第19話 二人は「そういう関係」?

「できたー!」

「凄いね」


 目の前には出来上がった誕生ケーキがある。

 夏月の家から帰って来て、梨沙姉と二人で作り上げた。


 と言っても、殆どの工程は梨沙姉がやった。


 俺が帰ってくる前には材料もそろえてオーブンの予熱も始めてたし、繊細な作業が要求されるデコレーションなんかは殆ど梨沙姉一人でやっていた。


 俺がやったことなんて、梨沙姉がボウルに入れたスポンジの材料をハンドミキサーでかき混ぜたり、生クリームを泡立てたくらい。後、梨沙姉の指示でイチゴのトッピングをしたな。


 梨沙姉、毎日お弁当作ってくれたり、料理上手なんだけど、こんな本格的なケーキも作れるんだ。結婚したら、いいお嫁さんになるんだろうなあ、なんて思いながら梨沙姉を見たらクスっと笑われた。


「どうしたの? ボーっとしちゃって」


「いや、梨沙姉はいいお嫁さんになるなあって思って」


 ゲホッ、ガハッと梨沙姉がむせた。


「い、いきなり変な事言わないで!」


「ご、ごめん、梨沙姉」


 確かにこんなこと失礼だよな。だいたい今どきはお嫁さんとか女性の役割を決めつけるようなことは不快に思う人も多いし、失言だった。


「本当にごめんね」


「だ、大丈夫」


 顔を真っ赤にしながらも許してくれた彼女は、出来上がったケーキを冷蔵庫にしまうと向き直った。


 まだ赤みの残る顔。口にしたのは別の話題。流れている微妙な空気を換えようとしてくれたのかもしれない。


「そう言えば、今日、なっちゃんのうちに勉強会行ってたんでしょう? どうだった?」


「楽しかったよ。実は向こうでも誕生日会やってくれたんだ。夏月が俺の誕生日、覚えててくれてさ」


「……夏月?」


 梨沙姉が手にした蝋燭をポトリと落とした。そのまま呆然とした表情でこっちを見つめている。あれ? 俺なにかまずいこと言ったっけ?


「なっちゃんのこと、こないだまで『彩名さん』って呼んでたじゃない。それがいきなり名前呼びで、しかも呼び捨て?」


「あ、ああ、夏月の家に言ったら冬香ちゃんがいたんだよ。それでさ」


「冬香ちゃんって誰?」


 あ、そうか。梨沙姉は子供の時分も夏月の家に行ったことは無い。彼女が夏月と遊んでいたのは俺の家だったからな。当然、夏月の妹のことなんか知らないだろう。


「夏月の妹だよ。冬の香りって書いて冬香ちゃん。彼女が『彩名さんって呼ばれたらお姉ちゃんか自分かわからない』って言うからさ。だから、これからは夏月って呼ぶことにしたの」


「むぅうううう!」


 あれ? ちゃんと説明したのに怒ってる?


「……ずるい」


「え?」


「私は呼び捨てにしてくれないのに、なっちゃんにだけずるい!」


「えぇ……」


 いや、そんなこと言われても……と思ってたら、とんでもないことを言い出した。


「私も『梨沙』って呼び捨てで呼んで!」


「いや、そんな訳にはいかないでしょ」


「何でよ⁉」


「いや、だって、梨沙姉は年上だし、本当なら『先輩』って言わなきゃいけないくらいだし。それなのに呼び捨てで呼んだら、また変な誤解を呼ぶだろ?」


 最近は従姉弟同士ってのが浸透して、登下校時に梨沙姉と一緒にいても他の男子たちから殺意の視線が飛んでこないようになったのだ。それをまたぶち壊しにしかねない。だけど梨沙姉の不満顔は止まらない。


「むぅうううう!」


「……」


 はあ、仕方ないなあ……


「二人きりの時だけね」


「え?」


「だから、二人きりの時は呼び捨てで呼ぶから、他の人の目があるところでは勘弁して」


 今の時点では、これが最大限の譲歩だ。こんなので矛を収めてくれればいいけど……と思ったら、梨沙姉が目をキラキラさせている。


「うん、それでいいよ!」


「わかった。じゃあ二人きりの時だけね」


「うん、それで今は二人きりだよ!」


「え?」


「え、じゃ無いよ。約束通り『梨沙』って呼んで」


「……」


 ……マジかよ。


「梨沙」

「……」


 返事が無い。見ると梨沙姉の顔が耳まで真っ赤に染まっている。

 なんか、いつぞやの駅での状況と同じじゃ無いか。

 そんな恥ずかしいならやらせなきゃいいのに。

 でも、梨沙姉はそんな恥ずかしさも越えてきた。


「もう一回呼んで!」

「えぇ……」

「お願い」


「……梨沙」

「もう一回!」


「梨沙」

「もう一回」


「ねえ、これいつまで続けるの?」

「私が満足するまで!」

「えぇ……」


 梨沙姉は、それから何度も俺に「梨沙」って言わせ続けたのだった。

 ……勘弁して。





 その日の夜。

 梨沙姉の家族とテーブルを囲んでいる。


 沙耶香さんだけで無く、今日は梨沙姉のお父さんである剛さんも早く帰って来ていた。


 剛叔父さんは、40代後半。日本人の父親とルーマニア系アメリカ人の母親を持つハーフで、超絶イケオジである。若い頃はさぞやイケメンだったのだろう。


 しかもこの年齢で、有名な大企業のアメリカ支社長を務め、戻って来てからは本社で執行役員をしている。バリバリの超エリートなのだ。


 実は俺の母親とは同僚と言うか先輩で、母親が入社した時のメンターなんかもしていたらしい。その伝手で沙耶香さんと出会い、結婚に至ると言う訳。


 美男美女のご両親を見ていると、梨沙姉が超絶美少女なのも納得である。


 さて、そんなみんなでケーキを堪能し、今は食後のティータイム。ディンブラの香りを楽しんでいたら、剛叔父さんが少し大きめの箱を取り出した。


「了君、誕生日おめでとう。これは私と沙耶香からのプレゼントだ。受け取ってくれ」


「え、いいんですか?」


「もちろん」


 梨沙姉のご両親から誕生日プレゼントをもらえるとは思ってなかったから驚いたが、有難く受け取ることにする。了解を得て、箱を開けると──


「え、こんな上等なもの……」


 出てきたのはランニングシューズだった。有名ブランドのハイテクシューズで、数万円もしたはず。甥に送るプレゼントにしては高価すぎないだろうか。


 だが、剛叔父さんは、気にしないでいいと言うように首を縦に振った。


「私たちの感謝のしるしだよ。君が我が家に来てから梨沙が本当に楽しそうでね」


「楽しそう?」


 確かに梨沙姉はいつも明るく接してくれるけど、それは生来のもので、俺がどうこうと言うものでは無いはず。だけど、剛叔父さんの認識は違ったようだ。


「梨沙はこの容姿だし、アメリカに行ってたこともあって日本の学校での距離感が掴めなくてね。1年の時はいろいろあったんだよ。今はだいぶマシになったけど。特に君が我が家に来ることになってから、本当に明るくなってね」


「パパ、変なこと言わないで!」


 目の前では梨沙姉が剛叔父さんに文句を言っているが、俺は以前夏月に言われたことを思い出していた。「表面的には明るいけど、一定以上の範囲には他人を寄せ付けない」、そう言っていたじゃ無いか。


 寄せられる好意も、一方的なものであれば負担になるだけ。告白を断った相手から逆恨みのような思いをぶつけられることもあるだろう。梨沙姉はいつも明るく振る舞っているけど、その笑顔の影には人知れぬ苦労があるのかもしれない。


 俺はただの従弟でしか無いけど、それでも、たとえ少しであっても、そんな梨沙姉に笑顔を浮かべさせることが出来たのであれば、こんなに嬉しいことは無い。


 何より、俺自身が梨沙姉のお陰で笑顔を取り戻せたのだから。その僅かでも彼女に恩返しができるのなら。その思いが、自然と言葉にあふれた。


「ありがとうございます。俺の方こそ梨沙に助けてもらってばかりで。だから、そんな俺が少しでも力になれたんだなって思うと嬉しいです」


「「「……」」」


 あれ? なんか梨沙姉と剛叔父さんがギョッとした目をして俺を見てる? 沙耶香さんは何かニヤニヤしてるけど……


「あー、了君。梨沙を呼び捨てで呼んでたようだが、もしかして二人は『そういう関係』なのかな?」


「え?」


 そう言われて気付いた。俺、梨沙姉を呼び捨てに!

 夕方、梨沙姉に繰り返し呼び捨てで呼ぶことを練習させられてたから、つい……


「ち、違うんです! これはちょっとした間違いで!」


 それから俺は暫く剛叔父さんへの弁明に大わらわとなったのだった。


 最後は納得してくれたけど、外で同じ失敗をしないように気をつけないとな。


 こうして、この地での初めての誕生日は思い出深いものになった。ちなみに梨沙姉からは、革製のペンケースをもらった。入学祝いにもらったシャーペンを入れてくれとのことらしい。その心遣いが嬉しかった。



========

<後書き>

次回は明日12月30日(月)20:00頃更新。

第20話「二人三脚は誰の手に」。お楽しみに

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