第3話 このまま終われない

 数日後、やっぱりこのままでは終われない。そう思った俺は再び入金をする。

 入金額は……50万円。これは、俺の全財産である。


 ――つまり、これが正真正銘最後の入金だ!!!


(もうこれ以上は負けられない)


 そのために、やらないといけないことがある。

 それは、負けた原因の究明だ。

 そこで、過去を振り返る――。


 前回の敗北……いや、全ての敗北の原因は『どうせ、また戻ってくるんでしょ?』と思って、損切りをせず放置したからだ。

 正確には、損切りをしたくなくて持ち続けたと言ったほうが正しいか……。


 原因は分かったから、次は対策だ。

 ということで、今回は損切りを徹底することを誓う。


(素直に負けを認めて、今回からは損切りをするぞ!)


 マイルールが決まったので、トレードを再開する!

 誓い通り、始めのうちは損切りを徹底した。


 ――だが、ここで疑問が生じる。


 その疑問とは、いわゆる損切り貧乏だ。

 損切りを徹底していたことで、徐々に証拠金が減って行く……。


(やっぱり、損切りは徹底しないほうがいいんでは?)


 俺はこう思うようになる。

 というわけで、以前のやり方に戻すことにした。

 これが功を奏したのか、プラマイゼロまで資金を戻すことに成功!


(やっぱり、俺はこのやり方が一番だ! さぁ、ここから負けた分を取り返すぜ!)


 その後の展開はというと、勝ったり負けたりの繰り返し――。



     ◇◇◇



 大勝ちもせず、大負けもせず何とかやっていた。


 ――そんなある日の深夜、衝撃的な値動きを目にする。


「えっ!!! なんだこれ?」


 俺は目を疑った。

 無理もない、こんな光景を見たのが初めてだったからだ……。


 どんな値動きだったのかというと、たったの1秒でレートが1円単位で上下へぶっ飛ぶ異常な値動き。

 分かりやすく言うと、為替介入みたいな値動きだ。

 この時の俺は為替介入の値動きを知らなかったから、レートが1円単位で飛ぶなんて『何かの冗談だろ?』と思った。


 ――が、目の前で起こっていることは紛れもない事実。


 目の前で起きていることが理解できていない状況だったが、上手く立ち回れば大勝ち出来るチャンス!

 そう思った俺は、この荒波に飛び乗ることを決意――。


 5分くらいチャートを眺めていると、1円単位で上下していたのが10銭単位の値動きまで落ち着いてきた。

 

(そろそろ頃合いか?)


 そう思い、いつでもポジションを取れるようマウスを握りしめる。

 4円ほど落ちた辺りで2回ほど反発していることに気が付いた俺は、ドル円をロングエントリー。

 数量は10ロットだ。


 ポジションを持って数秒後、思惑通り50銭ほど上がる。

 これを見た俺はすぐさま利確!


(うっひょ〜、たった数秒で5万ゲット! あ〜気持ちイイ)


 これに気を良くした俺は、さっきの反発ポイントまで落ちて来るのを待つ。

 すると、数十秒後再び反発ポイントまで落ちてきた!


(キタキタキタキタァ!)


 反発を信じて再び俺はドル円をロング。

 数量はもちろん、10ロットだ。


(ヒャッホォ〜、また5万ゲットォォォ!)


 またもや反発して5万円の勝ち。

 このポイントは堅すぎる。そう判断した俺は、再びこの位置に落ちて来るのを待つ。

 待つこと数分。俺が待っている位置に落ちて来た!


(また反発するんでしょ?)


 反発することを確信していた俺は、ドル円を10ロットロング。


 ――だがここで、鉄壁のディフェンスをしていた壁が破られる。


(うげっ! マジか!!!)


 壁を破られたことに少しは動揺したが、不思議なことに焦ってはいない。

 なぜかと言うと、またすぐに建値まで戻ってきてくれる。そう思っていたからだ。


 ――しかし、この思いは届くことは無かった……。


 壁を破られて10分後、さらに1円ほど落ちる。

 さすがにこれには動揺したが、『また戻ってくるでしょ』と思っていた俺は損切りをしなかった。


 ――いや、ここで損切れば今日の勝ち分が無くなる。そう思ったから出来なかったのだ……。


 さらに数十分後、もう1円落ちる。

 今日の勝ち分が無くなったどころか、損失が10万円……。


「あ゙〜もう、ムカつくなァ」


 頭に血が上った俺は10ロットを追加し、勝負に出る!


「上がれ、上がれ。頼むから上がってくれェ」


 俺は必死に祈った。

 その願いが通じたのか、今日の損益がプラマイゼロまで戻ってきてくれた。


「ヨシ、利確! あ〜焦ったぁ」


 これでプラマイゼロ。仕切り直しだ!

 最初の急落から2時間ほど経つのに、まだボラがある。

 これならまだまだチャンスは来るだろう。

 俺はその時が来るのを待つ。


 ――待つこと数十分、その時はきた。


 ナンピンした位置までレートが落ちてきたので、反発を期待して10ロットロング。

 狙い通り、50銭ほど反発。

 一瞬迷ったがここで利確はせず、俺は一撃10万円を狙う。


 利確をしなかったのは、プラマイゼロになる前の10万円を一撃で取り戻したい。そう思ったからだ。


 ――だがこの決断が間違いだった……。


 ここから急反転し、建値まで急落。

 そして、反発することなく突き抜ける――。


「ハァァァア?」


 プラス5万円だったのがマイナスへ……。

 あの時利確しておけば5万円のプラスだったのに。こう思えば思うほど、怒りが込み上げて来る。


 だが相場は、俺の感情とは関係なしに動く。

 なので、俺をあざ笑うかのようにレートが落ちる。

 気が付くと、含み損が10万円になっていた……。


「あ゙〜も゙う。マジでイラつくなァァァ」


 完全にブチギレた俺は、怒りのままにナンピン10ロット。

 反発を期待してのことだったが、下げが止まらない。だから当然、含み損が増える。


 ――しかも、ナンピンしているので倍の速度で増える。


 またプラマイゼロまで戻るかもしれない。そう思うと、損切りも出来ない。

 俺に出来るのは、膨らむ含み損を見ているだけ……。


「まだまだ下げんだろ? もう好きにしろや」


 もうどうでもいいやという状態になった俺は、ポジションの放置を決意。

 ある程度落ちると反発するが、今度はある程度上がったところで反落する。

 そんな状態が続いているので、プラマイゼロの位置まで全く戻ってこない……。


 ――だが、一進一退の攻防戦は永久に続かない。


 買いと売りの攻防戦は売りに軍配が上がり、再びレートが落ちて行く――。

 そしてついに、証拠金維持率が100%を切った。


(はぁ〜、またこの音を聞かんといかんのか……)


 部屋中に、けたたましいアラート音が鳴り響く。


(これで何回目だ。この音を聞くのは? 何回聞いても慣れんな……)


 そんな俺を横目にレートは落ちて行く。

 証拠金維持率が下がって行くにつれ、心臓のバクバクが止まらなくなる。


 ――そして、その時が来た。


 そう、強制ロスカットである。

 俺は魂が抜けた状態になり、ボーっとすることしかできなかった。


「何やってんだろ……おれ……」


 俺は資金を失った悲しみに打ちひしがれた。

 だが不思議なことに安堵感もある。

 これは、含み損を抱えているストレスから解放されたものだろう。


(これで終了か……)


 余剰資金が無くなった俺は、FXをすることが出来なくなった。

 俺の記憶が確かなら、この日のドル円は数時間で12円近くも暴落した。

 なので、強制ロスカットを食らってよかったのかもしれない。



 そうだ! 念のために言っておきたいことがある。これは作り話ではない。

 念のためにもう一度言う。これは作り話ではない。


 これは2010年5月に、実際に起きた出来事だ!

 原因は、アメリカの株式市場でトレーダーがミリオン(100万)とビリオン(10億)を誤入力したヒューマンエラーだと言われている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る