5
こっちの心境なんて知る由もない彼女は、ポツリポツリと言葉を選ぶように話してくれた。
付き合ってる男から、暴力を振るわれていると…
きっかけは些細な事に過ぎず、話を聞いていてどれがきっかけとなったのか…自分も首を傾げるような話だった。
連絡が遅いとか、着ている服が気に入らないとか…突然気性が荒くなり、女の子同士で遊ぶことも、親と出かける事、お風呂に入るとかご飯を食べるとか、そんな些細な事まで連絡を入れていないと、文句を言われ殴られたと言った。
学校で待ち伏せされる事もあり、気が休まる時がないと…
別れたいと言ったら、何度も殴られたと…
途中で注文した料理が運ばれて来て、彼女の話が中断してしまった時は、何で料理なんて注文したんだと、自分に苛立ちさえ感じた。
かける言葉も見つからなければ、どうして自分にそんな話をして来たのか、彼女の気持ちも分からない。
だけど分かりたいとは思う。
何とかしてあげたいと思ってしまう。
「すみません…あの、先に食べて下さい」
運ばれてきた料理に手をつけない自分に、彼女が気を遣ってくれる。
だけど食べる気がしないから、何も答えなかった。
「すみません…」
「いや、」
「わたし、初めて話をした時から、四季くんに救われたんです」
「いや俺は…」
「でもわたし、付き合ってる人が居るし…」
「うん」
「こうゆう事、良くないなって…思ったけど…」
「こうゆう事って?」
「あの…」
「俺と会う事?」
「…いえ、いや、それもそうだけど…」
「うん」
彼女は躊躇うように視線を落とした。
「ごめんなさい…」
彼女の謝罪の意図が分からない。
「俺バカなんだ」
「…え?」
「彩ちゃんみたいに賢くない」
「え…?」
「彩ちゃんが何を伝えようとしてるのか、今一分からない…ってゆうか、半信半疑」
「…すみません」
「いや、責めてるんじゃなくて」
「…はい」
「俺が思った事、言って良い?」
「…はい」
「彩ちゃん。もしかして、俺の事が好き?」
自惚れと言われればそれまでだった。
最初は彼女の行動にどうゆう意図があるのか分からなかったし、彼女の発言に意味があるのかすら疑わしかった。
付き合ってる男の相談なら、親しい友人や家族にすれば良いし、別れたいなら尚更、その話を敢えて自分にする必要は無いと感じた。
「会いたかったんです」
最初に聞いた言葉を、彼女は再び口にする。
「…四季くんの事が、頭から離れなくて…」
「うん」
「いっぱい考えちゃうんです」
「うん」
「でもわたし、付き合ってる人が居て…こんな事思っちゃダメだって思ったんです」
「うん」
「…でも、会いたくなっちゃって…四季くんの優しさに、甘えたくなっちゃって…」
「うん」
「わたし…四季くんが、好きだと思う…」
何歳になっても、恋はタイミングだと思った。
「彩ちゃん」
「…はい」
「ケリをつけよう」
「え…?」
「彩ちゃんが抱えてる問題を、一つずつ終わらせて行こう」
「…わたし」
「時間がかかっても良いから。俺はずっと待ってる」
「…わたしどうしたら良いか…」
「一緒に考えよう」
「…でも、」
「大丈夫。何か出来る事は必ずあるから」
「はい…」
…――その半年後、彼女は見るも無惨な傷を負った。
店を後にして彼女を自宅まで送り届け、連絡先を交換した。
それから会社に戻って、彼女にメールを送った。
ゆっくりで良いから、頑張ろうと励ました。
毎日メールや電話をして、彼女から近況報告を受けた。
彼女と連絡を取り出して、数ヶ月が経った。
付き合ってる男から最近連絡は来ないとか、彼女からも連絡はしていないと言われた。
だから休みの日に彼女を誘った。
だけど彼女は律儀に断ってくる。
2人で出かけるような事は出来ないと言う。
それなら友達も誘って行こうと提案した。
それには彼女も同意してくれて、彼女の友達と3人で出かけたりもした。
その頃には彼女も高校2年生になっていた。
だけど自分と彼女との関係は何も変わらないまま。
とにかく彼女の気持ちを優先した。
彼女と出会ってから半年以上経ち、この関係があと何年続いても良いと思っていた。
男との連絡も途絶え始め、会わない日々も続いていると言っていた。
そんな矢先に、彼女は学校で待ち伏せしていた男に狙われた。
何も知らずに、彼女を助ける事が出来なかった。
一緒に頑張ろうと言っておきながら、相手の男がどうゆう行動に移してくるか予測も出来ず、彼女と過ごせる時間に酔いしれていた。
彼女に会いに行った時、彼女は涙一つ見せなかった。
こんな事になって申し訳ないと、逆に謝罪されてしまった。
彼女を守れなかった事への苛立ちと、偉そうな事を言っておきながら何もしてない自分への軽蔑が、身勝手な行動を取ってしまったと今ならわかる。
あの時の心情としては、相手の男と話をしようと思った。
自分が出て行く立場じゃないとしても、話をしようと決めた。
本音を言えば、脅してでも彼女と別れさそうとすら思った。
だけど現実、自分には立場がある。
曲がりなりにも、従業員を抱える社長とゆう立場。
彼女達よりも年上とゆう立場。
社会人として、
大人として、有るべき行動をとらなければ成らない。
そんな立場だったのに———…
話をすればする程、
何が悪いんだとキレられたから、別れてくれれば良いと言った。
彼女以外の女と遊ぼうが、その女とどうにかなろうが知ったこっちゃない。
ただ、彼女と別れてからしろと言った。
別れた後で好き勝手やろうがどうでも良い。
でも男は頑なに拒否した。
「あんたに関係ねぇだろ」なんて言われて、「女子高生を相手にして良いのかよ」とまで言われた。
そんな事言われたって痛くも痒くもない。
ただ、彼女に関わるなと言ってるのに理解力のない男だった。
臆病な犬ほど良く吠える。
「まさかもうヤったのか?クソっ!ぶっ殺してやる…!」
だから逆に言ってやった。
「ぶっ殺されんのはてめぇだ」
正直、俺はそう言って胸ぐらを掴んだだけ。
怪我を負わす程、殴ったり蹴ったりもしていない。
抵抗してきた男を振り払ったら勝手に
「大丈夫か?」って声はかけた。「うるせぇクソが」って言われたから放って帰った。
たかだか足の骨を一本や二本折ったぐらいで入院しやがって。大袈裟な奴だと思った。
それでも男が入院したのは予想外で、少しは骨のある奴かと思えば、口だけの奴だった。
彼女から入院したと聞かされて、彼女に申し訳なく感じた。
だけど彼女は責めて来なかったし、文句の一つも言わなかった。
彼女の本音が分からないまま、自分の彼女に対する気持ちはどんどん大きくなっていく。
待つと言ったからには、自分から切り出せずにいた言葉を、事が落ち着いたら言おうと思った。
付き合って欲しいと。彼女に告げようと思った。
だけど告白も出来ないまま、彼女は記憶を無くしてしまった。
とっくに学校が終わっている筈の彼女と連絡が取れず、仕事が終わってから電話をかけたけど繋がらなかった。
その時点で、嫌な予感とゆうのを感じていたのかもしれない。
心配になって、会社からそのまま学校に向かって車を走らせた。
学校が見えて来た頃に、彼女から着信があって酷く安心したのを覚えている。
バス停で待っている彼女の元へ行くと、嫌な予感は的中した。
揃いも揃って、男達がこっちを睨みながら近づいてくる。
呆れて笑いすら出そうだった。
すぐに目的は自分だと予感。それが誰の指示によって動いているのかも、推測出来た。
真っ直ぐ真面目に生きて来た訳じゃないけど、そこまで恨みを買うような覚えもない。
だからすぐに悟った。
もし、自分に恨みを持つ人間が居るとすれば、あの男しかいないと。
彼女を押し
情けないとゆうか、不甲斐ないとゆうか…彼女を残して意識が飛んでしまった。
だから目を開けた時は、自分がどうなってるのか、今居る所はどこなのか。そんな疑問は二の次で、彼女の安否が一番知りたかった。
その彼女が目の前に居てくれたから、やっと自分は生きているんだと思えた。
だけど彼女は他人行儀で。「大丈夫ですか」と心配をしてくれる。
聞けば彼女が救急車を呼んでくれたらしい。
ついでに警察まで来たけど、それはまぁ良い。
どうして彼女がそんな態度を取るのか、意味が分からなかった。
だけど何かが違うのは分かる。
表情とか、目線とか、口調も。自分に向けられる全てが、探るようなものに思えて成らなかった。
こんな事態になって戸惑っているのかもしれないと、考えられる事は考えた。
だってそうだろ。まさか自分の事を覚えてないなんて…さすがに考えもしなかった。
すぐに医者や看護師が入って来て、「大丈夫ですか」から始まり、あれやこれやと質問を投げてくる。
医者が彼女に「家族か?」と問う。
彼女の様子を把握できないまま、会えなくなる事態は避けたい一心で、家族だと答えた。
彼女が帰る間際に、明日もここへ来て貰う約束をした。
じゃないと彼女は、何となく…ここへは来てくれないように感じた。
そこまでして、どれだけ彼女を心配しようとも、彼女はこんな時間にバスで帰ると言う。
縫ったばかりの額の傷口が開くんじゃないかと、思わず頭痛がした。
何とか彼女を説得して、その日は親に迎えに来て貰うよう彼女に頼み込んだ。
こんな事態の後で、彼女を一人で帰らす事は出来ない。
なのに彼女は、どうして自分がそこまで心配するのか理解出来ないとゆう表情をする。
自由の利かない体の上に、あれこれ思案し過ぎた所為で、彼女が帰宅してすぐに再び眠りに就いてしまった。
次の日、彼女は病室に来てくれた。
昨日の事を覚えているかと確認したら、「あなたが倒れていて…気づいたら病院に居て…わたしが救急車を呼んだんでしょうか…」と、逆に聞き返された。
一体彼女に何が起きたのか…自分が眠っていた間に何があったのかと確認をするも、彼女が泣きそうな顔で、「わたしはわからない…」と話すから、それ以上確信に迫るのはやめた。
「君の名前は…?」と聞いたら、「彩です…」と答えた。初めて自己紹介をした日の事を思い出して胸が痛かった。
「俺の名前は…」と名乗ろうとしたら、
「…知ってます…」
「え…?」
「名前が書いてあるから…四季、くん…?」
ベッドネームを指差し、彼女は変わらない口調で呼びかけてくれた。
その日を堺に、自分は、彼女の知らない只の人になってしまった。
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