第5話
カルパが疑問を口にする最中、驚きの事態が起こった。
ただの石で出来ているはずのテーブルが、急に視界を埋め尽くすほどの光を放ったのだ。
咄嗟のことで3人は目をつむったが、あまりの光量に目をやられてしまい、何も見えない時間が出来た。
いったい何が起こったのか。目が見えない代わりに耳をそばだてると、今度は石室内に、石がこすれる音が響き始めた。
「何?何?何?」
無防備な状態でのそれは、恐怖でしかない。
かといって、無闇に動くこともできない。
そうしてその場で恐れおののいていると、ほんの数秒で音が止んだ。
フィトが、いち早く視力を取り戻し、周りを確認した。
新しい通路が現れたわけでもなければ、入口が塞がれたわけでもなかった。
では、あの音の出所は何だったのか。
探してみるとその答えは、テーブルのもう一方、小さな円の方にあった。
そこにある切れ込みの内側が、3cmほど上昇していたのだ。
「なんだか、ここ、浮き上がってるぞ」
謎の展開を受けて、フィトが二人に呼びかけた。
しかし、それで返ってきたのは、人のうめき声だった。
聞き覚えのある声だ。
そのことに気づいて目をやると、カルパが頭を抱えてうずくまっていた。
「どうした?頭が痛むのか?」
声をかけても、カルパはただうめき声を上げるだけで、返事をしなかった。
(クエタは?)
フィトは、クエタも心配になって、クエタの方を見た。
するとクエタは、平然とカルパのことを見たあとで、あまつさえ悠々と、落としたスナック菓子の袋を拾い上げていた。
「おい、今は食べてる場合じゃないだろ?」
フィトが驚いて咎めた。
けれどもクエタはその、咎められたことに驚いた。
「え~。でも~、大丈夫そうだよ~。時間はかかるようだけど~。」
「えっ?そうなのか?」
人が苦しむ姿などそうそう見るものではない。フィトは、クエタに大丈夫だと言われて、疑う根拠を持っていなかった。そのためクエタを信じて、うずくまるカルパを黙って見守った。
カルパは、しばらく経つとクエタの言葉どおり静かになった。
いや、静かになりすぎたくらいだった。うめいていた分、呼吸は乱れていたが、それだけだった。落ち着いたのなら何があったのか話し始めそうなものだが、それがなかった。
呼吸をしているのだから意識はあるのだろうが、何がどうなっているのか、その現状を周りが量るすべはなかった。
(声は届くのだろうか。)
フィトがそう思って声をかけた。
「落ち着いたか?」
するとカルパはその声に、一度ピクリと反応した。そして、それから小刻みに震え出し、絞り出すように小さく声を発した。
「ごめん…」
「えっ?なんて?」
カルパが謝るような状況が理解できなかったフィトは、聞き間違いかと思って聞き返した。
しかし、カルパはもう1度謝った。
「ごめん。こんなつもりじゃなかったんだ」
何のことだろうか。フィトもクエタも、何ら被害を受けていない。むしろ苦しんだのはカルパだけだった。いったい何を謝っているのだろうか。
普通ならこの異常さに不安を覚えるところだ。
だが、フィトの肝は太かった。
「…うん…そうか!まあ、いいんじゃないか?何が『ごめん』かはわからないけど、どうにかなるだろ」
「そんな軽い話じゃないんだ!」
突然カルパが声を荒げ、フィトが驚いていると、カルパが沈むように続けた。
「―僕たち、死んでしまうんだよ」
まだ理解はできないが、事態は思いの外おおごとのようだった。
ただそれでも、フィトに動揺は見られなかった。
「そうなのか?いつ死ぬんだ?」
「いつって…それはまだわからないけど…」
「じゃあ、今までと変わらないじゃないか?」
「違うよ!劇的に短くなってるんだから!」
「そもそも、どうしてそれがわかるんだ?」
「それはあの父親が―」
カルパは言いかけてからやめて、一度大きく深呼吸をした。
「―ごめん。少し冷静になるよ。聞いてくれる?」
フィトは無言で浅く頷いた。
「―まず、今僕がうずくまっていたのは、膨大な量の情報が頭の中に入ってきたからなんだ。どうやら世界中の知識を得たみたいなんだけど、それがあまりにも多すぎて処理し切れないものでね。
そしてその、世界中の知識を得るっていうのが、この祭壇の力―〈霊験〉とでもいうのかな―それを受けた結果らしい。
〈頭〉を担当するっていうのは、そういうことだったみたいだね」
フィトが、なるほどと言わんばかりに頷いた。
「―そして、それでわかったことなんだけど…この、僕が持ってきたノートは、実は古いものだったんだ」
「…?それをオヤジさんが隠してたのか?」
「ううん。それが僕の勘違いだったんだよ。これは隠してたんじゃなくて、なくしてたんだ。それを僕が見つけて持ってきてしまったんだよ」
「じゃあ…」
「そう。これには最新版がある。説明書きの全文を訳した最新版が。
そしてその中身が他の情報と一緒に僕の頭の中に入ってきたんだ。だから言えるんだよ。『僕たちは、遠からぬ未来に死ぬ』って」
「で、それがいつなのかはわからない、と」
「うん。説明書きによると『神々の恩恵がなくなったら』だって」
なんだか謎かけのような一節だ。具体的には何を指すのだろうか。
2人が頭を悩ませていると、どういうわけかクエタから情報が寄せられた。
「それ~5日と~14時間ぐらいかな~」
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