1-6.眠り姫大作戦!
手綱と再び会う約束をした翌日の午後、天気は良好だった。サンサンと降り注ぐ日の光が街を明るく照らしている。ただ、その分暑かった。紅葉もちらつき始め、衣替えをする時期にも関わらず。
手綱が来るまでの時間を持て余したユアは流行りの小説に視線を落とし、ギオンはいちいちリアクションを取るユアをじっと無表情で眺めていた。いや、表情には出ていないだけで内心「面白い女だ」と冷ややかにほくそ笑んでいた。
そんなこんなしていると、手綱が店の前に姿を現した。昨日のようにローブは着用せず、代わりにアクセサリーをじゃらじゃらとつけた黒いジャケットを着用していた。
そしてなぜか、ギオンに殴られてない方の頬まで赤く腫れていた。
「手綱さん、お待ちしておりました」
「どうした、親分に叱られたか」
「あぁ、こっ酷く叱られたよ。もうあんな真似はしないと約束する」
「それがいい。次は命はないものと思え」
「平手打ちでもされたのですか?」
「……言わないでくれ」
手綱は思い出したくないらしい。とはいえ、気にするなという方が無理なものだ。ユアは家の中から簡易的な救急箱を持ってくると、手綱の頬に腫れに効く薬を塗り、上からガーゼを貼っつけた。
頬の処置が終わると、ユアは互いが知っている情報を再度共有した。
「うーん、もし手綱さんのことが言ってることが事実なのだとしたら、私たちが成すべき事は、ただ一つでしょう」
ユアはニコニコしながら合掌した。ギオンは何やら嫌な予感がし、ちらりとユアの方を見つめた。頼むから、予想通りの発言をしないでもらいたいものだが、一応確認することにした。
「ユア、それはなんだ」
「簡単なことです。偽物の鴉を倒して、谷川さんの娘さんも救出し、谷川さんが本来返すべきだった借金の返済を代わりに彼らにしていただく、ただそれだけのことですよ♪」
やはり予想、いや予想以上の返答が返ってきた。悪いことをしているそいつらから金を巻き上げれば解決! ととんでもないことをしれっと言ってのけたのだから。
「……聞いたオレがバカだった。オマエならそうすることくらい想像できたというのに」
「あら、ギオンさんには敵いませんね」
「そ、そんな解決方法が」
この手綱とかいう男、バカなのか? ギオンは彼の今までの行動を振り返ったが、あぁ、きっとそれで間違いなさそうだ。
つまり、今ここにはなぜか無謀な作戦で自身満々のバカな女と、こんな簡単なことすら想像できなかったバカな男がいるわけであり、このバカ二人と共に偽の鴉と一戦交えようというのだ。あまりにも、馬鹿げている。
「偽の鴉の居所はわかっているのか?」
「まぁ、なんとかなるでしょう。それこそ、私が一人でそこら辺をほっつき歩いていれば、勝手に出てきてくれそうじゃ無いですか?」
あぁ、こんなところまでバカだ。よくこれでお悩み相談所が成り立っているものだ。そして、湯田もよくこんなバカ娘に手を借してくれたものだな。
ギオンの頭の中ではユアは底抜けのバカということでイメージが固まってしまっていた。
「ユア、湯田なら何か知っているのではないか?」
「その線は低いかと。知っているのだとしたら、昨日の時点で教えてくださりそうですし……やはり、ここは体当たりでいきませんか? もう考えるのもめんどくさいので」
ついに本音が出てきた。「もう考えるのもめんどくさいので」、これがお悩み相談所の店主の発言だとは到底思えない。彼女にはもう何を言っても無駄なことだろう。
彼女の頭の中では「考えるのがめんどくさいから直接殴り込んだ方が早い」という結論が出てしまい、もう変えることはできないだろう。ギオンはもう諦めた。
「もういい、オレもオマエの考えを変えるのが面倒になった。それで行こう」
手綱は思わずギオンの顔を二度見した。
「えっ、マジでそれでいくのか!?」
「オマエはオマエで他に考えはあるのか?」
手綱は「うーん」と首を傾げ、三秒ほど考え、結論を出した。
「いや、ないよ」
「もうオマエは黙れ」
ギオンに強く言われて手綱はしゅん……としてしまったが、気にせず話を続けた。
「ユア、作戦はそれでいく気か?」
「えぇ。そのつもりですが?」
「今から行動するか気か?」
まさかそんなわけ……いや、ユアの目が輝いている。今すぐ行く気だ。どうしたものかと思ったが、考えてみれば彼女は今までもこうして悩みを解決してきたわけだ。だとすれば、心配するだけ野暮というものだろう。
ギオンは今までのユアの実績を鑑みて、彼女の作戦に賛成した。
「わかった。オマエを信じる」
「ギオンさん!」
「今までも、そうしてきたのだろう? なら、今回もそうするべきだ」
「ふふっ、ありがとうございます。でしたら、今回も今まで通りにさせてもらいますね。それに、今回はお二人もご一緒ですし、今までよりも円滑に事が進みそうですね」
作戦はこうだ。ユアが森の中で無防備に寝そべって賊が来るのを待ち、賊が姿を現したらギオンと手綱がその相手を締め上げ、本拠点へ殴り込む。本当にただそれだけの単純な作戦だ。
それっぽい草原を探そうとしたがここは温泉街、なかなか手頃な芝生がなかったので少々作戦を変更し、人目にあまりつかない河川敷の隅っこで賊を待ち構えることにした。
「ではギオンさんと手綱さんは私が見える位置で待機を。できる限り、お相手からあまり見えないような位置でお願いいたしますね」
「いいだろう。奴らがきたら一気に締め上げてやろう」
「得意分野だ。任せておけ」
ユアはそんな頼もしい二人の言葉に頷き、適当な位置まで移動すると背伸びをし、ごろんっと横になった。これで完全に油断しきった間抜けな少女の出来上がりだ。あとは獲物が罠にかかるのを待つだけだ。
ユアの準備が整ったのを確認したギオンと手綱は速やかにユアが彼女の近くの少し上の茂みに隠れた。下からでは二人の姿はそう簡単には見えないだろう。奇襲をかけるのには打ってつけの場所だ。
二人の入った茂みの中は少々窮屈であり、押して押されの状態だった。主に押しているのは手綱の方だが。
「手綱、キサマに一つ伝えておかなければならん事がある」
「なんだ」
「オレはキサマのことを信用していないということだ。何かあったら、すぐにでもキサマを始末するつもりだ」
ギオンはまだ完全にこの男を信用してはいない。余裕がなかったとはいえ、初対面のユアにいきなり武器を向けたことを許していないのだ。
ギオンからすればユアは恩人であり、たとえユアがあのことを気にしていなかったとしても、この点においては譲れなかった。あの時、ギオンは手綱と刺し違える覚悟で攻撃を仕掛けていた。それほど、彼はユアのことを大切に思っているのだ。
手綱もそれくらいのことは承知の上だった。だからこそ、こうして彼女たちに協力しているのだ。
「うーん、困ったな。親分からは必ず借りを返してこいと言われてきたんだけど、この一件だけじゃ許してもらえそうにないなぁ……」
「ふんっ、まぁいい。今回の働きぶりを見て、判断してやる」
「悪いようにはしないって。約束する」
二人は短く会話を済ませ、周囲の警戒を始めた。
どのくらい時間が経っただろうか。例の偽の鴉とやらは一向に姿を現さない。
河川敷のど真ん中でみっともなくお腹を出しながら完全に熟睡している思春期真っ盛り(?)の少女がいるというのにだ。この作戦は流石に無謀すぎたか? ギオンは薄々そんな気がしてきていた。ここで待つのも、いい加減飽きてきた。
「来ないな」
ギオンはついに声に出してしまった。少なくとももうすでに三時間は経過している。流石のギオンでも少し疲労が溜まってきていた。
さて、このまま待つべきか、一度目の前でぐっすり眠っている愚かな眠り姫を叩き起こして別の作戦を実行するか、ギオンは悩んでいた。
「手綱、キサマはこのまま待っていればその偽の鴉が現れると思うか?」
「え、それは」
「あと一〇分だ。あと一〇分で奴らが姿を現さなかったら作戦を変えるぞ」
「わかった」
手綱も流石に無理があると感じていたのか、ギオンの提案をあっさり飲んだ。が、その時だった!
「へっへっ、こんなところにいい女が寝そべってますぜ? 旦那ぁ」
「ほう、まるで攫ってくださいとでも言っているかのようだな」
二人の男が姿を現した!
一人は大体四十代くらいの小柄で清潔感のない男と、もう一人は五十代くらいの髭を生やした渋い顔をした男だ。いかにも、人攫いくらいやってのけますとでも言わんばかりの雰囲気を放っている!
髭男は手慣れた様子で巾着袋から縄を取り出し、ユアの身体に手を伸ばした。小柄な男は明らかに何回か使用した痕跡のある猿轡を用意している。
今だ! と手綱が合図をするよりも先にギオンは茂みから飛び出した。手綱もすぐに反応し、ギオンの後を追った!
「な、なんだオマエらは!?」
髭男は茂みから出てきたギオンに気付いてしまった。ギオンの右腕から放たれた渾身の一髪はすんでのところで届かず、腕で防がれてしまった。この瞬間ギオンは確信した。この男は一筋縄ではいかない! 一方小柄な方の男は見た目通りの弱さであり、手綱にあっさりと締め上げられていた。
髭男はニィッとニヤつき、ギオンの拳を押し返した。
「ちぃっ!」
「なるほど。状況は理解したぞ。くくく、残念だったな」
「いいや、残念なのはキサマらのほうだ。まんまと罠にハマってくれたな。おかげで探す手間が省けたぞ。『偽の鴉』が」
髭男は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐさま怪しい表情を浮かべた。まるで、この状況を楽しんでいるかのようだ。
「へっ、どこまで知ってるか知らないが、オマエらはここで黙らせたほうが良いみてぇだな!」
「何を勘違いしているんだ? 黙らせられるのはキサマのほうだ!」
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