2-9.噂通りの汚悩美相談少女

「さてっ、ようやく捕まえました」


 ユアはうつ伏せの熊平の上に座り、勝利宣言を発した。


「くそ! ちぃっ、たいしたもんだ」


「あら、案外あっさり負けを認めるのですね」


 熊平は悔しそうに歯を食いしばっている。自身の能力によほどな自信があったようだ。


「こんなことは初めてだ。あんた、手慣れてるだろ」


「そんなことはありませんよ? 固有能力者を相手にしたのは今回が初めてですし」


 キョトンとした顔でそう告げるユアに熊平は「はっ、そうかよ」ととぼけた表情を浮かべた。まさか、初めて固有能力者と敵対した少女に敗れるとは……


「さて、観念したのであれば、色々と話していただきたいのですが。この組織のこととか、上原ユウトのこととか」


「上原ユウト? あぁ、あの大金と共に姿を現した新人か」


 大金? とユアは別の疑問を抱いたが、とりあえずユウトのことは知っているようだ。それであれば話は早い。


「お知り合いですか?」


「まぁな。いまやボスの片腕といってもいい存在だ。ちっ、気にいらねぇ」


「なにか、よくないことでも?」


「あぁ。この組織、『蛇連組』はただの街のチンピラ集めた会社もどきだった。だが、あいつの持ってきた得体の知れない大金で、一気に大きくなっちまった。ほかの敵対組織とかも何から何まで吸収してな」


「なるほど」


「んで、お前は何故、上原ユウトを追っている?」


「彼の元上司のお悩みを解決するためです」


「なるほどな……あんたも大変だな。あ?」


 熊平はユアの発言で、以前聞いたことのある話を思い出した。


(お悩みを解決するだって……?)


「あんた、まさか」


「はい?」


「"汚悩美相談少女"の言霧ユアか!?」


「あら、そんなふうに呼ばれているのですか?」


「ここいらじゃ有名さ、浜河関のお悩み相談所の店主。どんな悩みにも応えるが、時にはたとえどんな汚い手を使っても悩みを強引に綺麗に解決する。その傍若無人な様からそう呼ばれていると!」


 あれ、初めの語りの内容と全く違うではないか!


「え、そ、そんなふうに思われていたのですか?」


 流石のユアもショックを受けた。


「だとしたらそうだな……話が変わってくる。なぁ、言霧ユア」


「な、なんでしょう?」


「俺の悩みを聞いてくれ」


「ず、随分唐突ですね」


 珍しくユアが押されている。だが、熊平はお構いなしだ。


「俺の名前は『熊平ケンタロウ』。頼む、この組織の未来のために、手を貸してくれ」


 ユアはじっと、彼の目を見つめる。嘘偽りはなさそうだ。ユアは「わかりました」と一言発し、立ち上がった。


 拘束されていたケンタロウも立ち上がると近くのロッカーに背を預け、腕をだらんと力なくぶら下げ、天井を見上げた。


「俺の悩みは、今のこの組織のあり方だ。あの上原ユウトとかいうやつが来て以来、明らかによくないことばかりしているというのは聞いている」


「ほぉほぉ」


「何をしてるか、まではわからないが……まぁろくでもないことだろうとは思う」


 まさか、この下の檻の存在を彼は知らないのだろうか? のであれば、素直に教えてしまうべきだろう。


「人身売買ですよ」


 熊平は一瞬戸惑いの表情を浮かべたが、すぐに目を瞑り、「ふぅ……」と息を吐き、落ち着きを取り戻した。


「……そんなことだろうとは思っていた」


「止めようとは?」


「思ったさ。でも、この組織は俺にとって──他の生き方を知らない俺にとってはかけがいのないものなんだ。だから」


「組織が解体されないため、黙認していた?」


 どこまでも、ユアは鋭く問い続ける。


「ボスには何度も聞いた。最初ははぐらかされた。だから思い切って聞いたんだ。人身売買にでも手をつけたのか、と。ボスは黙った。その沈黙が答えだとわかってはいた。でも、信じたかった」


「……」


「やめさせかった。でも俺にはできなかった。ボスを、信じたかった」


 その思いは本物だろう。熊平は言葉を綴りながら、悔しそうに拳を握りしている。


「だからだ、汚悩美相談少女。あんたに頼みたい。この組織を、なんとかして欲しい」


 大人しく話を聞いていたユアは「うーん」と顎に指で摘み、悩むような素振りを見せた後、「うん」と頷いた。


「話はわかりました。その上で、はっきりと申し上げさせていただきます」


 ユアは両手を体の前に置き、すっと背筋を伸ばした。


「お断りいたします」


「……なっ」


 あまりにもバッサリと、ユアは躊躇なく交渉を断った。熊平も思わず呆気に取られてしまった。


「聞いた限りでは、あなたのボスは現状の闇売りを辞める気はなさそうですし、一度大金を手にして悪事に染まったというのであれば、きっとまた同じことを繰り返すのでは?」


「それは、わからないが」


 ケンタロウは苦い表情を浮かべている。はっきりと、ボスが自ら悪事を止めると言い切れないこと、それだけボスに対する信頼関係に亀裂が入っていることに、不安を感じているのだ。


(この人は、やはり……)


「熊平さん。あなたは、きっととても良い人なんですよ。あなたはそれを否定してきたのでしょうが、根が腐ってしまった組織にいつまでももいる必要はないかと」


「俺には、ボスを、この組織をなんとかする義務が!」


「そんなもの、他人から与えられるものではありませんよ?」


「そんなことはない。それに、俺の居場所はここにしかない。ここでの生き方しか、俺は知らない。この組織が無くなったら、そのあとは? 俺はどうなる? だから、ダメなんだ」


 彼にとってこの組織は何よりも大事なもののようだ。


 しかし、ユアも主張を変える気はない。


「んーーーー……別にいいんじゃないですかね?」


「は?」


「生きたあたりバッタリな生活。それでも、いいんじゃないでしょうか」


「何を言って」


「一度、ゼロにしてしまいませんか? きっと、とーっても気が楽になりますし、新しい生き方も見つかるかもしれませんよ?」


 ユアは明るい表情を浮かべて首を傾け、ケンタロウに微笑みかけた。


「新しい生き方……」


「はい。今のままだと、きっともったいないと思います。熊平さん自身が変わる、いい機会だと思います。思い入れのある組織だということは十分に理解しましたが、熊平さんがそこまで頭を悩ませて解決するようなことではないとお見受けします」


「そんな」


「熊平さんのお悩みをいち早く、さっぱりと解決する方法。それは、腐ってしまった組織が枯れていくのを見届けたあと、あなたはこっそり新天地で新たな生き方を探すことかと存じます」


 ユアは得意げに人差し指を上げてつらつらと説明を続けた。


「でも」


「でもとかそれでもとかでもでもとか言っていたら、前には進めませんよ」


「でもでもは言ってない」


 そこに関してケンタロウは思わず突っ込んだ。だが、ユアは彼のツッコミを無視して続ける。


「ま、そんなところではないでしょうか。新たな生き方、生きる場所を探せれば、それでいいと思います。あなたが納得してくだされば、お力添えいたしますよ? お高くつきますが」


「金取るのかよ」


「当然です! お仕事ですので!」


 ケンタロウは「困ったな」と頭を掻いた。


「組織から離れたら文無しだぞ」


「えぇっ?!」


「ま、この組織を片すってんなら、ボスの持ってる懐から抜き取れるかもな」


「それです! それでこそです!」


「ま、ほとんど残ってねぇだろうが」


「えぇっ?! 困りますぅ……それでは私の欲しい小説全巻セットすら買えないのではないですか〜?」


「いやそれくらいはあるだろ」


「本当ですか!? そんな大金が!」


「た、大金か?」


「こうしてはいられません! とっととボスを殴り倒して小説全巻セットを獲得しに行きましょう! 猫平さん!」


「熊平だよ。格落ちしすぎだろ。そうだ、汚悩美相談少女。あんたの名前を聞いてなかったな」


「言霧ユアです。言葉に霧と書いて『げんむ』、ユアはカタカナです」


「わかった、ユアだな。よろしく頼む」

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