第9話 限界がきている
「よしよし、見つけた」
俺は森を探索しながらお目当てのものを発見する。
アンガーボアが何匹か固まって休憩しているところである。
「魔力を操作して……ファイヤーボール」
俺は離れた木の陰から火の玉を、そのど真ん中に放つ。
ゆっくりと飛んでくる小さな火の玉に、すぐにアンガーボアたちは気づくが「なんだこれ?」と言った感じである。
しかし。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!
と着弾して凄まじい大爆発を引き起こす。
ブモオオオオオオ!?
と吹っ飛ばされるアンガーボア。
運悪く爆風が直撃した数体がその場に倒れていた。
「……なんか、爆撃みたいなやり方だよなこれ」
俺は木の陰から出て、無力化しているアンガーボア数体に止めを刺して、その場で血抜きして持ち帰るのだった。
□□
「限界がきてるな……」
夜……。
俺はソファーに座って本を読みながらそう呟いた。
「何か困ったことがあるんですか?」
エプロン姿で料理をするアイリスがキッチンの方から聞いてくる。
「あいや、別にそういうわけじゃないんだけどさ」
そう。
森から始まった異世界生活。
1ヶ月ほど経ったが、思いの外上手くいっていた。
家で雨風は凌げるし、アイリスの獣避けの魔法で家にいれば獣に襲われる心配もない。
食料についても、俺が魔法を使えるようになったことで良質な肉を安定して得ることができ、果物や山菜と合わせてかなり健康的な食事が取れていた。
むしろ現代みたいに過剰に炭水化物をとったりしない分、体調がいいくらいである。
もちろん、不便もあるのでいずれは街の方に行って、物資を調達した方がいいなと思っているが……それにしても順調である。
だが……。
限界なのだ。
そう……。
(エッチしたい!! もう、めっちゃエッチしたい!!)
我慢の限界であった。
かわいい嫁と一つ屋根の下である。
そもそもアイリスのスタイルは暴力的にエッチである。
ボン、キュ、ボン!! と本当に音がしそうなほどの豊かな胸とキュっと閉まった腰と、ボリューム感のあるヒップ。
それが日常的に目の前に晒されるのだ。
あとめっちゃいい匂いする。石鹸とか使ってるわけではないはずなのだが、女の子特有の甘い匂いが常に鼻腔をくすぐってくるのだ。
夜なんか毎日一緒に寝ているので、我慢が大変である。
触ってもいないのに、俺のアームストロング砲がアームストロングしてしまいそう(意味不明)になりながら夜を過ごしていた。
(……くっ!! 抱きつきたい!! 今すぐ、料理してるアイリスの体に抱きつきたい!!)
そしてあの柔らかそうな体を思う存分揉みしだきたかった。
性欲魔神である。
(いかんいかんぞ……ゆっくりやっていくと決めたじゃないか……)
性欲に支配されたらダメだ。
最近なぜかアイリスの服のボタンが多めに空いていて、いつもより谷間がよく見えたりしている気がするが、これも脳みそが性欲まみれになっているせいだろう。
「おちつけ俺……野草の本でも読み直そう……へえ、バウリ草って精力剤になるのか……」
□□
……と、そんなことを考えているマナブだったが。
(……くっ!! エッチしたい!! 早くマナブさんとエッチしたいっ!!)
実は涼しい顔で料理をしているアイリスも、我慢の限界に近づいていた。
そもそもアイリスは、そんじょそこらの童貞が逃げ出すくらいの童貞力を持った童貞女神である。
初対面の時から好印象だった夫と一緒に過ごしているだけでもムラムラしてくるのだが、この一ヶ月事前の中で狩りをしているからか、マナブは逞しい体つきになってきた。
腹筋も割れてるし、二の腕も力を入れるとボコリと力こぶができる。
(なんですかそれは、誘ってるんですか!! 手羽先みたいに二十四時間じゃぶりつかれたいんですかその二の腕は!?)
と内心で叫んでいた。
何度自分から夜の営みに誘おうとしたか分からない。
……しかし、決して実際に自分から誘うことはしなかった。
なぜなら。
(だって自分から誘ってはしたない娘だと思われるの嫌ですし!!)
そう、アイリスは童貞であり乙女なのだ。
童貞乙女神(どうていおとめがみ)なのである。
(それにマナブさんだって悪いんですよ!! ちょっと恥ずかしいけど、いつもより胸を開けたりして誘ってるのに、全然反応してくれないですし!!)
勘違いである。
マナブは無意識にガン見しまくっているし、毎秒アームストロングがアームストロングしそうになっている。
(私の体……やっぱりだらしなくて魅力ないのかなあ……もうちょっと痩せないとかなあ)
勘違いである。
マナブはもはやアイリス以外のオカズを使えなくなるくらいには、アイリスの女神ボディに夢中である。
(……ですが、今日こそ決めてみせます!!)
アイリスはそう決意して、フライパンを持っていない手をグッと握った。
□□
(……だが、考えてみれば夫婦生活が始まってもう1ヶ月だ)
マナブはソファーで腕を組みながら考える。
(十分に仲は深まったはずだし、そろそろ手を出してもいいんじゃないか?)
うん、そうだな。
逆にあんまりにも放っておくのも男らしくないだろう。
(……よし……明日あたりタイミングを見計らって誘うぞ!!)
「マナブさーん、ご飯できましたよー」
アイリスが料理を持ってきてたので、ソファーを立って席に着く。
今日の晩御飯は……。
ドン!! と大きな皿の上に盛られた山盛りのレバーだった。
山での暮らしでは貴重な栄養源なのでよく食べる。
「にしても、今日はやけに山盛りだなあ」
そう言って席に着く俺。
(……はっ!! 待てよ!?)
俺はそこで気づいた。
(レバーは精力のつく食材……つまり、エッチをして欲しいってことなのか? いや、さすがに考えすぎか?)
「あ、サラダもあるんですよ」
「あ、そうなんだ」
「バウリ草(精力剤の原料)のサラダです」
ドーン!! と同じく山盛りのバウリ草がテーブルに置かれた。
(精力祭りいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!?)
□□
(さあ!! マナブさん!! これで精力をつけて我慢ならなくなってください!!)
当然、アイリスはワザとやっていた。
このためにワザワザ何時間もかけて昼間バウリ草を集めに行ったのである。
マナブの様子を見る限り意図は多分伝わっていた。
(よし!! あと一押しです!!)
「あいたたた」
アイリスがワザとらしくそう言うと、太ももの当たりを抑えた。
「どうしたんだアイリス!?」
マナブは急いで立ち上がってアイリスの方に駆け寄る。
「あいえ、バウリ草を取る時にちょっとぶつけてしまいまして……大した怪我じゃないんです。ただ癒しの魔法は自分には使えないので」
嘘ではない。
草を取る時にちょっとぶつけたのも、自分に癒しの魔法が使えないのも本当である。
ただ、痛みについては大袈裟に言っていた。
「この辺りとかはまだ痛みますね……」
アイリスはそう言うと、マナブの手をとって自分の太ももに持っていった。
……そう、これはボディタッチ戦術。
(こうして改めて直接肌と肌で触れ合うことで性欲が掻き立てられます……きっとマナブさんもムラムラを我慢できなくなって今すぐ私に襲い掛かろうとするに違いありません……)
アイリスは必勝を確信していた。
(だって私も凄くムラムラしてますからね!!)
マナブの皮の硬い手が内腿の少し敏感なところに触れているので、今にも変な声を出してしまいそうである。
しかし。
「本当に大丈夫かアイリス? 無理しなくていいんだからな!!」
マナブは真剣にこちらの方を見てそう言った。
「……」
「あーもう、俺が回復魔法か氷魔法使えたらよかったのに……医学書あったよなたしか」
そう言って立ち上がると、本棚医学書を取り出して怪我の治療法を調べ始めた。
さっきまでの浮ついた様子はどこかに入ってしまっており、本気でアイリスを心配している。
(……もう、自分は毎日どこかに怪我して帰ってくるくせに、私のことになった途端にこんな心配して)
優しい人だ。
本当に……。
アイリスのことを「優しい」とマナブはよく言っているが、本当に優しいのはアナタほうですよと言いたくなる。
(私の夫は素敵な人です……)
改めてそう思う。
(でも……)
「あーもう!! なんでエッチな気分にならないんですかー!!」
「ええ!?」
驚いて医学書から顔を上げるマナブ。
「え……あ、いや」
し、しまったー!! と後悔するアイリス。
夫の優しさに余計にムラムラ来て思わず叫んでしまったのだった。
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