三週目①
身を起こし、ぶはぁ、と息を
目の前のテーブルには開かれたままの日記帳。そのページには、〝ここ〞の今の日付と、その時点までに起きた出来事が私の文字で細かく記されている。
それらの内容に目を通し、〝ここ〞の日時を確認する。……
その時点に、私は戻ってきた。窓
「……っ」
不意に全身が
これは……
まして、もう、ここにロルフはいない――なのに。
「う、うう」
不意に視界が
大丈夫なものか。
わかっていた。この国において、私はただの無力な
でもそれは、わかったつもりになっていただけ。
だから今更、私は震えている。改めて
「……いや」
冷静になれ。力で勝てないのなら、せめて頭を、頭を使え。
一つ大きく深呼吸し、日記帳を手に書物机へ移る。
続いて私は引き出しから
ロルフは
そのギルベルトの宮には、すでに二歳になる男児がいる。たとえギルベルトが若くして
一周目の歴史では、こんな男のくだらない野心が
したためた手紙は日記とともに例の二重底にしまう。その後、気分
「……クラウス」
吐き気に似た
あの
そして――私は夫からファーストダンスを
そんな
「今度は間違えない。絶対に」
そう自分に言い聞かせると、さっそく私は宮殿を出る。
クラウスとの
考えてみれば、これこそ何を今更という話だ。
クラウスと出会って三年。私は、妻でありながら彼の女性関係に全く関心を向けてこなかった。二周目に至っては、これ幸いと放置すらしていたほどだ。一周目の悲劇を思い起こさせるあの人との交流は、お世辞にも
私は……私が思う以上に
そんなことを、庭の奥に続く
確かに私は、あの国では皇族とは名ばかりの無力な存在だった。母親は何の後ろ盾もない弱小貴族の
なのに私は、自分の
やがて、
「行きなさい、私」
そう自分に
道はすぐに森へと入る。ただ、さほど深くはないのか、ほどなく前方が明るくなる。おそらくこの先は、低木を中心とした庭園。きっと、女性好みの
「……えっ?」
不意に開けた視界。そこに広がる光景に私は
確かに、ここは裏庭のはず。そして……ここまでの庭がそうだったように、美しい花々が競うように
畑では、すでにたっぷりと実をつけた麦たちが、まだ青い
そんな畑の
「クラウス……
そのクラウスは、いつものかっちりとした執務服ではなく、庭師が着るような、簡素な
手元にはノート。そこに、手近な麦の穂を
そんなクラウスの目元は、よく見ると
「……まさか、
やがてクラウスは書き物を終えると、今度は
私は確かに見覚えがあった。ついさっき(私にとっては)ギルベルトの宮殿で見かけた学者の一人だ。だとしても、なぜ、こんなところに……?
私は足音を
これは……麦の話? でも、王子であるクラウスが、どうして麦なんて……?
疑問に気を取られたせいだろう、
丸いレンズの奥で、
「ミラ!? ええと……どうしてここに?」
「えっ? え、ええ……テラスから、こちらに向かわれる殿下をお見かけしたもので。失礼を承知で後をつけて参りました。ご
さすがに
「迷惑? い、いや、そういうわけでは……ただ、女性にとっては楽しい場所でもないだろう。見てのとおり、ここには観賞用の花の類は何も植えていない」
その間も、クラウスはしきりに手で目元を覆う。よっぽど今の姿を見られたくないのだろう。でも私には、普段の冷淡な彼よりはずっと親しみやすく思われた。何というか、表情が
やがてクラウスは、思い出したように眼鏡を外して私に向き直る。
まさか。
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