12-2


「え」



「自分の好みに合わせろなんて言う男はクソ野郎ですよ。好きになった女の子はどんな髪色をしててもどんな髪の長さをしてても、どんな服装をしてても可愛くて愛しいものだろ。自分の好みに合わせろなんて言うのは、そういう理想の女性がそもそも居て、お姉さん本人をちゃんと見てくれていない証拠ですよ。そんな馬鹿みたいな男に引っかかるんじゃありません。みっちーが許しませんよ。俺は女の子全ての味方だからな」



「…………」



「っで、何の話でしたっけ」




―――――分からない、何の話をしていたんだっけ。




でも何だろう、この胸が温かくなる気持ちは。




何だろう、この言いようの無い溢れる感情は。




途絶えてしまった会話をどう戻したら良いのか分からなくて押し黙ると、その間にホームへと電車がやってきた。




立ち尽くしている私を見て、みっちーは「とりあえず乗りますよ」と私を電車の中へと促した。




電車に乗ってしまえば、最寄り駅は刻一刻と迫ってくる。




「降りる駅ってどこ?」



「え、次の次」



「そっか、俺の手前の駅なんだな」




車窓を流れていく景色を眺めていたみっちーは、納得した様子で頷くと「近くまで送るわ」と言った。




「どうして?」



「どうして?可愛いお姉さんを夜道一人で歩かせられねえから」




夜道と言う程、まだ外はさほど暗くは無かった。




それにいつもの帰り道の方がずっと遅い。けれどその優しさが嬉しくて堪らなかった。




みっちーは私と共に最寄り駅のホームへと降りると、改札を抜けて「どっち?」と降り口をそれぞれ指差した。「左の方」とか細い声で答えて、一緒に並んで階段を降りる。




ようやく慣れた帰路が、みっちーと並んで歩くと知らない街のように思えてくる。




駅のホームも、コンクリート階段も、降りた先にあるコンビニエンスストアや、何軒か並ぶ飲み屋のお店も。




住んでいるマンションは駅から近くて、歩いてものの数分でついてしまう。




足を止めると、みっちーは「ここ?」と目の前に聳え立つまだ新しいマンションを仰ぎ見た。




「はい」と姿勢を正して頷いてから、バックをもう一度肩へとかけ直した。




それから深く頭を下げる。




「今日は来てくれてありがとう」



「え、何ですか急に」



「無理矢理デートを押し付けた事をまず謝りたくて。確かにみっちーの言った通り卑怯でした」



「いやいやいや、そんな改まって謝られると困るから!俺も最終的にはお姉さんとのデート楽しんでたからな」




顔を上げると、みっちーは片手を大袈裟に振っていた。その姿が少しだけおかしくて苦笑する。




数年越しに再会したみっちーは全く別人へと変わってしまっていて、正直動揺したし、こんなんじゃないのにと頭を抱えたくなった。実際抱えていた日もあったと思う。




でも今日分かった事は、どれだけ性格が変わっても、根本の素敵な所は一切変わっていないという事だった。




ちゃらちゃらとした話し方、この世の女の子全てが可愛いと言いそうな軽い口調、でも私の知っている大事な部分はあの頃と一緒。




変わってしまった理由がどうしても知りたい。




私の存在を忘れているのなら思い出させたい。




全てを知った上で本当の気持ちをもう一度包み隠さず教えて欲しい。その時どんな答えが返ってきたとしてもちゃんと受け入れる。




「何度も言ってしつこいのは分かってる。最後にもう一度だけ言わせて欲しい。期間限定で良いので私とお付き合いしてくれませんか」




みっちーは静かに口を開くと、すぐにまた固く口を閉じてしまう。




それから首裏に片手を回すと「美人なお姉さんからそんな直球に告白されると困るなあー」といつもの口調で言った。




首裏に回っていた片手がすとんと落ちて、真面目な表情をしたみっちーが私を見た。




「俺のどこが好きなの」



「え」



「みちかちゃんは、俺を誰かと重ねて見てるだろ。でも俺はそいつじゃねえし、誰かと重ねた俺を見てるならそれは好きとは違うよな。俺と付き合いたいなら俺のどこが好きなのか言ってみて」




突きつけられた突然の問題に一瞬頭が真っ白になった。




答案用紙を前にして、ペン先を全く動かせない絶望を味わいながらもふと過った今日の出来事を思い出した。




「そんな男はクソ野郎だって言ったから」



「え」




呆けた顔をしていた私と入れ違いに、みっちーが口を開けた。




「私がみっちーの好みに合わせるから付き合ってって言ったでしょ。そしたらそんな男はクソ野郎だって言った。私自身を見てくれてなくて、好きになった子ならどんな髪色でも髪型でも可愛いって言ってくれた。本当にーーーーー」




恰好良かったと言いかけた言葉を飲み下す。




「素敵だった」




本心を最大限に表す言葉はこれしか無くて、歯痒い思いを抱えながらもハッキリと口にする。




みっちーは未だに放心したまま、開いていた口を静かに閉じた。




微かに震えた睫毛が伏せられる。一瞬足元に落ちた視線は、また私へと戻ってきて「期間限定ってどのくらいですか」と問われた。




「え」



「期間限定って言うからには、ちゃんと期限を決めないとでしょう。だらだら先延ばしにするのは良くないですよ。きっちりここって決めましょうよ」



「え……付き合ってくれるの?」



「期間によります。っでどれくらい?」



「……1年?」



「なっが!期間限定って言葉知ってるう??駅前にあるパン屋とか、期間限定2週間で入れ替わりに新作パン出してるからな!2週間って言われたら急いで行かなくちゃってなるだろうが!1年って言われたらまだ良いやーってなっちゃうだろ!お姉さん期間限定のやり方全く分かってねえわ!」



「パン屋じゃないから!」



「いやだとしてもなげえわ!そのまま結婚まで引きずられそうでこえーよ!」



「で、でも2週間は短いです!私とみっちーの予定が今日みたいに合う日も少ないし、下手したらもう一回デートする前に期間が終わっちゃうかもしれないでしょ!」



「じゃあ1カ月!」



「ええ!半年!!」



「いやいや、だからなげえんだわ!1カ月と2週間!」



「3カ月!!!」



「いや……1ヶ月と3週間!」



「刻んでくるのやめてよ!2ヶ月!」



「分かった。2ヶ月な」




ーーーーーしまった、のせられた。




してやられた事に気づいて「ええ!」と声をあげると、「これ以上我が儘言うなら無しにします」と厳しい口調で言われて渋々言葉を飲んだ。




子供みたいに口を曲げると、みっちーは「そもそも」と長い溜息を吐き出した。




「期間限定と言えど、付き合うって意味は分かってるんですか?付き合うからには俺色んな事しちゃうよ?どうすんの?いや待って、手出した末あんな事しておいて振るとか最低!って最後に言うのが目的だったりする?やっぱ考え直すべきか……」



「男なら二言は無しでしょ!それにそんな卑怯な事しない!」



「今日既に卑怯なデートの約束押し付けておいてそれ言う?」




それはーーーーーーーちょっと何も言い返せなくなってしまいますが。




「とにかく最後の最後、この先は続けられないって言われても暴れて泣いたりしませんから。みっちーが無理だと思ったらそこまでだし」



「そうですか。じゃあ女に二言は無しですよ。はあーあ、俺もついにモテ期到来なのかなあ。お姉さんの次はハリウッド女優とかにも期間限定でお付き合いしてとか言われちゃうのかなあー?みっちー困っちゃうなあー」




ハリウッド女優の件については綺麗に無視しておいて、これはお許しを頂いたーーーーーという事なんだろうか。




突然の展開に未だについていけていない私が居る。




一応の確認のためにも「今日からって事で良いですか」と問うと、みっちーは「仕方ないけど良いですよ」と頷いてくれた。



嬉しさのあまりみっちーに抱き着いてしまいそうになって、その場で意味も無く足踏みをして何とか堪えた。




そんなに急に距離を詰めたら驚いて「やっぱり止めましょう」と言われかねない。




「じゃあまず敬語をやめて」



「可愛い期間限定彼女のお願いだから聞いちゃうわ。良いよ良いよ。他には?」




暫く考えた末に、「みちかって呼んで」と絞り出すように言った。




みっちーは暫く押し黙った末に、「みちか」とゆっくりその名前を辿るようにして言った。




大人になった声音で、初めてちゃんと名前を呼ばれた。




目を伏せて心に刻むと、頭に温かい手の平が押し付けられる。ぐしゃりと髪を乱されて顔を上げると、みっちーは「早く部屋に入りな」とマンションの中を視線で差した。




このままずっとここに居たい。みっちーの傍を離れたくない。




永遠に今日という日を繰り返せば良いのに。




そう思いながらも頷いて、バックの中から買ったまま渡し損ねていたペンギンペンの相棒を取り出した。私のペンはピンク色、みっちーのペンは青色を選んでた。




「これどうぞ」



「え、何」



「ペンギンペン」



「いや、それはみちかにあげるって。買った俺の気持ちよ」



「じゃなくて、これは私がみっちーに買った物なので」




お揃いです、と呟くとみっちーは暫く押し黙り「ありがとう」と言って受け取ってくれた。包装された袋を受け取る瞬間、微かにみっちーの温かい指先が触れた。緊張で震えそうになる指先に力を込めながら、私の手元からみっちーへと渡る瞬間まで目が離せなかった。




顔を合わせるのが気恥ずかしくて、マンションの中へと踵を返した。




最後に一度だけ振り返ると、みっちーは困った様子でその場から見送ってくれた。引き返して抱きつきたかった。一生そうしたまま離れたくない。




期間限定でのお付き合いを許されたのに、この何とも言えない気持ちは何だろう。




今のみっちーの性格上、期間が終わるその時に私を振るのが分かってしまう。これで納得してくれましたか?女に二言は無しですよ、そう言うのが嫌でも分かる。




「絶対にそんなこと言わせないから」




このまま継続で、そう絶対に言わせてやるんだから。




決意を胸にエレベーターへと乗り込んだ。



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