第53話 養老の滝?
むかしむかし、美濃の国の山奥に、父親と息子が住んでいました。父親は病気で臥せっており、まだ年若い息子が山で拾った薪を売っておりましたが、非常に貧しい暮らしでした。
ある日、息子はいつものように山で薪を拾っていましたが、少し遠出して道に迷ってしまいました。暗くなって帰れなくなり、その晩は野宿して夜を明かしましたが、朝になるとふわんといい香りが漂ってきました。息子が匂いのするほうへ歩いていくと、大きな滝に着きました。滝の水をすくって飲むと、何だかとてもおいしくって、いい気分。息子は持っていたひょうたんに滝の水を詰めて帰り、父親に飲ませてやりました。
「こりゃ、酒だ。」
父親はビックリ仰天しました。水だと思ったら、とっても上等なお酒だったのです。息子は何度も滝の水を汲んで父親に飲ませ、そうしているうちに父親はすっかり元気になって、働けるようになりました。この話を聞いたご近所さんたちは、親孝行の息子に感心して、神様がお恵み下さったのだろうと噂しました。こうして、孝行息子が老いた父を養った滝として、この滝は養老の滝と呼ばれるようになりました。めでたし、めでたし。
という話を、隣村の少年が聞きつけました。この少年にも、父親がいます。昔から酒癖が悪く、酒を過ごしては乱暴を働き、仕事もせずに飲んだくれ、酒代に事欠けば妻子や寺の住職にさえ無心するろくでなしでした。今では酒で身体を壊し、臥せっていますが、それでも酒を欲しがってうるさく騒ぎます。少年は山で拾った薪を売ったお金で、食べるものにも事欠きながら、父親を黙らせるためにお酒を買って与えていました。でも、もう限界です。
少年は遠路はるばる養老の滝まで足を伸ばしました。そうして、ありったけのひょうたんに水を詰めて帰りました。自分で飲んでみた限りでは、ただの美味しい水のようですが、子どもには分からないだけかもしれません。きっと、これはお酒なのでしょう。
「おっ父、噂の養老の滝を汲んできたぞ。たんと飲め。」
少年は父親の枕元にひょうたんをゴロゴロ並べました。
「養老の滝?」
「滝なんだけどすごい酒らしい。ここの村も、隣村も、みんなが知ってるぞ。」
「ふーん。」
少年の説明は要領を得ませんが、酒なら何でも構いません。父親は栓を抜いてぐびぐびと飲みました。随分、あっさりしたお味です。
「これ、酒?」
「何でも、すっごく上等の酒らしいぞ。水みたいに飲めるんだって。」
「そ、そうか…。」
言われてみれば、雑味が無くて、透き通っていて、嫌な臭いも無く、まさに水のように飲めます。貧しい家のことですから、この父親は上等なお酒なんて飲んだことがありません。もしかしたら、都の帝やお貴族様が飲むような本当に上質の酒とは、こういうお上品なものを指すのかもしれない。うん、きっとそうだ。そうに違いない。そう思うと、何だか良い心地になってきたような。父親はひょうたんの中身を飲み干すと、高鼾をかいて寝てしまいました。
その日から、父親は養老の滝の水を思う存分たらふく飲んで過ごすようになりました。不思議なことに、どれだけ飲み過ぎても二日酔いにもならないし、苛々もしません。それどころか、徐々に頭は冴えわたり、体の具合も良くなってきました。飲みたい放題飲める安心感が良いのかしらん。そんなことを考えながら、父親はひょうたんからグイグイと滝の水を飲みます。いつなん時飲んでも、水のように澄んだ味わいです。実にうまい。本当の男は、本当の上質を知っている…などと格好をつけたりもします。良い気分です。
こうして、単純な父親は思い込みにより無事アルコール中毒を脱し、養老の滝のおいしいお水を毎日飲んで健康となり、少年と共に仕事に励んで落ち着いた生活を取り戻すことができましたとさ。めでたし、めでたし。
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