第45話 イヌと肉?

 むかしむかし、あるところに、イヌが一匹歩いておりました。イヌは大きなお肉の塊を咥えていました。久しぶりのご馳走です。どこか落ち着いて食べられるところで美味しく頂戴いたしましょう。


 やがて、イヌは川に差し掛かりました。橋を渡っていると、水面に己の姿が映ります。イヌはそれに気付いて、じっと水面を見つめました。


「何と美しいイヌだろう。あなたの名前を教えてくれませんか。」


 イヌは水面に映るイヌの姿に向けてそう話しかけました。その途端、どぼんとお肉は川に落ちてしまいます。水面が揺れ、イヌの姿も乱れてしまいます。イヌは慌てましたが、川の表面はすぐに落ち着きを取り戻しました。イヌの姿もまたくっきりと映し出されます。


 イヌは川底に沈んだお肉などどうでもよくて、ひたすらに水面のイヌにうっとりとした眼差しを注ぎ、愛の言葉を囁き続けました。水に映る自分の姿ですから、返事があるはずもありません。どれほど恋焦がれようと、水から出てきてくれることもありません。イヌは川のほとりで飲食も忘れて愛しいイヌの姿を見つめ続け、やがて衰弱していきました。


「こら、待て!」


 とどこからともなく声が聞こえてきました。イヌが天を見上げると、偉そうな神様がこちらを睨んでいました。


「その役割は、お前に与えたものではない。もっと素敵な美少年がやるべきことなんだ。イヌはお呼びでない。肉か魚でも食って、昼寝してろ。」

「そんなことを言われましても、私はあのイヌにぞっこんほれ込んでしまったのです。食べ物などいりません。」

「いい加減に気付け、あれはお前の姿だ。お前自身だ。」

「えー?よく分かりません。私はここにいるじゃないですか。あれも私だなんて、おかしいですよ。」


 鏡像を理解できる動物は多くありません。イヌでは無理です。神様はがりがりと頭を掻きむしりました。


「あー、もう、分かった。こうしてやるから。」


 神様は川の底に沈んだお肉を引き上げて、ぽんと手を打ちました。その途端に、お肉がイヌに瓜二つの別のイヌに変わりました。イヌは大喜びです。元お肉のイヌの方も、当然己の姿に見惚れるタイプなので、たちまち元祖イヌとの恋に落ちました。


 こうして、相思相愛のイヌはお互いの姿を見つめ合いながら末永く仲睦まじく暮らしましたとさ。おかげで、この川岸にはまだ水仙は生えておりません。めでたし、めでたし。

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