第29話 なくなったものを、探すもの

 マルベーリの一声で結成された支援隊が到着し、炊き出しが行われたり戦火に倒れたものたちの墓が造られていった。




 「マルベーリ様、人間たちはどうしますか?」

深く頭を垂れてマルベーリに敬意を示す彼女は今回の支援隊の隊長に任命されたターニャだ。


 マルベーリは王だ。自国で凄惨な戦闘があっても他の土地に生きるものたちの王として、一つの場所に留まることはできない。

 「この地じゃなくて良い。少し離れた場所にでも人間たちを弔っておくれ。彼らのしたことは許されん、生きているならばいくらでも裁こう。だが今のこの場に残っている人間は、ただの死体じゃ。意志のない、動けぬものを裁いて何になる。…………おそらく此度の人間は今回の加害者であり、被害者なのじゃろう……。」

 「御意。では人間たちはここから離れたところに墓を建てるよう手配致します。……ところでマルベーリ様。」

 「何じゃ?」

 「申し訳ありません。支援隊長でありながら今のマルベーリ様のお言葉の最後に何か続きはありましたでしょうか?もしございましたら聞き取れませんでした。もう一度仰っていただけますでしょうか?」

ターニャは真っ直ぐにマルベーリを見つめる。何の疑いもない綺麗な瞳だった。

 マルベーリはさっき敢えて最後を小声にした。ターニャがこう問いかけてくるのもわかっていた。


 「うむ、人間を弔う際にしてほしいことがあってな。」

 「お聞かせください。」

スッと何処からともなくメモ帳を取り出したターニャを確認してからマルベーリは話し出す。


 「レスリア兵は胸ポケットの内側には特殊な糸でその者の名前が刺繍されているのじゃ。手間をかけるが、レスリア兵を弔う際にはそれを取ってほしい。」

 「……何のためにか、聞いてもよろしいでしょうか?」

戦争相手を弔うだけではなく、その侵略者たちの名前を集めるといった王の思考が理解できず、ターニャは冷静を装い聞き返す。


 「出来る限り集めて、レスリア帝国内の彼らの家族に渡すのじゃ」

マルベーリは言葉を続ける。

 「ターニャ、お前も見ただろう。なくなったものを探すものを。」

マルベーリのその言葉に、ターニャは自分がこの地に派遣された日を思い出す。



 最初に目にしたのは、憔悴しきった住民たちだった。先に送り出した隊員たちによる簡易病院には、病院内に入りきらないほどの患者が詰めかけ、炊き出しにも多くのものたちが押し寄せていた。

 まだ病院や炊き出しに行けるものは良いだろう。最早動く気力もないものたちは、病院にも炊き出しにも行くことはできず、その身体をただ静かに地に横たえるしかなかった。


 そんな中民家が密集していたところで特に多かったものたちの姿にターニャは涙を浮かべ、思わず目を背けた。

 「レイリー、もうこわいことは終わったの!ママも傍にいるわ!……お願いだから返事をして…!」

 「右腕が無くても生きていける……。私はあなたの死体を見てないわ、今でも生きてる。あなたは生きてるわよね……?!」

 「私を逃がすためにあの子はここに残ったはずなんだ……誰かあの子のことを知らないかい?」

 もう返事をすることのない自分の子供に必死に声をかける母親。腕を抱きしめて涙を流すもの。行方知れずとなった子を探すもの。


 「あなたの死体も、あなたのいた証も見付からないの……。ねえ、どこにいるの……!」

 己の失ったものを、探すものたちの姿だった。




 「顔色が悪い。このお茶を飲むと良い、心が幾ばくか落ち着くじゃろう。」

 トポトポとした落ち着く水音と緑の香りにターニャの意識は今へ戻ってきた。目の前ではマルベーリがターニャにお茶を飲むよう促していた。

 「も、申し訳ございません!……失礼して、いただきます。」

 マルベーリがこうして誰かにお茶を入れることは決して珍しいことではなかった。そのためターニャはありがたくお茶に手を伸ばした。

 温かいそのお茶は心身を温め、その香りは陽の差す木漏れ日の中を思い出させた。

 ターニャに少し血の色が戻り、緩やかなった表情を見てからマルベーリは書類を見ながら言葉を続ける。

 「此度の戦闘によって亡くなったものは合わせて537、行方不明のものは捜索活動を行なってもなお36出てこず。怪我を負ったものは1760を超える。行方不明のものたちを探すための捜索活動は我が指揮をとって行った。その結果、魔族だけで168の身元不明の亡骸が見付かった。……行方不明のものたちが今後発見されると思うかの。」

 その言葉にターニャは顔を歪めた。行方不明のものたちはターニャが来た当時は159という報告を受けていた。そこからマルベーリ率いる捜索部隊が捜してやっとここまで見付かったのだ。

 そしてターニャは知っていた。数が合わないのは、行方不明なことを認めたくなくて意図して届けを出していないものたちがいることを。今なお行方不明になっているものたちは、既に亡くなっていることを。


 今マルベーリの手元にある書類に記された内容は、ザジ・フォールという行方不明の届け出を出されていなければ、亡くなったという書類出されていない魔族の男について書かれていた。

 ペラリとマルベーリが書類をめくる。次に出てきた書類には魔族の男の死体に関してのもので、そこに写された死体は間違いなく、ザジ・フォールであった。

 「……亡くなったことを認めたくないゆえの行動じゃな。墓の場所を知らせる時を誤るでないぞ。」

 マルベーリの手元にはまだ書類があった。行方不明のものたちと今の書類を見れば、他の書類に何が書いてあるのかなどターニャには簡単に検討がついた。



 「人間にも家族がいたじゃろう。我らと同じように心配するものや探すものがいるじゃろう。レスリア兵は戦場で仲間が死した際、この内ポケットを取って残されたものたちに渡すのじゃ。そのものがどこにいるか、わかるように。」

 「……王のお考え、しかと理解いたしました。レスリア兵を弔う際はそのようにさせていただきます。」

 ターニャは頭を深く下げた。

 「しかしどのように集めたものを渡すのですか?我らが行くわけには……。」

 「そこは心配しなくて良い。アテがあるのでな。て終えたらこの鈴を鳴らすのじゃ。良い使いがくる。」

 渡された鈴をターニャが揺らしてみるが、音は聞こえない。不思議そうに鈴を何度も揺らすターニャに少し笑みを浮かべてマルベーリが制止をかける。

 「これこれ、むやみに鳴らすでない。全て終えてから鳴らすのじゃ。使者が無駄足をしてしまうじゃろうて。」

 それにターニャは恥ずかしそうに鈴を止め、自分のポーチに仕舞う。

 「……申し訳ありません。珍しいと思いまして……。以後気を付けます!」

 「そうしてくれ。……では我はそろそろ征かねばならぬ。この地への支援、任せるぞ。皆には傍に在れないことを謝罪すると伝えてほしい。」

 「お任せください。」

 また深く頭を下げたターニャの前を通り、マルベーリはその地から去った。

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