ぼくらは群青を探している
潮海璃月/神楽圭
第1 記憶
第1話
私達が
決して忘れたことないその記憶を、頭の中でなぞりながら受話器を置いた。途端、解放された耳には事務所の雑音が飛び込み始めた。パーテーションの向こう側からは「和解したからって許す必要はないんですよ」と先輩の声が聞こえる。もう少し耳を澄ませると「結局民事訴訟なんてさあ、どっちもどっちなんだよ」とパートナーの説教じみた声も聞こえた。
今日も、日常は変わらず回っている。デスクトップパソコンの横に立てかけている手帳を手に取り、電話中に置かれたFAX用紙を引き寄せる。2月のページを開き、13日に「東京地裁 10:00 tel」と書き込んだ。
そのまま、手帳の最初のページに戻る。挟んである四つ折りの紙を取り出し、開くと、真ん中に穴が空いていた。折りたたまれると最も負荷をかけられる箇所だ、仕方がない。
十年も前の紙なんだから、仕方がない。そう言い聞かせながら、でもそれ以上破れないよう、慎重に紙面を撫でた。
【群青VS深緋】
【不良同士の抗争に犠牲者】
【関係者への取材に成功。不良同士の小競り合いから発展した殺人事件の舞台裏が見えてきた】
『一色市のレンタル倉庫において、新庄篤史くん(18)の死体が発見された。発見したのは、倉庫をレンタルした
一色市には、いわゆる「不良チーム」が複数存在した。新庄くんは「深緋(ディープ・スカーレット)」という不良チームのNo.2であり、市内でも指折りの
「深緋」のOBであるAさんは、チーム同士の関係についてこう語った。「もともと、深緋と群青は仲が悪いんです。俺が現役のときも、しょっちゅう衝突してました。相手チームの幹部連中の彼女誘拐するなんていくらでもありましたよ。そりゃもっと仲も悪くなりますよね」
今回の事件も、その“衝突”の一環だと考えてなにも不思議なことはないという。
「ちょっとやりすぎたんでしょ。でも未成年ですからね、よかったですね」
今回の事件の犯人は「群青」のK.Sくん。K.Sくんは、事件の数日後、自ら警察に出頭した。
「中学のころからヤバいヤツでした。中学に入学したばっかりの頃に上級生をぶっ飛ばして、そこから群青に目を付けられてたみたいです。高校に入ってからは、学校で一番の優等生だった女の子のことがお気に入りで。監視するみたいにずっとその子の近くにいたし、その子が無理矢理さらわれる様子も何度も見ました。最後はその子が自分でついて行くようになってて……なにか、弱味でも握られてたんじゃないか……」と語るのは、K.Sくんと同じ灰桜高校に通っていたBさんである。Bさんも、過去にK.Sくんに脅迫されたことがあった。
「群青」のメンバーはK.Sくんが起こした事件について「普通、殺しまではしない」と口を揃えた。K.Sくんの異常さはメンバー公認だったということだろう……。』
**
「三国先生、なんの記事を見ていらっしゃるんですか?」
岡本さんの声に顔を上げた。丸い目は純粋な好奇心で私の手元を覗きこむ。そこにあるのは、週刊誌の見開き一ページだ。
「……あ、この事件!」
紙面を見て、事件を想起するまでほんの一拍。編集者のタイトルセンスは、十年経った今も疑う余地はない。
「ご存知なんですか?」
なるべく平静を装う。岡本さんのほうが興奮気味に激しく首を縦に振った。
「もちろん。だってこれ、結構話題になりましたよ」
そういえば、一色市は岡本さんのお母さんのご実家があるんだと聞いたことがあった。そして、岡本さんは私と2つか3つしか年が変わらない。となれば、岡本さんが祖父母から、市内で孫と年の変わらない子が事件を起こしたなんて話すのは、ごく自然なことだった。
「この事件、祖母から電話で話を聞いたんで、よく覚えてるんですよ。男の子が、同い年の男の子をバッドで殴り殺したって。危ないから気をつけなさいって、祖母に注意されちゃいました、注意しろったって何をどうしろって話なんですけど」
あまりにも想定通りの反応で、やっぱりな、なんて感想を抱く。そんな岡本さんの口ぶりは他人事じみていて、身近にそんな事件があったことに興奮を覚えているような、少しミーハーじみた様子だった。
「そういえば、先生って一色市のご出身ですよね?」
「ええ、まあ」
「この犯人とか、知り合いだったりするんですか?」
岡本さんは私と2つか3つしか年が変わらない。そして岡本さんのお祖母さんは、岡本さんの2つ下の少年が人を殺したと話した……。
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