倉庫
本当に軽く。
聞いてるこっちが慌てるくらい軽薄な声で。
「なに?」
振り返ったミカゲがそう答える。
ミカゲを呼ぶリュウキの声と、リュウキに答えるミカゲの声の温度差は激しい。
もちろんそれは声だけじゃなくて、ミカゲと一緒に振り返ったあたしの視界に入るリュウキの顔は、明らかに不機嫌で、思わず見上げた隣のミカゲは何とも涼しい顔をしていた。
「いい加減にしろよ」
主語も何もなく、リュウキは唸るようにそう言葉を発する。
それでもミカゲには何の事か分かったようで、
「悪い事はしてない」
尚も涼しい顔で答えた。
「どこまで突っ込む気だ」
どこまでも低いリュウキの声。
「俺の勝手だろ?」
果てしなくすっ呆けたミカゲの声。
話の内容も、この温度差にも付いていけないあたしは、オロオロとまではしないけど、居心地の悪さは感じる。
言い合いなら、あたしが帰ってからやってくれればいいのに、
「やっていい事とわりぃ事があんだよ」
「責任は俺が取る」
この2人は常識がないのか、あたしの目の前で言い合いを続ける。
…確実に育ちと頭が悪いな、この2人。
人を気遣うって事を知らないんだろうか。
あたしっていう見ず知らずの人間の前で、平気で訳の分からない言い合いを始めるなんて、常識はずれも程々にして欲しい。
親の顔が見てみたい。
ロクな親じゃないに違いない。
まぁ、ロクでもないだろうけど。
こんな時代錯誤の……
「これ以上は許さねぇぞ」
「リュウキの許しなんかいらない」
「あのぉ…」
居た堪れなくなったあたしが発した言葉に、ミカゲはあたしを見下ろし、リュウキはあたしを睨み付ける。
この男。
このリュウキって男。
無性に腹が立つ。
何であたしがそんな目で見られなきゃなんないの?
あたし、直接あんたに何かした?
そうやって威嚇して、あたしをビビらそうって魂胆ね!?
……とても効果的だよ、リュウキ。
大成功だよ、その作戦…。
「アヤカちゃん、どうかした?」
見下ろすミカゲに問い掛けられ、
「帰り道教えてくれたら一人で帰る…」
あたしはリュウキにビビりながらも、そうと気付かれないように精一杯声を絞り出す。
「いや、俺が送るから。ごめんね、行こうか」
ミカゲはもうリュウキの方には視線を向けず、あたしににっこり笑って、再び部屋の扉の方へ歩き始めた。
「おい、待てコラ。話は終わってねぇぞ」
あたし達を追い掛けて来るリュウキの声は、より一層低くなる。
それでもミカゲは、もう足を止める事無く、部屋の扉のドアノブに手を掛ける。
「そいつは、アイツと違――…」
「明日、」
カチャリと回すドアノブの音に混ざったリュウキの声は、ミカゲの短い言葉で遮られ、一瞬だけ部屋が静まり返った。
ミカゲは絶対に振り返らず、見上げた顔も涼しいまま、ゆっくりとドアノブを回し、その扉を開ける。
扉が開いた瞬間、外から聞こえて来た爆音に、あたしが耳を塞ごうとした時、
「チーム動かすから。リュウキは来なくていい」
ミカゲがポツンと呟いた。
一瞬の出来事だった。
ミカゲが呟いた瞬間、聞えて来る爆音に混ざる、リュウキの怒鳴り声。
その怒鳴り声は爆音に混ざって何を言ってるのか分からないままに、ミカゲはあたしの腕を引っ張り外に出す。
あたしとミカゲが外に出ると、ミカゲはすぐにその扉を閉め、手に持っていた鍵をドアノブに差し込み、カチャンと鍵をかけた。
呆気に取られるあたしの目の前で、その扉がドンッと大きな音を立てて揺れる。
「カゲ、コラァ!!」
爆音に混ざって微かに聞える怒鳴り声は、扉の向こう側から聞えて来るもので、怒鳴り声を上げる張本人は、ガチャガチャとドアノブを回したり、その扉を蹴り続け、ガタガタと大きく扉が揺れ続ける。
いくらなんでもこの状況がいい状況だなんて思わない。
どう見ても。
どう聞いても。
どう見積もっても。
……リュウキ、とんでもなく怒ってんじゃん?
今にも外れてしまいそうな位揺れ動く扉から、助けを求めるように隣に立つミカゲに視線を向けると、ミカゲは素知らぬ顔。
手元の鍵をチャラチャラ鳴らしながら手の上で投げて、ちょっとだけ口端を上げて笑ってるようにも見える。
「ミカゲ…これは…」
あたしが思わずそう声を掛けると、
「あぁ、いいのいいの」
ミカゲはあたしを見つめ、今度こそ本当ににっこりと笑った。
いいのって言われても、何がいいのかも、どういいのかも分からない。
って言うより、絶対にこれは"いい"ものじゃなく…
「開けろ、コラァ!!!」
ガウンガウン扉は揺れ、怒鳴り声は続く。
「…本当にいいの?」
ビビるあたしとは対照的に、
「大丈夫、大丈夫。でも、ドア壊されるのも時間の問題だし、さっさと行こうか」
一向に焦る様子はなく、ミカゲはそう言って、方向転換をする。
扉から回れ左して、歩くミカゲの横で、やっと扉以外を目にしたあたしは、その光景に息を呑んだ。
そこは、でっかい倉庫だった。
あたしがいた長方形の部屋を丸ごと飲み込む大きな倉庫。
体育館……より一回りくらい大きい倉庫。
鉄筋で作られた倉庫は、正面が全面シャッターで、それが全開にされている。
その前。
全開になったシャッターで、目の前に広がる光景は……とんでもない数のバイクや車。
爆音を鳴らすエンジン音と、どこから聞こえて来るのか分からない、ドデカイ音楽。
これが今の今まで聞えて来なかったのは、今までいた部屋がどうも防音装備らしい事と、あたしが眠ってる時に聞えていた微かな音は、正にこれだったって事をあたしは理解した。
でも、そんな事理解したからって、この光景と自分の置かれてる状況に、恐怖を感じない訳もなくて。
「アヤカちゃん?」
思わず足を止めてしまったあたしに、数歩先を歩いていたミカゲは立ち止まり振り返った。
一体あたしをどうする気…!
目を覚ましてからこれまでで一番の恐怖があたしを襲う。
予想してなかった出来事に、あたしはパニック寸前で。
「か、か、か、帰すって言ったじゃん!!」
口篭りながらも、必死に何かに抵抗しようとするあたしを見て、ミカゲは、ふはっ、と口を大きく開けて笑った。
笑われた事にも、何考えてんのか分かんない事にも驚いて、ミカゲを呆然と見るあたしは、警戒したままなのに、
「大丈夫。アヤカちゃんには何もしないよ。絶対に。何があっても」
後半、徐々に笑いを止め、真剣な口調になるミカゲは、言葉を発し終わると、あたしの方へ近付いて来た。
ミカゲが近付いて来る事に、その手があたしの腕を掴もうとした事に、半端ない身の危険を感じたあたしは、
「うぉい!!」
何だか分からない雄叫びを上げて、ミカゲの手から逃れようと、体を動かす。
にも関わらず、あたしの腕はあっさりとミカゲに捕まり、
「俺と一緒じゃない方が危ないよ?」
脅しなのか何なのか分からない言葉を告げられた。
さっきから、何回か思ってたけど。
ミカゲって。
こいつって。
……卑怯。
あたしがそうするしかない選択肢しか絶対に与えないって言うか、そうするしかない状況に追い込む。
そういう意味では、頭がいいのかもしれない。
たまにいる、そういう時だけ頭が回るヤツ。
…根っからの根性悪。
「本当に大丈夫だから、着いて来て」
根性悪ミカゲは、その根性の悪さを隠す、柔らかい笑みでそう言って、あたしを連れて歩き始める。
しっかりとあたしの腕を掴んで、逃げ腰になるあたしを半分引きずるようにして、シャッターの方へ歩いて行く。
よもや、逃げられまい!!
あたしがそう覚悟を決めたのは、シャッターの外に一歩出た時で、そんなもん覚悟を決めようが決めまいが、何かが起こるならすでに起こってる状況だった。
ガッチガチに体を固めるあたしの横で、クスクスとミカゲは笑いを零し、そんなミカゲに周りにいる人たちが軽く頭を下げる。
バイクに跨ったまま、車に乗ったまま、ただミカゲの姿が視界に入ると、ペコッと小さく会釈する。
……やっぱり、本当に、ミカゲは何者DIE?
ポカンとミカゲを見上げるあたしの視線を無視して、口元に笑みを作ったまま、ミカゲはバイクの間をすり抜け、一台の車の前に立つ。
ミカゲが当たり前のように、後部座席のドアを開けたその車は、黒のメルセデス。
こんな高級車にあたしが乗んの!?
驚いたあたしの背後から、
「お前ら、カゲ止めろ!!」
怒鳴り声が追い掛けて来る。
その怒鳴り声は、もちろん、少し前に聞いたあの低い怒鳴り声で、振り返らなくてもそれがリュウキだってあたしにも分かる。
何をどうやって外に出て来たのか分からないけど、リュウキはあの部屋から飛び出して来たらしく、爆音の中をリュウキの声が襲って来る。
「おっと。急いで」
言葉は慌ててるのに、声の調子は全然変わらず、ミカゲはそう言ってあたしを後部座席に押し込む。
状況からして、リュウキがこっちに走って来てる事も、誰かがミカゲを止めに来る事も分かったあたしは、後部座席に押し込まれると、すぐに奥へと詰め寄った。
あたしが奥に詰めたと同時に、ミカゲも後部座席に乗り込んで来る。
「出して」
ドアがまだちゃんと閉まってない状態のままミカゲが発した言葉は、運転席に座っていた男の人への言葉で、バタンとドアが閉まると同時に、メルセデスは流れるように走り出した。
静かに、振動もなく、滑るように走るメルセデスの後部座席で、興味本位から思わずあたしは体を捩り後ろへ振り向く。
追って来たリュウキが、どうなったのか確認してみよう、と革のシートに手を置いて、しっかりと後ろを確認する。
フルスモークでも、倉庫の前は見える。
車やバイクのライトのお蔭でその全貌が見える。
「あれは…」
目にした光景に、思わずそう言ったあたしに、ミカゲは「ん~?」と何とも気の抜けた声を出す。
「ミカゲ…大丈夫?」
そう言ったあたしの視界に入るのは、少しずつ遠ざかって行く倉庫の前で、リュウキらしき人物が、手当たり次第に周りの人を蹴ったり投げたりしてる姿。
それを見て、後からミカゲがどうなるかなんて、想像するまでもない。
でも、そんな心配をするあたしをよそに、
「俺は平気だよ~」
楽しそうにミカゲは笑う。
「すっごい暴れてるよ?」
「だろうねぇ」
「いいの?」
「放っとけばいいよ、あんな野獣」
どこまでも楽しそうなミカゲの笑いと共に、車が角を曲がり、あたしの視界から倉庫は消えた。
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