第5話 タコさんウィンナー

 莉里の両親は夜遅くなることが多い。母親の方は、実家に親の介護で帰ったり、息抜きで友達と会ったりしているようだった。あの人のことは知らない。

 だから夕飯は冷たい作り置きをレンジで温めて食べることになる。レッスンが終わって帰って、しばらくすると莉里が塾から帰ってくるから、玄関まで迎えに出る。するとすごく嬉しそうに笑ってくれる。もう抱きつこうとはしなくなったので、安心しながらも淋しく思えた。

「おかえりなさい」

「りっちゃん、ただいま。お腹空いたでしょう? すぐに温めるからね」

「うん。レンジで温めとく。ハンバーグだった」

「そう? じゃあ、お願いするね」

 そう言われて、レンジにハンバーグを入れて温めボタンを押すだけだった。

「莉里ちゃん、あの」

「何? どうしたの?」

「明日、お弁当なんだけど…どうしたらいいかな?」

「お弁当!」と嬉しそうに声を上げる。

 どうして楽しそうなのか分からなくて首を傾げると「ご飯食べたら、コンビニに行きましょう」と莉里が言う。

「コンビニ? おにぎり買うの?」

「違うよ。おかずを買うの。それを詰めてあげる」

「莉里ちゃんが…作ってくれるの?」

「もちろん」とすごく得意げだった。

 本当に莉里はお姉さんになろうとしていた。ハンバーグを食べながら、莉里は好きな食べ物を聞いてくる。

「…なんでもいいけど」

「好きなの入れてあげる。タコさんウィンナーとか?」

「タコ…?」

 楽しそうな莉里が本当に可愛かった。二つ年上なのに、不思議な気持ちになる。ご飯を食べてお皿を食洗器に入れると、二人でコンビニに出かけた。

「りっちゃん、ここで好きなおかずを買ったらいいよ」

 まるでバイキング方式と言わんばかりに莉里が商品の棚を指さす。

「エビチリにハンバーグ、豚の角煮まである」と莉里の方が嬉しそうだった。

「莉里ちゃんの学年は給食あるの?」

「あ、私もだった。一緒に選ぼう」

 暢気だなぁと思ったけれど、莉里にはお母さんがいるから、当たり前のようにお弁当を用意されるのだろう。

「りっちゃん、肉団子とゆで卵いれる? サラダはこれにしよっか。後は…」とかごに入れていく。

「タコさんウィンナー」と言ってみると、莉里が嬉しそうにウィンナーを追加した。

 そして二人で家に戻る。荷物は持つことにした。

「莉里ちゃんはお母さんが作ってくれるの?」と帰り道聞いてみる。

 もしそうだったら、自分のためだけに手間をかけさせてしまったことが心苦しかった。

「ううん。いつもコンビニで買っていくの。サンドイッチとか」

「そうなんだ」

「お母さん…。朝、辛そうだから」

「え?」

「ご飯用意するだけで…」

 その原因は俺の母親にもあるのだろうか、と思った。

「あ、りっちゃんは気にしなくていいからね。そんなこと、全然気にしないで。一緒にいてね」

「え?」

「だって、私、本当に楽しいから。もっと早く来てくれたら良かったのになぁ…なんて勝手なこと思ったりして」

 莉里が気を紛らわせてくれるのもあるだろうけど、一部は本心のようだった。

「りっちゃんはピアノも上手いし、天使みたいに可愛いし…本当に自慢の弟だよ」

「…弟」

「あ、また勝手にごめんね」

「ううん。莉里ちゃんが…そう思ってくれて嬉しい」

 すると莉里が両手を俺の顔の前にだして、指を広げて震えている。何かを我慢しているのだろうか。

「あー、髪の毛をわしゃわしゃしたい。思い切りぎゅーってしたい」

「え? それは困るよ」

「ちょっとだけ…頭撫でていい?」と我慢の限界のような顔で言うから、仕方なく頷いた。

 そっと頭を撫でられる。

「ふわふわ」と莉里が言う。

 本当はずっと撫でてもらいたかった。

「もういい?」

「あ、ごめんね」

「いいけど。莉里ちゃんだけだから」と言うと、ものすごく嬉しそうな顔で微笑んだ。

 だれかにこんなに好かれたことがあったかな、とふと思い返してみる。愛されているということがこんなにも自分の存在への自信を与えてくれる。

「りっちゃん」

 優しい笑顔で「大好き」と言われた。

 それがどういう意味なのか、どういう意味であれ、胸が貫かれた。

 

 翌日のタコさんウィンナーは焦げていたし、足が四本、一本かけて三本のもあった。でもかわいくて食べられなかった。

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