2-12.デッドリー・ポインター2

 〈デッドリー・ポインター〉の見た目を一言で表すなら、それは吸血鬼の姿を模した蚊だ。しかし、吸血鬼や蚊というにはあまりにも機械的だ。目にはカプセルのようなものがねじ込まれ、口先や指先には注射針のようなものが伸びている。


 部屋の明かりがないため、誰かがその姿を目のあたりにすることはない。しかし、アカナがその能力を発現したということは、この場にいる者は誰であろうと生きて帰すことはないということだ!


「こんなことになって残念だ。ケンタ」


 視界を奪われた三人は、声のする方に視線を向ける。だが、そんなことをしたところで意味などほとんどない。アカナがどのように迫ってきて、攻撃してくるのか、それを予測するのは不可能なことだ。


「くそ、どこだ!」


「ここだ。ケンタロウ」


「ぃっ!?」


 そして、アカナは音もなくケンタロウの背後に回っていた。彼の居場所を把握していなければできない芸当だ。


「オマエたちの居場所はすでに把握している。ワタシの能力を知ったからには、死んでもらうぞ!!」


 アカナの攻撃が、くる!


「タロウさん!」


 ユアは気配のする方へ駆けた!


「〈デッドリー・ポインター〉!!」


 アカナの〈デッドリー・ポインター〉は左半身を引き、勢いをつけ、鋭利な針をケンタロウめがけて突き出した!


「っ! 〈ソウルレス・セントリー〉!!」


 ケンタロウは咄嗟に〈ソウルレス・セントリー〉の化身を顕現、防御の姿勢をとった。


「無駄だっ!」


 しかし、抵抗するのが遅かった。〈デッドリー・ポインター〉の針は、すでにケンタロウの右肩に突き刺さっていた! 傷口は浅い、だがその痛みは確実に伝わってくる。ケンタロウは苦痛に歯を食いしばった。


「ぐっ!?」


「遅かったな。身を守るには、一瞬の判断すら命取りとなる」


 アカナは言うと、次の行動に移ろうとした。だが、


「〈ユア・ネーム〉!」


 ユアは二人の声のする方向からアカナがいる場所を把握し、杖を伸ばした! 何かを押し退けるような確かな手応えとともに、アカナが舌打ちをした。


「ちぃっ……!」


 アカナを押し退けたことで、ケンタロウの肩に刺さっていた針が抜けた。その隙にユアとケンタロウは距離をとった。


「大丈夫ですか!」


「あ、あぁ。助かった」


 その頃、マナは壁沿いに手を当て、出口を目指していた。


「みんな、一旦この部屋から出るわよ!」


「逃すわけないだろう。ここからは誰一人として逃しはしない!」


 この暗がりで、ユアたちの居場所がわかるはずがない。だが、アカナにはそれが見えているようだった。


 マナは固有能力者と何度か戦ったことがある。時には命の危険を冒してまで勝利を手にしたことがあるくらいには、死線をくぐり抜けてきているつもりだ。


(一体どうやってあたしたちを探し当ててるというの? この暗がりで)


 まずは軽い分析だ。時間はかけていられない。相手に、容赦などない。親しいはずのケンタロウが裏切ったとわかった瞬間、すぐに敵意を向けて攻撃を開始したのだ。そんな彼女に、今更迷いはない。ゆえに、長考するのは悪手だ。


(さっき、ケンタロウさんのことを声で認識していたのを見るに暗視能力ではなさそう。だとしたら、やつの能力は超音波による位置の特定? もしくは僅か音をも聞き逃さない能力……? それなら、自分だけが敵の位置を把握できていてもおかしくはない。音が関係しているとすれば、それなら)


 マナはスーツケースの中から手探りでシンバルを持ったサルの人形を掴み、役割を与えた。


「〈ナイン・ライヴズ〉。お願い、とにかく大きな音を立てて、あたしたちを守って頂戴!」


 少しするとサルの人形は動き出し、マナから少し離れたところで両手のシンバルで大きな音を立て始めた。その隙に、マナはゆっくりと、出口のあると思われる方を目指し、歩き出した。


(あたしの予想通りなら、やつに居場所はバレない)


 だが、マナは一つ見落としていた。三人が部屋に入った時、アカナはこう言ったのだ。




『二人……? 一人にしか見えんが』




 つまり、音で判別しているというのは、間違いだ。


「なんの真似だ」


「えっ」


 アカナは移動を完了していた。彼女はすでに、マナの横に立っていたのだ。


「な、なにっ!?」


 アカナはマナの左腕をガシッと掴んだ。


「言霧マナと言ったか、我々の組織を解体しようとは、身の程をしれぇっ!!」


 〈デッドリー・ポインター〉が発現。アカナはケンタロウの時と同じように、マナに針を突き刺そうとした。


 だが、


「させるかよっ!!」


 ケンタロウは土壇場で能力を発現。声のする方に向かって手元にあった筆箱を能力で飛ばした!


 しかし、まるでケンタロウがその位置位置から何かをしてくることのがわかっていたかのように、アカナは筆箱を片手ではたき落としてしまった。


「オマエがそこにいるのも、ワタシはすでに把握している」


「くそっ!」


「無駄な抵抗は止すことだ。これで」


 だが、次の瞬間。部屋に光が差し込んだ!


「みなさん! こちらへ!!」


 ユアだ。ユアが扉の位置を特定し、開いたのだ!


「なっ」


 アカナが突然のことに一瞬手の力を抜いたのを見逃さなかったマナは腕を振り払い、腹部に張り手をし、アカナを突き飛ばした!


「マナ!」


「大丈夫よ」


「逃すものかぁ!! ぶっ?!」


 三人の後を追おうとするも、サルの人形が音もなくアカナの顔にへばりつき、視界を封じた!


「なっ、くそ!」


「今のうちよ! 外へ!」


 三人はその隙に部屋の外へ脱出した。


「このサル如きがぁ!!」


 アカナは顔にへばりついたサルの人形を引き剥がし、床へ叩きつけた。役目を終えたサルの人形は能力を解除され、そのまま動かなくなった。


「……逃げたか。だが、逃しはしない」


 アカナは無線でどこかに連絡をした。


「この街を牛耳っているのは、この文月アカナだということを忘れたのか。ふんっ、いまに見ていろ」


 一分後、街から灯りが消えた。


 アカナは街一帯の電力の供給を止めたのだ。そんなことをすれば大問題が起こるだろうが、関係ない。いまは、事実を知った三人を消すことのほうが優先だ。


 アカナは内心焦っていた。だがそれは、決して事実を知られたからではない。事実を知られたのであれば始末して最初から無かったことにすればいいだけのこと。彼女が焦っていた理由は別にあった。


「言霧ユア……なぜだ。なぜキサマだけ探知に反応しないのだ……!」

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