2-5.思わぬ助っ人

「ここで大人しくしていろ」


「了解いたしました♪」


 どこかの牢屋に閉じ込められたユアは、怖そうな顔つきの男に対して笑顔で答えた。


「薄気味悪い女だ」


「ふふふっ」


 ユアとて何も考えなしに捕まったわけではない。その気になれば、〈ユア・ネーム〉の力で鉄格子を変形させ、簡単に脱出することができる。そうすれば、この基地の場所をギオンたちに伝えられる。彼女の狙いはそれだった。


 とはいえ、何か動きがないと特にすることもない。ユアは退屈そうに牢の中に転がっていた鉄片をいじって遊び始めた。


 その矢先だった。


「捕まえた女がここにいるですって?」


「あぁ、捕まったのになぜか自信ありげで気味が悪いんだ。見てきてくれ」


「はぁ、わかったわ」


 女性が看守の男と話をしているのが聞こえてきた。あれ、ただこの声、どこかで聞き覚えが……


「さてと……運が悪かったわね、あな、た?」


「あら、マナ」


 そう、声の主はユアの姉のマナだったのだ。


 マナは目の前で囚われている妹の姿を目の当たりにし、明らかに動揺している。


「ちょっとユア、こんなところで何してるのよ」


「それは私の言葉ですよ」


 マナは周囲を見渡し、見張りがいないのを確認すると牢に近づき、ユアと小声で話を始めた。


「あたしは潜入調査よ。本当は話しちゃまずいことだけど、この組織が人身売買をしていると聞いていて」


「なるほど。私の見立ては正しかったということですね。上原ユウトは噂通り、人身売買をしていたと」


「上原ユウト?」


「はい、関河浜で偽の鴉を使って悪事を働いていた男です。ギオンさんを陥れようとしたり、賊の鴉に借金をしていた方を脅して返済金を横取りしたりと、何かと良くないことをしていまして」


 マナは「ふむ」と顎を摘んで俯くと、少し考え顔を上げた。


「依頼書にはなかった情報ね」


「それで、どうします? 私このままですと売られてしまいそうなのですが」


「バカなこと言わないの。あなたなら簡単に抜け出せるでしょ」


「あら、お見通しでしたか」


「当たり前でしょ。あなたが一筋縄で捕まるはずないもの」


「信頼されてますね♪」


 なぜこんなにも呑気でいられるのだろうか、と思ったマナだったが、相手がユアでは仕方ない。


「無駄話はここまでにしましょ。この組織が人身売買をしている決定的な証拠はすでに握っている。とっとと抜け出すわよ」


 マナは言うと上着のポケットから鍵を取り出そうとしたが……


「マナ、鍵ならもう開けてしまいましたよ?」


「あら、早いわね」


 ユアはマナが来るまでの合間に、先ほどの鉄片を能力で変形させ、すでに鍵を完成させていた。彼女は静かに牢の扉を開き、通路に出た。


「報連相ができていないですね。看守の方達、私が固有能力者であることを知らされてなかったみたいで」


「油断しすぎね。さ、行きましょう」


 マナは言いながら、近くに立てかけられていたユアの杖を渡した。


「待ってください。他に捕まってる方は」


「大丈夫。すでに手配済みよ」


「なら安心ですね」


────────────────────


 二人は牢のある部屋から脱出しようと、一階に繋がる階段の見える広場に出た。内装を見る限り、それなりにしっかりした建物のようだ。おそらく、表面上は立派な会社か何かなのだろう。


 マナは壁に寄り、警備の様子を窺った。


「このまま出たら怪しまれるのは間違いないわ。あたしは潜入中だからまだしも、ユアがいるとなると」


「え、それなら全員蹴散らせば」


 さも当たり前のように暴力行為に走ろうとするユアに、マナは呆れた。


「ユア、あなたよく世間知らずって言われない?」


「ギオンさんにいつも言われてますが」


 相変わらずのキョトン顔。いつか大きなことをしでかしそうでハラハラさせられる。


「……奴らの気を紛らわせる。その隙に階段までいきましょう」


「え、ここが本拠地なのではないのですか?」


「ここはあくまで捕えた人々を収容しておくための建物。本拠地は別にあるわ」


 マナはそう言うと、持っていたアタッシュケースを床に置き、音が鳴らないよう慎重に開いた。片方には仕事の資料や仕事道具、もう片方には……様々な人形が綺麗に並んでいる。マナはその中から、ネズミの人形を丁寧に取り出した。


「これが良さそうね」


「ネズミ?」


 マナは頷き、ネズミの人形の額の部分に手のひらを添えた。すると、彼女の手のひらが琥珀色にまばやく輝き、ネズミの人形を明るく照らした。


「あっちの警備員の気を紛らわせて頂戴」


 マナは優しくお願いし、呟いた。



 〈ナイン・ライヴズ〉と。



 すると、ネズミの人形は命が宿ったかのように鼻をヒクヒクと動かし、彼女の手の上から飛び跳ねた! そう、マナもまた固有能力者なのだ!


 ネズミの人形は本物のネズミのように駆け出し、チーチーと鳴き声を上げながら警備員の前を横切った。


「え、ネズミだとぉ!?」


「マジで!? 捕まえろ捕まえろ!」


「血祭りにしてやるぅ!!」


 警備員は総出で、一匹のネズミ(の人形)を追いかけ回し始めた。大の大人、見てわかるだけでも、一階にいる警備員は全員集まってきているだろう。


「いきましょう」


「……この組織の方々はひょっとしておマヌケさんなのでは?」


「いや、普段ものすごい暇なんじゃないかしら。この人たちはただ雇われてるだけで、人身売買のこととか知らないでしょうし」


「なるほど。では、早いところ出ていきましょう」


 警備員がネズミに夢中になっている間に、二人は階段を目指し歩みを進めた。一歩ずつ、音をなるべく立てぬよう、慎重に。


 だが、現実はそんな簡単ではなかった。


 マナも、ユアも気付いていなかったのだ。


 ユアの顔面の横に、警棒が音も無く飛んできていたことを!


「はっ!?」


 ユアはクルクルと回転する警棒が自分の頬に触れた瞬間、ようやくそれに気付いた。だが、手遅れだった。ユアにその攻撃を避ける手段はなく、バシィッ! と強めの音を発しながら警棒はユアの横顔に直撃、そのまま横に倒れた。


「っ!? ユア!!」


「へ、平気ですよ。この程度」


 マナは思わず声を上げたが、ユアは思ったよりも平気そうに立ち上がり、警棒が飛んできた方向に視線を向けた。


 警備員たちにバレたのだろうかとユアはと思ったが、先ほどの警備員は本当にそのままネズミを追って奥の方まで行ってしまったのだろう。目線の先には誰もいなかった。


 ユアは床に落ちた警棒を拾い、じっと見つめた。なにか、細工でも施されているのか? それとも、そういう罠にかかったのか。いや、これは違う……


「マナ、至急戦闘準備をお願いいたします」


「え?」


「これはおそらく……」


 流石のユアも固唾を呑み、いつになく真剣な声で言葉を発した。


「固有能力者による襲撃です」

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