第6章 怪我の功名①
医者が来て、お弓の診察をした。お弓もお腹の子も大丈夫とのことで、一同ほっと胸を撫で下ろした。巳之吉の怪我も幸い軽かったが、手当が済んだ頃、町方の役人がやってきた。
「
番頭がビクビクしながら応対に出た。
「だ、旦那さまは急な病で臥せっております。あ……相対死とは、なにかのお間違いではないでしょうか……?」
すると、役人は居丈高に言った。
「相対死により双方生き残りし場合は、見せしめのために、晒しの罰が下る。こちらの娘と奉公人のふたりが、川に入っていくのを見た者がいるのだ。ふたりをこちらに差し出しなさい!」
巳之吉がビクッとして立ち上がろうとした。だが、足を負傷しているのでよろけ、障子にぶつかった。その音に気づいた役人は部屋にドカドカと入り、巳之吉の前に立ち塞がった。
震えている巳之吉の濡れた髪を見た役人は、にやりと薄笑いを浮かべた。
「お前が手代の巳之吉だな?調べのため召し捕る。縄をうて!」
その言葉に続いて、取り方が店に入ってきた。
「ちょっと待った!お役人さま、それは違うぜ!」
と出てきたのは、歳三であった。
「なんだ、お前は?」
役人は訝しげに歳三を見た。なぜなら、歳三も上半身裸で、髪は濡れたまま、まげは半分崩れかけてさえいたからだ。
「俺は、手代の歳三だ。相対死なんて、とんでもねぇ!川にはまったお嬢様を助けていたんだぜ!それがなんで心中にされなきゃならねぇんだよ?誰が届けたのか知らねぇが、とんだトンチキ野郎だな!」
歳三の勢いに気圧された役人は、
「な、何を証拠にそのようなことを。お、お前、仲間だからと、う、嘘をつくとお前も罪になるぞ!」
と、精一杯の虚勢を張ってみせた。そして、
「み、店から出てきた医者を問い詰めたら、娘が入水したあとだというのは確実で、腹に赤子もいるという。娘は嫁入り前。奉公人と不義密通の上での相対死であるのは、明白であろう!」
と言い放った。鼻息も荒く、どうだ、と言わんばかりの顔をした。だが、歳三は気にもかけない様子で、
「俺がびしょ濡れなのが、なによりの証拠だろう!あんた、誰かの見ているところで心中しようとするかい?『私達はこれからあの世に参りますので、あなた見ていてくださいな』なんてよ。そんなのチャンチャラおかしいってんだよ!」
とまくし立てた。
「な、何だと?お上に向かっての悪言雑言、これ以上申すと、お前もしょっ引くぞ!」
役人の顔色が変わってきたので、歳三もまずいと思ったのか、少し声を和らげた。
「俺もその場に一緒にいたんだ。俺が証人だ。お嬢様が川を覗き込んでいたのを、巳之吉が危ないからと手を掴んでいたら、うっかり川に落ちたんだ。届けたやつってのは、そこを見たんだろうさ!ふたりでお嬢様を助けたんだ。俺は泳ぎが上手いから、お嬢様を抱えてきた。どこか不審なところはあるかい?」
と役人を見つめた。威圧感では、どちらが役人なのかわからないくらいだ。
「では、お前は日が暮れたあとの、そんな川べりで何をしていたのだ?」
「えっ?」
役人の問いに、歳三は思わず口ごもった。
「話によると、娘と手代は恋仲なのであろう?なぜお前が一緒にいた?おかしいのではないか?」
役人は痛いところを突いてきた。
「そ、それは……だな」
行方不明のお弓と巳之吉を探していたのだとは言えない。
背後から、心配そうな顔をしたうめが入ってきた。
「どうした?お前はふたりの密会に付き添っておったのか?それこそ、お前の申す『チャンチャラおかしい』ことではないか。お前は相対死しようとした現場にあとから現れたのだろう?嘘を申すな!」
役人は歳三を問い詰めた。咄嗟に歳三は、
「よ、四人で一緒にいたんだ。お嬢様と巳之吉、俺とこいつだ!」
と、うめの手を引っ張った。うめはいきなり役人の前に出されて、驚きを隠せない。
「お前は……お前も奉公人か?お前、一緒にいたというのは本当か?」
役人はうめを見据えた。うめは役人が怖くて仕方なかったが、勇気を出して答えた。
「は、はい。一緒にいました。ふたりがお嬢様をお助けしました」
「お前と、この男との関係はなんだ?奉公人同士が店の用足しにでかける時間ではあるまい」
役人はうめが嘘をついていると踏んで、取り調べにかかっている。
「どうした?答えろ。なぜ一緒にいたのだ?」
うめは答えられずに下を向いた。歳三は思わず、
「俺の女房になる女だ!女房と一緒に出歩いて、何が悪い!」
と叫んだ。
うめはびっくりして歳三の方を見た。
「そうなのか?おい、他の者達は知っているのか?こいつらは夫婦か?」
役人は他の奉公人に向かって聞いた。すると、何人かが頷いた。
「そ、そうだよ。歳三とおうめちゃんは、夫婦になるんだ」
「だから、仕事が終わったあとに出かけてたんだよ。本当だよ」
どこからともなく、声があがった。役人もこれには引かざるを得なかった。
「……よ、よし。四人が一緒にいたということは認めよう。しかし、主人の娘と通じることは罪。改めて、巳之吉を取り調べる。それ!」
役人はそう言って巳之吉を引っ立てようとした。
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