またのご来店を
33
「うわ、すげえなこれ」
フルフラット台がついに届き、いよいよヘッドスパメニューの導入を数日後に控えたある日。
火曜定休の店内の入り口はシャッターで閉め切られたまま。けれどお店の中には私と夢ちゃん、それからお休みのみっちーの姿があった。
お試しでヘッドスパをしに来て欲しいとお願いすると、「むしろご褒美なんだけど、良いの?」とみっちーは二つ返事で了承してくれた。
「ふかふかで気持ち良いよね」
フルフラットの椅子に腰を下ろしたみっちーは「これだけで寝そう」と言う。
「駄目だよ!ちゃんとみっちーの率直な意見を聞きたいんだから」
夢ちゃんのヘッドスパを私は数日前に体験済みだ。みっちーにはこう言ったけれど、私はものの数分で寝落ちして全く役に立たなかった。
だったら旦那さんの拓海さんならどうだろうと、閉店後お願いするとお疲れだったのか拓海さんも私と大して変わらず、始まってすぐにすやすやと気持ち良さそうな寝息をたてていた。
「二人が寝落ちするって事は、それだけ上手って事だと思いますけどね」
「こうした方が良いとか意見があれば、言って欲しくて」
夢ちゃんはオイルが入っている箱を持ってくると「匂いも試せるんですけど、どれがいいですか?」とみっちーに差し出した。
「俺こういうの分かんないんだよな。みちかはどれが好き?」
「私は柑橘系試したけど、爽やかで良かったよ。疲れてるならラベンダーも良いと思うけど、後はペパーミントもおすすめだし……すみませんこれはもう好みかと」
「そっか、じゃあみちかと同じのにしたいわ」
「分かりました。柑橘系のこの香りにしますね」
夢ちゃんがちらりと私を見て微笑んでいて、気恥ずかしくなった。
みっちーのそういう所が大好きです、と顔に出ていたのかもしれない。
「みっちー、私もちょっと試して欲しい事があるんだけど夢ちゃんと一緒に手のマッサージしても良い?」
「至れり尽くせりすぎねえ?罰当たりそう」
「みっちーは毎日頑張ってるので、むしろこのくらいのご褒美は必要ですよ」
「20分コースと10分コースがあるんですけど、20分コースでやらせていただきますね」
夢ちゃんは椅子下げますと言って、スイッチを押した。両足が上がり、背中が後ろへと下がる。
「頭置くところ凄いな」
「そうなの。首が楽だよね」
私もヘッドスパの時に体験していたので、分かる分かると頷いた。頭と首を支える所が通常のものより柔らかく、尚且つしっかり支えてくれるのでヘッドスパに集中しやすい。
「あーなるほどな。正直言うともう寝そうなんですけど」
「最初の10分でも良いから頑張って起きてて!感想聞きたいから!」
「努力します」
「じゃあ始めていきますね」
顔にフェイスガーゼをかけてヘッドスパがスタートする。本来私のマッサージはネイル後にやる予定だけれど、丁度良いので一緒に感想を教えて貰おうとみっちーの隣へと椅子を持ってきて腰かけた。
「充さんお疲れですね」
「あー本当ですか?いやーでも………」
ヘッドスパが始まると途端にみっちーの口が動かなくなっていく。みっちーの髪の中に潜り込んだ夢ちゃんの指先に力が込められる。
あの感覚を思い出すだけで、私までうとうととしてきてしまう。
「みっちー起きてる?」
「……起きてますよ」
「嘘だ、一瞬返事が遅かった」
「落ちかけてたわ。これはやばいですね。絶対寝ちゃうわ」
「気持ちいいよね。私も手のマッサージしても良い?」
「うん、絶対寝るけどな?」
「良いか悪いかくらいは覚えておいて」
「自信ねえかも」
お腹の上に乗っていたみっちーの片手を取って、オイルを垂らした。手の甲と手の平に伸ばしながらもゆっくりとマッサージをしていく。
みっちーの大きな手の平は、私の手をすっぽりと覆ってしまう。練習したツボ押しをしながらも、その手に触れているからか何だかやけに落ち着かない気持ちになってくる。
緊張しながらも「お客様いかがですか?」と声をかける。みっちーは暫く時間を置いてから「寝る3秒前」と絞り出すようにして言った。
「感想としては、最高でしたという言葉に尽きますね。むしろこんなご褒美日貰っちゃって申し訳ないくらいです」
「いえ、うちとしても体験していただけて良かったです。自信が大分持てました」
「私のマッサージも痛く無かった?」
「あー、うん。凄く良かったです」
「何でそんな曖昧な返事なの!下手だったって事?」
「じゃなくて、もうほぼ意識無かったから」
「夢ちゃんのヘッドスパが上手すぎたって事ですね」
それはお店としては喜ばしい事だけれど、私としてはマッサージがどうだったのか分からなくて少々不安な気がする。
そうだ、帰ってからもう一度みっちーにお客さんになって貰おう。マッサージ用のオイルを持って帰ろうと心に決めながらも、一度軽く片づけをしてみっちーと共にお店を後にした。
「この後どうする?何か食ってく?」
駅へと向かいながらも、街中にあるレストランやラーメン屋さんへとみっちーが視線を向けた。
確かにお腹は空いていて、全て魅力的だ。けれど今はやらなければいけない事がある。
「私のマンションに行かない?ご飯は私が作る」
「良いよ。じゃあ俺も手伝うわ。食材は?」
「余り物でも良ければ適当にあると思います!ちなみにみっちーに一つお願いが」
「はいはい何でしょう」
「うちに行ってからもう一度手のマッサージさせて欲しいです。みっちー途中で寝ちゃうから自信が持てるようにもう一回受けてくれない?」
「今日が良い日すぎて、明日不運降りかかったりしねえ?」
「私が居るだけでハッピーになれると思うから大丈夫だよ」
「それもそうですね」
みっちーは良いよと了承してくれて、私はさすがみっちー!と隣に身体事体当たりした。ちょっと強く当たりすぎて、みっちーがガードレールに激突していたので次からはもう少し力の加減に気を付けようと思う。
私のマンションへと帰って、二人で余り物の処理をしてご飯を食べた。お風呂まで済ませてしまい、いつでも寝れる状態でマッサージをする事に。
眠くなったみっちーがそのまま布団に入って、良い夢を見れるようにしたかった。
「じゃあお客様初めていきますねー」
みっちーをソファーへと座らせて、私はその下に腰を下ろした。体育座りの格好のまま、みっちーの手を取ってオイルを塗っていく。
滑らかになった肌に指先を這わせると、みっちーが「明日俺、すべすべになっちゃうな」と言う。
「輝さんに自慢できるね。ついでにネイルもしますかお客様。アートネイルでおまわりさん書いてあげたいな」
「目的が脱線してますよお姉さん」
「そうだった。どう?力加減平気?」
「俺はもう少し強くても良いけど、女性ならそのくらいが丁度良いと思う」
「分かった。このくらいはどう?」
「丁度良い。指疲れねえ?」
「全然大丈夫ですよ」
夢ちゃんにも旦那さんである拓海さんにもマッサージをさせて貰ったけれど、お二人は大抵肩こりや首こりの場所で「痛い」と声を上げていた。けれどみっちーはどこを押しても「寝そうだわ」としか言ってくれない。
普段疲れていそうなのに、何でこんなに健康体なのか。そう言えば仕事終わり、自宅マンションまで自転車で帰っていた事があったっけ。ああいうのが健康体を維持していく秘訣なのかもしれない。
「終わりました」
全てのマッサージを終えて手を離すと、みっちーは「ありがとうございました」と律儀に頭を下げてから両手をぎゅっと握り込んだ。まだそこにはオイルがついたまま。
「どうする?ベタベタするなら拭くよ」
「いや。ちょっとみちか、手貸してみ」
「手?」
差し出されるままに片手をみっちーへと差し出すと、オイルを纏った指先が私の手の甲に指先をぎゅっと押し付けてくる。気持ちが良いと思った次の瞬間、「痛い!」と悲鳴を上げる。
「え、痛い?全然力入れてねえんだけど」
「痛い痛い!もっと優しくしてください」
「まじで全く力入れてねえんだけど。ここ何のツボ?」
「目の疲れ……いっ……そこも痛い!」
「ここは?」
「腰痛!待ってそこも痛い」
「もしかして全部痛い?こっちは?」
「そこ自律神経……いたあっ!」
「もうガタガタですよお姉さん」
みっちーは笑いながらも私の手を離してくれず「まあリラックスして行ってくださいよー」と鬼畜な事を言う。本人曰く力は一切入れていないらしいけれど、どこを押されても悲鳴を上げる程痛い。
歯医者さんとか整体師さんが「痛かったら手を上げてくださいねー」と優しい笑顔で言ってくれていた数分後、いざ「痛いです」と手を上げたら満面の笑顔で「もう少し我慢してねー」と言われた時の絶望感をふと思い出した。
みっちーは意外にも的確にツボを押してきて、その度私は「痛いですー」と声を上げた。
「何でそんなに上手なの」
終わった後はスッキリしているのがむしろちょっと癪なくらい。
痛みは一切残っておらず、結局両手の平のマッサージをしてもらった。ベタベタに残っていたオイルは、もうほとんど私達の手に馴染んでしまった。明日になれば互いの手はすべすべになっているに違いない。
「交番に来るばあちゃん達がたまに、肩が痛いって言ったり、手が痛いって言ったりするから暇な時はマッサージしてあげてんだよな。それで多少覚えた所はあるけど」
「マッサージ屋さんみたいだね」
「最初はいはいって肩揉んでたら「みっちーちゃんそんなのじゃ駄目よ」って言われて、何となく動画見たり検索かけたりして覚えた所はあるな」
「努力家なみっちーの良い所が出ちゃったんだね」
みっちーはふと思い出したように「足もマッサージできますよ」と言って笑った。
「さすがに交番訪ねてくるばあちゃん達にはした事ねえけど。ついでで見た程度で、ツボとかは何となく知ってる。足疲れてませんかお姉さん」
その笑顔を見るに、とんでもなく痛い事が分かってさすがに遠慮しておく。
大丈夫ですと頭を下げた私を見て、みっちーはおかしそうに「またのご来店を」と明るく言った。
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