さぁ、始めよう

———あなたとあたしとあの子ときみの為に。




夏休みの平日は、テレビを点ければ朝からアニメ番組が放送されている。


夏休みだからといって、だらだら過ごしている訳じゃない。


登校している時同様、起きる時間は決まっている。


何故なら、父には夏休み等ないから。


父の朝食はいつも通りに作るし、家事もいつも通りにこなす。


ただ1つ違うのは、学校に行かなくていいから、いつもよりあたしの行動がゆっくりとしている。



点けっぱなしのテレビをソファーに座って眺めながら、頭に浮かんでくるのは、早く伝えたいとゆう思いと、結論を急ぎたくないとゆう思い。



だけどあたしは、小心者。


考えれば考えるだけ、不安になってくる。



そんな時—…



結論を急げと、はやし立てるかの様に、食卓に置いていた電話が鳴った。



立ち上がってそれを手に取る。


着信相手の名前を見て、胸が高鳴ったのと同時に、苦しくなった。



「はい…」


声が思うように出せない。



「よう」


言われた言葉を、



「よう」


そのまま返す。



「何?」


電話して来ておいて、「何?」ってなに…



「何が?」


そう返したあたしは間違ってない。



「シケた声してんなよ」


それは大きな間違いだ。



「スズ?」


「はい…」


「何でそんなシケたつらしてんだ?」


「見えてないでしょ」



間髪入れずにそう返すと、電話の向こうで笑い声が聞こえた。



「見なくても声で分かる」



まだ笑いを含んだ口調でそう言った電話の相手は、あたしの事なんて何も分かっていない。



「あたしも声で分かるよ」


「何が」


「楽しそう」


「残念」


「違うの?」


「残念」


「はい?」



何が残念なのかは分からなかったけど、


「朝から緊張してんだ」


電話の相手が笑ってなかった事は、分かった。




小さい頃から物分かりは良い方だと思ってきた。現に、物分かりの良い子だと、周りに言われてきた。



そんな物分かりの良い筈のあたしが…


「スズ」


兄ミヤチが相手だと、感情が言うことを聞いてくれない。



「これから、岸田家に行ってくる」



兄ミヤチの緊張と不安が入り混じった声は、言葉にするとどこかたくましく聞こえた。



いつだって、どんな状況だって、あたしが100%悪くったって、必ず先に謝ってくれるような人。



自分の実家でもあるのに、“岸田家”とゆう言葉を使う。



「出かける時は、電話するって言ったろ」



いつも優しくて、必ず約束を守ってくれる。



「だから、スズに電話した」



そんな兄ミヤチに、どう言葉を返したらいいか分からない。



「スズ?」



あたしが返事をしないから、兄ミヤチの声が少し低くなった。



「それは、」


「え?」



何故、岸田家に行くの?なんて、質問する程あたしはバカじゃない。



「それには、あたしも付いて行った方が良い?」


「は?」



言ったと同時に、電話口の向こうで兄ミヤチの笑った声が耳を掠めた。



「なんか可笑しかった?」


「いや、」


「あたし笑えるような事言った?」


「スズ」


「人が真剣に話してるのに」


「スズ」


「笑うとこじゃないんだけど」


「悪かった」



こんな事を言いたいんじゃないのに。

力になりたかっただけなのに。



たくましいなと思っただけ」


「……」


「スズ?」


「……」


「俺、今スズと喧嘩してんの?」



溜め息の後、兄ミヤチはそう呟いた。



「喧嘩したくねんだけど」



どこまでも、その声が優しい。



「スズ、」


「ごめん…」


やっとそう言えたあたしに、やっぱり兄ミヤチは笑ってる気がした。



本当のあたしは、我儘わがまま傲慢ごうまん偏屈へんくつな人間なんだと、思い知らされる。


こんなあたしじゃ、嫌われてしまうのは当然で…だから、物分かりの良い子を演じてきたのかもしれない。



…嫌われないように。



それなのに、好きな人の前だときちんと演じられない…



兄ミヤチはあたしの機嫌を取ると、さっきのやり取りなんてまるで気にしてないかの様に話を続けた。



「じゃあ、そろそろ行ってくる」


「あ、うん」



電話を終了するのが分かって、一番に伝えなきゃいけなかった事を思い出した。


ほんとに…自分でも嫌になる。



「いつも味方で居てくれてありがとう」


「ん?」


「あたしもそうなりたいと思ってる…」


「……」


「兄ちゃんなら大丈夫だよ」



伝えたかった。自分が同じものだけを渡せているかは分からないし、これからも渡せていけるか保証はない。



それでも、今だけは…確実に、味方だと伝えたかった。



「スズ」


「うん」


「ありがと」


「うん…」


「…なぁ」


「うん?」


「…いや、また電話する」


「うん、わかった」



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