゃんにいちいち説明してんだよ」

「そうだよ、芳澤君も美奈も、ちょっとやめて!」


 二人の抗議は遅かった。冬香ちゃんは両手を握りしめて、恍惚とした表情を浮かべている。


「『了×夏、尊い!』、素晴らしいです! クラスの皆さんも分かってくれてるんですね」


「ええと、冬香ちゃん?」

「冬香?」


 俺達の困惑を他所に、冬香ちゃんはまるで自分だけの世界に入ったかのように言葉を紡いでいる。


「夏月お姉ちゃんは了お兄ちゃんと結ばれるべきなんです。二人は昔からお似合いなんですから!」


 ……

 …………

 ………………どうなってるの、これ?


「冬香ちゃん、ちょっと落ち着こうか」

「冬香、高科君困ってるでしょ」


「……了お兄ちゃん」


 冬香ちゃんの暴走を止めようとしたら、じろっと、半眼で睨まれた。なんか怖い。


「了お兄ちゃんは、夏月お姉ちゃんのこと、どう思ってるんですか?」


「え、どうって?」


「女の子としてどう思ってるかです」


「あ、いや、夏月は友達で……」


「冬香、いい加減にしなさい!」


 夏月が業を煮やしたように割って入ったが、冬香ちゃんは止まらなかった。


「春日先輩の方がいいんですか? どうなんですかっ⁉」


 冬香ちゃんは興奮して、責めるような口調になっているが、その背景にあるのは夏月を姉として大事に思う心だろう。であれば、俺もきちんと誠意を持って答えなければいけない。


「そうじゃ無い。梨沙姉は従姉妹だし、夏月は大事な友達だ。優劣なんかつけられない」


「じゃあ、夏月お姉ちゃんとは付き合えないってことですか?」


「そもそも俺に夏月と付き合う資格なんか無いよ」


「は? 資格って何ですか?」


 あれ? え? なんか無意識に「資格が無い」って言葉が出たけど、そもそも資格ってなんだ? 人と付き合うのに資格なんかいるのか? ……資格、……資格……


 問い詰める冬香ちゃんの目。その周りのみんなもキョトンとした目を向けている。

 そのみんなの目を見て──


 バンッ!と突然、頭の中にかつての光景が浮かび上がった。


 まるで汚物を見るような、凍り付いた瞳。クラスメイトからの軽蔑の眼差し。


 向けられる視線が言っている。口々に。「お前に人を愛する資格なんか、愛される資格なんか無い」と。


 ──ドクンッと心臓が跳ねる。

 何で、なんで、今さら。


 俺は赦されたはず。

 夏月にもう一度友達になりたいと言ってもらって。

 ……赦されたはず、なんだ。


 胸の奥からせり上がってくるものがある。

 それを必死にこらえる。


「大丈夫、高科君? 顔が真っ青だよ」


「あ、ああ、大丈夫。ちょっと貧血かな、ハハ」


「本当に大丈夫? 横になる?」


「いや、いい。ごめん夏月、帰るよ」


 夏月の心配する声を振り払い、俺は逃げるように家を飛び出した。


「クソ、クソ、クソ!」


 いったい俺の心はどうなっちまったんだ。

 苛立ちと情けなさ。

 俺は歩き続けた。どこにぶつけたらいいかわからないそれらを抱えたまま。



========

<後書き>

次回は再びお気楽極楽。水着(購入)回。

1月13日(月)20:00頃更新。

第27話「他の男には見せられない」。お楽しみに。

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