名ばかりの【聖女】は泡沫の夢を見る

妃沙

1.始まって、終わる

第1話

突然、絶望に叩き落とされるというのは、何度経験しても慣れるものではないだろうと呆然とした状態で考えた。


 周りから向けられる疑いの視線。今まで、何の遠慮もなく、気遣いもなく、普通に会話を交わしていた人たちが。


 突然。そう、本当に当然。

 私をまるで赤の他人を見るかのように・・・・・・・・・・・・視線を向けてきた。


 手を伸ばしても誰も私に手を伸ばし返してくれない。声を出しても誰も答えてくれない。まるで、不審者を見るかのような視線で私を見る。誰も彼もが、一緒にここまで旅をした私を疑っている。


 だからこそ。


 縋るのをやめた。諦めた。これ以上声を上げても無駄だと悟った。


 私をその場に残して、みんなが背中を向ける。そう、みんなが。



 ――私を、好きだと言ってくれた、あの優しい人まで。私に背中を向けて。私の存在など、まるで最初からなかったかのように。まるで、この世にお前の居場所など、最初からなかったんだというかのように。



 その時、私の心は、粉々に砕け散ったのを自覚した。





 突然、異世界に召喚されるというのは、よく友人から聞いた小説や漫画で知識としては知っていた。大体は【聖女】という役目を背負っており、見目麗しい男女の仲間と共に【悪】を倒す物語。その中で結ばれる男女の話。そういった恋と冒険の話が大好きな友人はいつも瞳をキラキラとさせてウキウキとした声音で様々なそういった話をしてくれたおかげで、最初は混乱していた彼女もそれでも割と早い段階で冷静さを取り戻せたように思う。


 高校を卒業し、大学一年生になったばかりの年齢の人間ではあったため、いささか少女趣味かな、と思わなくもないけれど、少女漫画も大好きだといって色々なものを薦めてくれていたし、最近は別に漫画やアニメが好きなことを隠すような風習ではないためそういうもんだろうということも理解はしていた。そして何気に彼女もそういうのは好きだったから、単純にお互いに趣味があったのだというのも理解できた。


 漫画の中の、小説の中の女の子たちは、いつも一生懸命で、キラキラと輝いていて。とても素敵な存在だった。


 地味ではないけれど、あまり溌剌とした女の子ではなかった彼女は、ある意味漫画やアニメで出てくるような存在は憧れの存在のようなもので。ああいうふうに、キラキラと輝いて見たいという願望は確かにあったと思う。


 いつものように友人と一緒に楽しく会話を交わしていただけだった。大学に裏庭でお互いに食事を広げていつものように漫画や小説の話で盛り上がっていただけで。


 唐突に。


 そう、本当に唐突に。暗闇に突き落とされたのだ。


 一緒にいた友人がどこか焦ったように彼女の名前を呼んでいたのだろうと思う。突然、世界から音がなくなって、疑問を感じていた彼女には、彼女に向かって必死に手を伸ばしてくれている友人に同じように手を伸ばすことができなかった。伸ばさなかったのではない、伸ばせなかったのだ。


 世界から音が消えた。その瞬間、体も動きを完全に封印された。声を出すこともできなくなった。ただ目を見開いて、固まっていることしかできなかった。


 彼女は、自分が友人の目の前から消えようとしているのを自覚した時には、すでに暗闇に突き落とされていて。


 最後に許されたのは、もう相手には聞こえない友人の名前を叫ぶことだけだった。





「――るいーっ!!」








「はあっ!?」



 過呼吸になったのではないかと思うほどの呼吸を繰り返し、悪夢から目覚める。胸元を強く握りしめている自分を彼女自覚し、ゆっくりと自分を落ち着かせるよう心の中で繰り返し【大丈夫】を言い聞かせてゆっくりと手を解いていく。


 解いた手を自分の目を覆うために使う。まだ、こんなにも忘れられない。まだ、こんなにも鮮明に覚えている。


 突然の友人との別れ。突然の家族との別れ。


 突然の元の世界との別れ・・・・・・・・


 何度も自分に言い聞かせて、何度も自分を納得させたはずの感情が、こうして突発的に私を襲ってくる。


 何度も何度も深呼吸を繰り返して、息の乱れを正す。苦しさを感じていないと自分に言い聞かせて。そうすると多少速く回復できているような気がするから。だからこそ、自分に言い聞かせる・・・・・・


 体を起こす。悪夢にうなされたのだ。もうこれ以上眠ることはできない。


 自分のすぐ近くにあるブランケットを引っつかんで体にかけてから部屋を出る。極力足音を立てないようにゆっくりと歩きながら外を目指す。


 外に出れば、まだ寒さが肌を刺し思わず身震いしてしまう。


 息を吐けば白い息が目の前に現れる。


 自分がこうして生きていられることに、感謝した。

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