第6話 シャボン玉の日々 その四

 日曜日がやって来た。

 ガッコに会える。もう、それだけでスペシャルだ。

 拓磨のことは考えない様にしている。

 俺も思春期男子として、俺の知らない間に二人がどこまで進んでいるのか?

 興味はあった。


 拓磨に聞けば、教えてくれるだろうが。それを聞いたところで、嫉妬心が掻き立てられるだけなのだ。

 拓磨にあげたものを、俺も貰えるなんて絶対無いことは判っていた。


 俺と、ガッコの間にあるものは。

 どうにも消せない、俺の一方的な思いに過ぎないのだ。ある意味、今日ガッコと会うことも、いつか極々近い未来にやって来る。

 別れのための、準備に過ぎないのだ。


 その時がくれば、友達ですら無い俺とガッコがいるのだろう。

 決して、向かい合うことのない俺たちは。

 憎み合うのか?

 それとも、互に無関心にとらわれて、全ての感情が、消えてしまうのだろうか?


 その時、ガッコが傷つくことがなければいいと思う。

 俺にはせめて、ガッコを、拓磨を、憎む感情だけでも残れば、楽なんだろうと思った。


 そんなことを考えているうちに、バスが近づいて来た。止まったバスに乗り込むと、ガッコが笑って手を振ってくれる。

 嬉しいだけの思いしか、持てない自分がとても有り難かった。


「単純バカでよかった」


 思わず、声にしていた。

 ガッコの隣りに、当然の様に腰掛ける自分が妙に誇らしく思えた。


「単純バカって、言った?」


 ちょっと、驚いた。

 声に出たかもしれないが、そんな大声ではなかった。

 聞こえるはず、ないよな?

 口の動き、読まれた?


「えっ、聞こえてた?俺のこと、俺のこと」

「ガッコの顔が見れただけで、嬉しくて」

「単純バカでよかった、て思ったんだ」


「ミー君は、バカじゃ無いと思う」


「まじで、なぐさめられると、へこんじゃう」


「あっ、ごめんなさい」


「冗談、冗談、ごめん、ふざけ過ぎた」

「でも、楽しみだね、野口雨情とその時代展」


「本気で言ってる、それ?」


「当たり前だろう!誘った俺が楽しくなかったら」

「ガッコは、どう、楽しめばいいの?」


「それ、すんごく余計、あたしは、もっと可愛いよ?」


「そこが、疑問形なのが、可愛いぜ!」


「もう、バカにして、話すのやめちゃうよ!」


「ごめんなさい!もうしないから、許してください!」

「もとい、もうしないから、許してください?」


「なんで、疑問形に直すの?」


「会話のルール?」


「そんなの、無いよ!それと、疑問に疑問形で答えない!」


「本当、二度としないから許してください!」


「へへへ...、許してあげる?」


「未だ、続けるの、これ?」


「え〜と、終わりで良いよ」


「でも、本当は楽しみでしょ、野口雨情展」

 

「そこそこ、かなー」

 

「俺は、ガッコと一緒なら、何処でも最高に楽しいけど」

 

「それ、反則だよ!しかも、自分で誘っておいて!」

 

「え〜、本当のことなのに」



 俺たちの、乗ったバスは俺の通学駅前に到着した。

 ここから、目的地までは徒歩2、30分と言ったところ。駅の構内を、北口から南口に抜けて。

 南口側から改めて、徒歩又はバスで移動が通常のコースになる。


 この街の商業施設は、北口方面に広がっており、南口側には小さな個人商店が多く有ったが。

 今はもう、シャッター商店街となり見るべきものもない。


 小遣こづかいが、潤沢じゅんたくでない、俺たちは勿論もちろん徒歩で移動する。

 因みに、駅前から俺の通う学校迄は、3Kmを超えるため。


 駅からはチャリ通だ、従って駅前のサイクルセンターには俺の愛車が、鎮座ちんざましまして居る。

 2ケツで、チャリ移動も有りだが。目立つし、警官さんの指導も面倒なので。


 大人しく歩く、隣りにガッコは最高のシチュエーションだ。足の疲れより、一緒に歩くよろこびが数千倍だ。


「この辺りも、随分寂しくなっちゃったね」


「文化センター、って懐かしくね」

 

「私、中学の時、コーラス部の地区予選できたよ、予選で負けちゃったけど」

 

「俺は、小学生の頃だなぁ、劇見たよ、ミュージカル、ガンバの冒険」

「感動作、俺、泣いたなー」

 

「嘘みたいね」 

 

「喰い気味に....酷くね、俺だって小学生の頃は可愛かったぞ」

 

「うーん.....否定はしないかな」


 誰かと比べた?

 なんて聞いたら、きっとあいつの名前が出てくる。

 んー?

 話したいのかな、あいつの事を。


 二人でいて、あいつの名前が出てこないのは、不自然だ。

 でも、それはあいつの所為で、俺からは絶対言わないんだ、絶対に。



 俺達は、結構な距離を歩いて目的地に、着いた。

 入口を入ると、左手側に入場料を払う窓口が有った。ちょっと、綺麗げなお姉さんに入場料を二人分払ってチケットを貰う。


 一階は常設展示室と、休憩室に売店があった。

 お楽しみの“野口雨情とその時代展”は、二階の展示室で行われていた。

 


 石川啄木の、下衆男伝説は知っていたが。

 雨情さんも、相当下衆男だった。

 二人は、一月程、小樽の新聞社で同僚として働いたらしい。


 それであっても、“シャボン玉飛んだ”にはぐっとくるものがある。

 推し絵も、情緒が感じられて、大、大満足だった。


 ガッコも。

「雨情さんの奧さん、可哀そう!でも、面白かったよ」

 と言っていた。

 展示を、じっくり見てガッコに知ったべを語り。

 俺は、本当に幸せだった。



 県美を出て、昼過ぎに喫茶“バルビゾン”に入った。


「ここの、“晩鐘パスタ”と“落穂カレー”がお勧めらしいよ」


「カレーは、重いかな?私は、“晩鐘パスタ”にする」


「分かった、すいません、“晩鐘パスタ”と“落穂カレー”お願いします」


 なるほど、“晩鐘パスタ”はナポリタンで、“落穂カレー”はポークカレーだった。

 確かに、カイタローが言うだけあって、美味しかった。

 アーンも、間接キスもそんなイベントが発生するわけもなく。ヘタレな俺は、しおしおと萎れたままだった。


 それから、俺達は来た道を戻り。

 駅の南口を通り抜け、駅ビルで遊んで。

 良い加減の時間に、自分達の町に帰った。

 

 バスからは、俺が先に降りた。

 バスの窓越しに、ガッコが手を振った。

 俺は、軽く手を上げ、バスが見えなくなるまで見送った。

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