宇宙よりもきっと好き

17

『明日デートしませんか』




みっちーからそう電話がかかってきたのは、予定が合えばデートに誘いますと言って別れた日から一週間程経った月曜日だった。




お互い仕事をしているから、予定がなかなか合わないのはもう仕方がない事だと思う。




けれどまた、このまま有耶無耶に時間だけが過ぎていくなら強行突破をしなければならないと考えていたところだった。




まるで狙ったようなタイミング。




「良いですよ。行きましょう」




後一歩遅ければ、また私みちかちゃん作戦に移行していましたけれどね。




『予定空いてるの?』



「空いてます」




むしろずっとその誘いを待ってたくらい。




『行きたい場所ある?』



「みっちーと一緒ならどこへでも」



『前、デートプランぎっしり書いてただろ?あれは?』



「あれは良いんです。一箇所で終わらない事が分かったので」




強いて言うならば、最高に楽しい場所で、私とこの先もずっと一緒に居たいと望んでくれる場所が良い。




言った所で適当に流されるのが分かっているので「みっちーの行きたい所で良いよ」と言った。

『うーん、じゃあこっちで適当に考えておくわ』





「お願いします」





『あ、一つお願いがあるんだけど。ワンピースとスカートは無しで』



「え、何で」




デートと言われたから自分が持っている服の中で一番可愛い物を選ぼうと思っていたのに。




みっちーは『どうしても』と言って、それ以上は何も答えてくれなかった。




仕方がないのでトップスだけでも可愛い恰好をしようと決めて電話を切った。




どうしよう、今日は楽しみすぎて眠れないかもしれない。




ソファーへと思いっきりダイブした。叫ぶ変わりにクッションに顔をぐりぐりと埋める。子供みたいに両足をバタつかせながらも、早く明日になれと願った。







翌日のデートの日、みっちーは私の住むマンションまで迎えに来ると言った。




どこかの駅で待ち合わせでも良いよと言ったけれど「迷子のみちかちゃんが無事にたどり着けるか心配なので」とからかわれた。




その言葉の裏に、みっちーの優しさが垣間見えてやっぱり好きだと強く思ってしまう。




ワンピースもスカートも禁止だと言われてしまったので、レース素材のトップスに細身のパンツという、何とも納得しにくい恰好になってしまった。




マンションの前へと出ると、ものの数分で遠くの方からけたたましいバイクのエンジン音が聞こえてくる。




不慣れなその音に驚いて、マンションの中へと逃げ込もうとするとこちらへと走ってくるその姿には見覚えがあった。




目の前で停車したバイクに跨っているのは紛れもなくみっちーだった。




「……無免許運転は捕まりますよ」




煩いエンジンを一度切ったバイクの主を真顔で見つめる。




大きくて重たそうなバイクは、爽やかな警察官のみっちーとはやけにかけ離れた物のように思えてならない。




ヘルメット越しに「無免許じゃないですよ」と返答が返ってくる。




「学生時代の俺の愛車、せっかくだから引っ張り出してきたわ」




どうしてだろう、爽やかなみっちーの姿に不良っぽい姿が重なってしまう一言だ。私の知らない時を過ごしたみっちーが、一体どんな学生生活を送っていたのか興味が湧いた。




「もしかしてこういう感じだった?」



「え、何が?」




パンツのポケットの両手を突っ込んで「オラオラ」と不良っぽい真似をしてみる。ヘルメット越しでも冷めた目を向けられているのが分かる。




結局返答はそれ以上返ってこないまま「ヘルメットつけて」と座席の中にしまわれていたヘルメットをもう一つ取り出すと、頭へと被せられた。




「せっかくセットしたのに!」




髪だけは時間をかけて綺麗にセットをしたのにヘルメットでぐしゃぐしゃだ。何もかも酷いと嘆く私を見て、みっちーは「髪ぐしゃぐしゃでも可愛いから」と言った。




何なんですかこの人、私をどうする気ですか。




誰か逮捕して欲しい。




手を引かれるままバイクへと跨った。一度もこういう物に乗った事は無いし、ましてや目の前で運転する彼氏の背中にしがみ付いた事も無い。




怖くて両手をみっちーの腰に絡みつかせると「スピード出さねえから安心して」と言って、スタンドを蹴り上げた。




その仕草が本当に素敵で胸がときめいてしまう。




ああ、もう好き、格好いい、大好き。私の気持ちが伝わるようにみっちーの背中に思いっきりくっついた。




安全運転で向かうと言っていたみっちーは言葉の通り、スピードはさほど出さなかった。けれど途中から高速道路へと乗る道へと逸れたのでさすがに慌ててしまう。




「どこ行くの!?」



「ついてからのお楽しみ。疲れたらいつでも言って。休み休み行こう」




休み休みって、そんなに遠くへと行くんだろうか。




緊張と相まってわくわくしてくる。こんなに楽しい気持ちは久しぶりかもしれない。




高速道路へと乗った瞬間、無意味に「ひゃっほー!」と叫びたくなった。




みっちーの腰に両手をしっかり絡めながらも、脇を走り抜けるいくつもの車を見届ける。




小さい頃、こうしてお父さんの運転する車に乗せられて、みっちーから遥か遠くへと運ばれて行った。




けれど今、不思議な事にみっちーの運転するバイクの後ろに乗っている。どこへとも知れず運ばれて行く事が全く怖くない。むしろ嬉しくて堪らない。




密着する背中の体温が温かかった。嬲る風の心地良さを初めて知りながらも、いくつも過ぎ去っていく景色をわくわくしながらも見送った。




暫く走った末に高速を降りた。街の喧騒から大分離れたその場所は、周りを山に囲まれている。




「ここ、どこ?」



「日光」



「……日光!何で!?」



「えー?日光東照宮見て、滝見て、饅頭食って足湯入りたくなったから」




おじいちゃんみたいな事を言うみっちーが愛しくて、「私も!」と大きな声で賛成した。




みっちーの行きたい場所、したい事が全て同じになっていく。




行き先が動物園でも水族館でも遊園地でも私は喜んだに違いなかった。けれど人の居ない平日に、日光という観光地はもっと特別な気がした。




長年連れ添った夫婦のプチ旅行旅みたいで嬉しい。刻一刻と迫る期限という現実から目を逸らすには丁度良かった。




「秋にくれば紅葉が綺麗で良いんだけどな」



「じゃあ秋にまたくればいいよ」




ギリギリ期限から飛び出す事を承知でそう言った。




返ってくる反応は大体予想がついていたけれど、良い雰囲気に流されて「そうだなー」と返してくれないだろうかと淡い期待もあった。




「お、あれが有名な見ざる聞かざる言わざるだな」




みっちーは聞こえていたのかいないのか、興奮気味に写真を撮っている観光客の列へと加わった。




今はちゃんと見て、ちゃんと聞いて欲しい所です。




色々聞いても良いですか、と仕方なく話題を変えるとみっちーは「良いですよ」と頷いてくれた。




やっぱりちゃんと聞こえていたでしょう。




「みっちーっていつからその性格なの?」



「性格?産まれた時からじゃね?」



「それは絶対にない。強いて言うなら私が知ってるみっちーはそんな感じの喋り方では無かったです」



「だからそれは人違いですってー。付き合ってるのに他の男の話するとか酷くね?俺をちゃんと見てくださいよ」



「ちゃんと見てますよ。明るいみっちーも好きだもん」




でも過去のみっちーの事だって忘れられないんだから仕方ない。




これ以上性格の事について話すつもりは無いのか、本地堂へと向かって歩きだしてしまう。まだ私の質問タイムは終わってない。




その背中を慌てて追いかけながらも「みっちーってどうして警察官になったの」と次の質問を投げかけた。




平日と言えど、日光と言えば東照宮だからか海外からの旅行客が多かった。




竜の鳴き声が聞けるという本地堂の列へと並ぶと、ツアー客なのか、前方には団体客らしき人達が楽しそうに話してる。




順番が回ってくるのを待ちながらも問うと、みっちーは前方を見つめたまま「親父が警察官だったんだわ」と何てこと無い様子で言った。




そうじゃないだろうかとは思っていたけれど、その通りだった事が嬉しかった。




「お父さんにすすめられたの?」



「いや、全然?好きな事しろよーって感じの親父だよ。でもガキの頃、交番の前通る度に、親父が親切に街の人達に接してる姿が目に焼き付いて離れなかったんだよな。日曜日にやってる戦隊もののヒーローより、俺の中では全然格好良く見えた」



「分かるよ」




だって、私もみっちーパパに沢山助けて貰ったから。




何度も道に迷う私をみっちーパパは嫌な顔一つせず家の近くまで送ってくれた。




お母さんがあまり学校の話を聞いてくれない中、みっちーパパが沢山聞いてくれた。




大人になってもその記憶は全く薄れない。それくらいあの頃の私にとってはみっちーと同じくらい、みっちーパパがヒーローのように見えた。




ふいに押し黙ったみっちーに気がついて隣を見ると、何かを言いかけて押し黙っているように見えた。




「どうしたの?」



「え?」



「急に黙るから」



「ああ、いや何でもない。あとは可愛い女の子が道に迷った時颯爽と助けたら、ヒーローみたいで格好いいからって理由もあったなあーって思っただけ」



「最低」




その不純な動機にまんまと嵌まったのは私だけれど。確かにあの日のみっちーは格好いい神様だった。




隣から軽く睨み付けたあと、怒りを落ち着かせるために長く息を吐いた。




それでもどんな理由であれ、みっちーが警察官になってあの時私の前に現れてくれなければ一生出会うことは無かったかもしれない。




「可愛い女の子に良く見られたいっていうのは腹が立ちますけど、それでもみっちーが警察官になっててくれて嬉しい。だって私、本当にみっちーに会いたかったから」




結果的に知らない、覚えていないと言われても、今こうして並んで観光出来ている事実が嬉しくて堪らなかった。




列が動き始めて団体客の後ろをついて本地堂へと入った。鳴き竜についての説明を聞きながらも、みっちーは何も言わなかった。




カーンと打ち鳴らしたその音が中で大きく反響していく。なるほどと納得する大きな音がわんわんと鳴り響く。確かにこれは竜の鳴き声のようだった。




日光東照宮を見た後、滝を見に行った。




鳴き竜のインパクトが強すぎて、癒されるねーくらいで終わってしまったけれどそれでも良かった。




暑い日差しの下で聞こえてくる滝の音は涼し気で、暫くぼんやりとその場で佇んだ後、バイクに乗ってまた移動した。




日光では有名なかりんとう饅頭を買って二人で食べた。




「お饅頭って美味しいよね。その中でも特別、かりんとう饅頭って美味しい気がする」



「外側が美味いよな。他とは違う感じ」




みっちーはそう言っていくつか、かりんとう饅頭をお土産で購入した。私も夢ちゃん宅と奈々子に一箱ずつ購入する。




みっちーは輝さんにだろうかと思えば、「輝と上司と、家族と友人とその他諸々」と言った。




友人と言うあたり、剛ちゃんでは無いのだろう。




「剛ちゃんとあれから連絡取った?」



「いや、まだ。俺の仕事と剛の仕事だと時間帯が合わなそうだからな」




確かにそうかもしれない。ほぼ一日中拘束された後、朝方に帰宅となるみっちーと剛ちゃんとではなかなか落ち着いて話せなそうだ。




休みの日にでもと思ったけれど、今こうしてみっちーの休みの日を独占しているのは紛れも無く私だった。これは二人の仲直りの邪魔をしてしまっているようなものなのでは。




「あの、私に気を使わず二人でご飯とか行ってね?」



「剛と?まあ予定合えば。あいつも忙しいだろうしな」




いつも通りの返しに見えて、どこか消極的な態度にも見えた。まるで行きたくないと言いたげに思えるのは気のせいだろうか。




それ以上、剛ちゃんの事について問い詰める前に「行くか」と会計を済ませたみっちーが私の背中をやんわりと押した。




最後に向かったのは橋の近くにある足湯だった。




有名スポットで、休日や連休は賑わっているこの場所も平日の夕方近くとなればガランとしていた。




「泊まりで来れば良かったね」



「ああ、前日から?それもありだったかもなー」




下を流れる大きな川の音を聞きながらも、温かいお湯の中で足元から温かくなっていくのが心地良かった。




周りにはいくつも有名なホテルが並んでる。




いやいや、と苦笑される事を見越していたのに意外な返答が返ってきてまじまじとみっちーを見返してしまう。




え、それが出来たのならば本当に泊まりで来たかった。




「何考えてるのか手に取るように分かるわー。来たとして別部屋ですよ」



「何でそんな悲しい事になるの!一緒に来た意味が無いじゃん」



「食事が一緒なら良いでしょう」



「全然良くない。その後二人で枕投げしたり、朝まで語り合ったり、色々なイベントが残されてるのに」



「俺もうそんな若くねえからなー。温泉入ったら温かくてすぐ寝ちゃうと思うわー」




またそうやっておじいちゃんみたいな事を言う。




「みっちーって大事な所でいつも逃げちゃうよね」




私の我儘に何度も付き合ってくれたけれど、肝心な所で一歩引いてしまう。




その一歩が大事なのに、入る隙すら与えてくれない。




「何だか楽しくなってきたので、今日はこのままうちに泊まって行きませんか」




無理だと分かっていながらお誘いをかけると「向こうについたら夜ですよ。明日は俺もみちかも仕事だし」とやっぱり軽くあしらわれた。




泊まって行くなら夜も朝も関係無いでしょうと頬を膨らませる。みっちーのマンションに立ち寄って、明日いる物を回収してからうちに来れば良い。




ジトリと睨みつけながら、視線で訴えかけていたけれど、みっちーはやっぱり「気持ち良いなー」とのんびりした返答を返してくるだけだった。




「帰りたくないです」




みっちーの予定していたプチ旅行プランが終了してしまい、帰宅する空気を感じ取った。




足湯で温まったからか、身体がぽかぽかする。正直言ってこのままホテルに直行したいくらいだ。




けれど現実的にそれが無理なのは分かってる。




分かっていても帰りたくない。子供の我儘みたいにその場で地団駄を踏みたくなる。




そんな私を見つめ、みっちーは「じゃあ置いて帰るわ」なんて最低男みたいな発言は全くせず「どこ行きたい?」となるべく私の気持ちに寄り添おうとしてくれる。




むしろここで面倒だから置いて帰ると言われた方が、みっちーの事を少しでも諦められたかもしれないのに。




「私のマンション」



「これから連れて行きますよ」



「じゃなくて、みっちーと一緒に帰りたいの」



「俺も一緒に帰るよ」



「でも部屋には入ってくれないでしょ」




渡されたヘルメットを両手で抱えたまま、嫌ですと全身で表すとみっちーは仕方無さそうに「じゃあちょっとだけ寄らせてもらおうかな」と言ってくれた。




「本当?」



「泊まりは無しだけどな?そこ一番大事だからちゃんと理解してくれんなら」



「分かった。それでも良いよ!」



「そんなにすぐ態度変えられると、何か罠があるんじゃねえかって怖くなるからやめて?まじで帰りますからね。変な薬とかもるなよ。ふりじゃねえからな!」



「分かった分かった」



「まじでこえーんだよな。俺が警察って事忘れないでくださいよ。やばい事したら逮捕しなきゃいけなくなるんだから」




私もそれだけは避けたいと思っているので、法に触れる事は致しません。




手を貸してもらいながらもバイクの後ろへと乗って、来た時同様両手でぎゅうっとその身体にしがみついた。

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