第49話 オオカミと七ひきの子ヤギ?
むかしむかし、あるところに、ヤギのお母さんとその子ども7匹きょうだいがおりました。ある日、お母さんは外に用事が出来ました。お母さんは子どもたちに、留守の間、誰が来ても決してドアを開けてはいけませんよ、と言い聞かせてから出かけて行きました。
すると、物陰からその様子を窺っていたオオカミが早速家にやって来ました。親のいぬ間に、軟らかくておいしい子ヤギを頂いてしまおうという魂胆です。オオカミはトントンと戸を叩いて、ガラガラ声で言いました。
「お母さんですよ、戸を開けて頂戴な。」
オオカミは少し待ってみました。中からは何の物音もしません。さて、どうなっているのでしょうか。
家の中では、仔ヤギたちがめいめいに遊んでいました。2匹はサブスク配信のアニメを見ていて、テレビ画面に目が釘付けです。2匹はマリオカートで対戦中で、他の物音など耳に入りません。1匹はマイクラの発掘に夢中で、1匹はあつもりのイベントで忙しい。最後の1匹はスマホでお気に入りのユーチューバーの動画をだらだら見るのに余念がありません。
また、戸を叩く音が聞こえてきました。
「お母さんですよ。」
「おい、お前、行って開けて来いよ。」
1匹が誰にともなく言いました。
「忙しい。」
「めんどくさい。」
「手が離せない。」
「今いいとこだから無理。」
「ってか、お母さんなら鍵持ってるじゃん。」
「ほっとけばいいよ。」
みんな、1ミリも動こうとしません。
暫くすると、また戸を叩く音が聞こえてきました。
「お母さんが帰ってきましたよ。お開けなさいな。」
さっきのガラガラ声とは違って、滑らかな声です。オオカミは小細工を弄して、声の調子を変えてきたのです。
ところがどっこい、子どもたちはみんな、そんな些末な違いには全然気づきません。
「ほら、お母さんだって。」
「誰か開けて来いよ。」
「今忙しいってば。」
「俺も。」
「お前行けよ。」
「誰も来てないよ。」
「何も聞こえなかったな。」
みんな、じっとそれぞれの画面を見つめたまま、動く気ゼロです。
さらにしばらくすると、また戸を叩く音が聞こえてきました。
「お母さんですよ。ほら、みんなの好きな白い手でしょう。開けてくださいな。」
扉を少しでも開けてやれば、オオカミが工夫を凝らして白く粉をはたいた前足を見ることができたのでしょうが、何しろ子どもたちは顔も上げません。手が青かろうと赤かろうと、どうでも良いのです。
全然中から反応が無いので、オオカミはため息をつきました。うろうろと家の周りを周って窓から中を覗くと、子どもたちはデジタル機器の画面に張り付いているばかりです。
このオオカミ、この家を訪れたのは今日が初めてではありません。お母さんが外に出かける度に、こうして様子を見に来ています。毎回、毎回、窓から見える光景は同じです。子どもたちはだらけた姿勢のまま、ゲームやアニメや動画に耽っていて、そのほかのことは何もしません。勿論、オオカミの誘いに乗って戸を開けることもありません。
もう一度オオカミがため息をついた時、お母さんが帰ってきました。
「今どきの子育てってのは、こういう感じなのかね。」
オオカミはぼそりと尋ねました。
「鬼ごっことか、缶蹴りとか、ゴム跳びとか、泥遊びとか、そういうのは無いんかね。勉強も、読書も、おうちのことも、何もさせんのかね。」
お母さんは新しいゲーム機の入った手提げかごを抱えたまま、首を傾げました。
「そんなことさせたら危ないじゃない。ゲームと動画を与えておくのが一番楽で安全よ。」
オオカミはがくりと肩を落として、とぼとぼと森へ歩き始めました。ヤギの代わりにウサギや小鳥を獲って帰ると、子どもたちが家の外で阿呆のように辺りを走り回っていました。どうやら、影踏みをして遊んでいるようです。
「おーい、みんな、ごはんにしよう。」
オオカミが声を掛けると、子どもたちはいっせいに集まってきて、薪を拾ったり、かまどに火を点けたり、ごはんの支度を一生懸命手伝います。
「こういうのの方が、良いと思うんだけどな。」
オオカミは、子どもたちと作ったウサギのスープを飲みながら、しみじみと呟きました。
こうして、仔ヤギたちは延々とオオカミを無視し続けることで食われることもなくぬくぬくと安全な日々を過ごし、オオカミの子どもたちは元気いっぱいな捕食者として成長しましたとさ。めでたし、めでたし。
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