祝福の音
35
順調な結婚生活を送っていく中で、ふと思い出した事がある。仲の良い友人2人と後輩1人に何の報告もしていなかった。
みちかとの期間限定お付き合いから、正式お付き合いの流れも何もかも話してない。
話してないまま結婚していて、これじゃあ人の事言えねえなと反省した。以前何の相談も無く彼女を作っていた3人に水くせえって言葉知ってます?と文句を言っていた自分の姿を思い出したからだ。
いざその立場になってみると、色々必死すぎて相談する暇もなかった。
久しぶりだしと「飲みに行かねえ?」とそれぞれ連絡を入れると、「えー充さんと二人でですか?」と失礼な返答を返してきた後輩に続き、他2人の友人からも「別に良いけど」「別にええけど」とこちらも渋々ながらといった返答が返ってきた。
まじで3人揃って失礼すぎるだろ。もう少し嘘でも喜んでくれねえかな。
言い出しっぺの俺の方で店と4人の日程を擦り合わせて、一週間後に飲みに行くことが決定した。
別に改まった席ではないけれど、何となくで個室がある店を選んでおいた。たぶん色々騒がしくなることを見越して。
飲みの予定をたてたその日、少し早めに店についたにも関わらず既に他3人は到着して個室席で待っていた。
「お、早いな!遅れて悪い」
「さっき来たところやから」
翔がまるで彼女に対して言うような台詞をさらっと吐くと、「何飲む?」とメニューを俺へと差し出した。
いつも通りノンアルコールビールを頼むと、横から「飲みに誘っておいて飲まねえのかよ」と菜月に突っ込まれる。
いやいや、俺だってこんな日は飲みたいですけどねと肩を竦めておく。
「つまみも適当に頼みましょうよ」
それぞれの飲み物が決まると、手慣れた様子で後輩の蓮が翔の好きなつまみをいくつか注文した。学生の頃から翔を慕いまくっていた名残は今も残っているらしい。俺達の好きな物も少しくらい覚えておけ。
先に届いたアルコール類の入ったグラスを持って、乾杯をしたところで「ちょっと大事な話があるんだわ」と切り出した。
勿体ぶる必要も無く、黙っていたお詫びとして早い段階から話しておきたかった。
「色々成り行きとかすっ飛ばしての報告でわりーけど、結婚しました」
「誰がですか?」
高速瞬きをする蓮が部屋の中に集まる全員へとそれぞれ視線を向けていく。最終的にまた俺へと戻すともう一度ゆっくり瞬きをして、静かに店員を呼ぶチャイムを鳴らした。
遠くの方で呼び鈴が鳴ると、すぐに店員が「失礼します」と言って襖を開けた。
デジタル伝票片手に現れた店員に向かって、蓮は真面目な顔で「すみません、メガジョッキで水って頼めますか」と言う。言っておくけど酔ってねえよ。アルコールの一滴もまだ体内に入ってない。
店員はほんの少し驚いた表情のあと、「並々と注いできてください」と続けて言った翔を見てすぐに頬を赤らめる。学生の頃、かなりの女子にモテまくっていた翔だけれど、結婚した今もそれは変わらないらしい。
確かに顔立ちは今も変わらず整っていて、友人ながら羨ましいと思うばかりだ。
「かしこまりました」と愛想の良い笑顔を向けて店員は一度廊下へと出ていった。
「充さん疲れてます?一口で泥酔ですか」
「飲んでみ?アルコール入ってねえから」
ノンアルコールビールが入ったグラスを蓮に押しやると、恐る恐るといった様子で口をつける。信じられないと言いたげにまた口をつけて「いや、やっぱちょっとはアルコール入ってますよ」と結局混乱してグラスを返してきた。
「今日エイプリルフールだっけ?」
「ちゃうなあ」
菜月と翔はスマホのスケジュールを穴が開くほどまじまじと眺めてる。何回見ても今日は4月1日じゃありません。
「冗談でも嘘でもねえよ。その話がしたくて声かけたんだからな」
「どうやって騙して手に入れたんだよ」
「失礼すぎませんかあ?騙してねえからな!誠心誠意俺の愛情ぶつけての結果ですからねえ?」
「失礼します。メガジョッキのお水を」
「ナイスタイミングすぎます!」
蓮がすかさず再び現れた店員から、どでかいジョッキに並々と注がれた水を受け取って、俺の目の前へとドンと音をたてて置いた。
「充さん一旦これ飲んで落ち着きましょう。はい一気一気一気」
「これ全部飲んだら何も食えなくなるっつうの」
「お前それ後々壺とか買わされるやつじゃねえの?金取られたりしてねえ?相手の素性分かってるのか?」
全然違うし菜月も一旦落ち着け。
蓮があまりにも真剣に「とりあえず水を」と言うので、一旦受け入れて飲んでおく。
まあそりゃあそういう反応になるのも無理ねえし、学生時代の自分を思い返せばそうなりますよねとも納得する。
順を追って話すかとみちかとの出会いへと記憶を遡らせると、ふいに押し黙っていた翔が「どんな子なん」と口を開いた。
「翔、下手に乗るなって」
「いや冗談でも嘘でも無いやろ」
「まあ、言われてみれば充さんって、わざわざ呼び出してまでそんな冗談言う感じじゃないですけど。いやでもまだ信じられないです」
「その気持ちは分かる。俺もさっき密かに頬抓ったもん」
――――――抓るな。
「やけど、大抵アホな話なら電話なりなんなりして、一方的に話して終わりやからな充は。わざわざ呼び出して話があるって切り出したって事は本当なんやと思うで」
それは途中であなた方が電話を切るから一方的な話になってるだけですけどね、もうちょっと日頃から俺の話を真面目に聞いてほしいものだ。
「で、どんな子なん」
呆けている菜月を置いて、翔は飲みかけのグラスに口をつけた。
「可愛いよ。結構アタック強くてまともに食らうと大ダメージ負う感じの子」
「相手の方がお前の事好きなん?」
「まさか。俺も負けねえよ」
笑って言うとふいに隣から思いっきり後頭部を叩かれた。危うく目の前のメガジョッキに顔から突っ込むところだった。。
今絶対それを狙って思いっきり叩いただろ。
痛む後頭部を押さえて隣を見ると、菜月が怒っているとも納得いかないとも取れる表情で俺を見てる。
「何で言わねえんだよ」
「そうだよな。言うの遅くなって悪い」
「壺も大金も絡まない?」
菜月なりの心配という名の確認の仕方に「絶対ねえよ」と笑うと、「ふざけんな。まじでもっと早く言えよ」と再びもう一発後頭部を叩かれる。
これはたぶん菜月なりのおめでとうだと思う。
「勝手に結婚してんな」
「え、やだなっちゃんヤキモチ?」
「相手方に騙されてませんか?本当にこいつで良いんですか?考え直しませんか?って確認出来なかっただろ」
「無理なら離婚って手があるやろ」
「ほんと失礼なんだよなー」
これでも愛されてんのよ俺、と言えばまた驚かせる事にも納得いかねえと憤慨させる事にもなりそうなので黙っておく。
「じゃあ何?この呼び出しってお前の結婚報告って事だったのか」
「そういう事になりますね」
「ご馳走様でーす。何にしよう」
「この店で一番高いメニューにしようや」
「それ良いですね。さっき黒毛和牛のサーロインステーキありましたよ」
「高いメニュー全部頼もうぜ。どうせ充の奢りなんだし」
メニューを引き寄せて、片っ端から高いメニューを確認していく3人を横目に「どうぞどうぞ」と俺は頭が上がらない思いでその様子を眺めてる。最初からそのつもりで呼び出したんだ。言わなかったお詫びだし、今日くらいはいくらでも。
呼び鈴を再び鳴らして高い料理を何品かと、纏めて蓮が酒を注文した。ぎょっとした翔と菜月に向かって「今日はめでたい日なので飲みましょう」と笑顔で言う。
日頃、良い後輩すぎる蓮は酒が絡むと悪魔と化す。何故なら相当の酒豪で体調が万全だと何杯飲んでもけろっとしているからだ。それに真面目に付き合うとこっちが痛い目に合う。
「今頼んだの蓮ちゃんが飲む酒やろ?」
「何言ってるんですか。全員で飲むんですよ」
「いや俺明日仕事」
「俺も仕事だから大丈夫ですよ」
「何も大丈夫じゃねえよ」
飲むぞー、と張り切る蓮を前に翔と菜月が困ったように溜息を吐いてる。今日は長い会になりそうだ。
「あ、そうや」
アルコールが微かに残っていたグラスを片手に、翔が「おめでとう」と俺に向けた。それに続いて菜月と蓮が「おめでとうございます」「おめでとう」と同じようにして、グラスを差し出す。
「どうもありがとうございます」
頭を下げてグラスを微かに当てると、4人分のグラスがぶつかって祝福を祝う音を鳴らす。
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