第3話
その洞窟は、山の中腹に、本当にあった。自然豊かな山の中にあって、入口の前だけがわずかに平地になっていたので、すぐにわかった。
入口まで行き、覗きこむと、奥への光の到達を拒むように、真っ直ぐな横穴が伸びていた。
幸い、クエタのドローンに周囲を照らせるライトがついていたため、先行させて洞窟内に入ることができた。
洞窟内の壁や天井は土がむき出しで、いつまで形をとどめていられるかは未知数に思えた。
少し進むと、意外にもすぐに、広めの部屋に突き当たった。例の石室のようだった。30㎡くらいの広さに、出入り口は1つだけ、その中央には、石造りのテーブルがあった。
そのテーブルは、大小の2つの円がくっついたような形をしていて、入口から見ると、雪だるまのような形をしていた。
椅子と思われるものも、雪だるまの胴体の左右と、足下にそれぞれ1つずつ、計3つ確認された。
なるほど、公園の休憩所とは言い得て妙だ。入口から見て左手の壁には例の文章らしきものもあって、ノートを読んだときの印象と、目の前の光景が見事に合致した。
そしてそのことでカルパは、不覚にも一瞬、物語の中に入ったような錯覚にとらわれていた。
「オヤジさんの書いたとおりだったな」
フィトに言われて、カルパはドキッとした。妄想に浸っていたことに気づかれたと思ったからだ。
けれどフィトにその様子はなく、その発言もありのままを言ったに過ぎないことに気づいて、カルパは何事もなかったかのような顔をして、淡白に相槌を打った。
フィトは、洞窟を見つけてからというもの、はしゃぎっぱなしだった。ひっきりなしに動き、遅い2人をせかし、洞窟の高さや、土で出来ていることなど、何でもないことにも声を上げて喜んでいた。
石室に入ってからも、壁をたたき、テーブルをさすって、「石だ、石だ」と意味のないことを繰り返し叫んでいた。
そして、一通り回ると謎の文字列を見上げ、何やらブツブツ言っていた。
「わかる文字が23個しかない」
フィトは、嬉しそうに言った。どうやら数を数えていたようだった。
「なぜかフィトが文章を読める」みたいな奇跡を一瞬たりとも期待しなかったカルパがそんなフィトをスンとなって見ていると、フィトが、話しかけてきた。
「で、ここで何するんだ?これを読むのか?」
「…ん?それはうちの父親に任せておけばいいじゃない?」
カルパが、フィトの高揚にゆっくり波長を合わせながら言った。
「―それより、こっちの方が面白いと思うよ。椅子が3つなんて、僕たちのためにあるみたいでしょ?」
フィトに合わせに行った結果、カルパは少し気取った言動になっていた。
そのことに自分で気がついて恥ずかしく思ったのだが、フィトの反応は「いいこと言うな」とノリノリで、なんだかそれが、なおのこと恥ずかしかった。
「このテーブル、何のためにあるんだ?」
フィトが無邪気に問いかけた。
ここで恥ずかしがっていて、バカにされてはつまらない。カルパは恥ずかしさを押し殺して、少し大人ぶって答えた。
「正確なことはわかってないよ。それを考察するのが面白いんじゃないか。フィトは何をするところだと思う?」
「何だろうなぁ」
よし、バレずに済んだ。カルパはそう思いながらフィトと一緒に、テーブルを観察した。
雪だるまの胴体の方、大きい円は、内側にもう1つ円形の盛り上がった台があって、回らない中華テーブルみたいになっていた。
そして、頭の方、小さい円には、こちらも内側に円形の切れ込みがあって、大きい円の台と、細い溝で繋がっていた。
「なんだか、ボタンみたいだな」
フィトが、小さい方の円形の切れ込みをのぞき込みながら言った。
「ノートにもそう書いてあるよ。でも、違うとも書いてあるけどね。『これを何かの装置と見るのは夢想が過ぎる』って」
「なんだよ。夢がないなぁ」
「いや、あの人のことだから、自分で一度、押してるんじゃないかな。そのうえでこれを書いたんだよ。見栄っ張りなところがあるから」
世界のどこかで、カルパの父親がくしゃみをした。
「じゃあそのオヤジさんは何て?」
「まだ結論は出てないみたいだけど、それは蓋で、中に何か入ってるのかもって」
「何を入れるんだ?」
「さあ、それは作った人に聞いてみないと」
「何を入れるかなぁ。…クエタだったら何入れる?」
フィトがクエタの方を見た。クエタは、ドローンから外した、大量のスナック菓子の網を担いで、入口付近に立っていた。相変わらず、スナック菓子を頬張りながら…。
その姿を見て、フィトにはクエタの答えの見当がついた。
「スナック菓子は入ってないぞ」
フィトが言うと、クエタはおもむろに頷いてまたスナックを頬張った。
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