今世の家族、こんにちわ

 自分に起こった事態を一先ず把握できたが、払拭できない疑問点はまだまだ多い。例えば、私が転載したのが『月夜零太つくよれいた』の場合、彼は男性のキャラクターの筈だ。


 それにもかかわらず、今の私の性別は『零お嬢様』と呼ばれていた事から推測すると女性である。こういうゲームの世界に転生した場合、そのまま性別等も移行するのがセオリーのはずだ。


 ——まぁ…今はいっか….。


 何よりも、恋焦がれ続けた『恋愛⭐︎クリエティブ』通称:『恋クリ』の主人公へ転生を果たせたのだ。


 冒険書の初めの一歩の段階で歩みを止めるような『馬鹿ゲーマー』はいないはずだ。


 

「ご機嫌よう?」

 

 とりあえず、ここはお嬢様っぽく返すのが正解だろうか?


 前世の私が高校で『ご機嫌よう』なんて使えば、クラス新聞が掲載され学校中にて、笑い者にされていたかもしれない。


 しかし、今は紛う事なき『お嬢様』である。


 ——大きな岩を転がし、土に埋もれていた私よ!!グッバイ!!こんにちわ。太陽の光を浴びる私!!

 

「今日は早めに零お嬢様が起きてくださってよかったでずぅ。また、奥方様に怒られるところでじだぁ」


 おおっ、どうやらこの世界でも前世で学んだ『なんちゃってお嬢様言葉』は通用するらしい。


 通用した言葉に感動していると、なぜか黒白基調のメイド服を着た小柄な女の子が涙声になりながら、私の方へ近づいてくる。


 彼女からふわっと香る甘いフルーティーの匂い

 こちらを上目遣いで見つめる瞳

 距離が近づき、互いの呼吸が触れ合い…


 ——じゃない!!これは決して、意識している訳ではない!!私の気持ちはいつだって『噛ませ犬推し』にあるのだ!!これは仕方のない事だ!!


「零お嬢様、なぜ眼を瞑って…」

「ち、ちがっ!!」


 無意識のうちに口付けされるかもしれないと思った私は眼を瞑ってしまっていたらしい。


 その事実に気づいた私は、大慌てで顔が紅潮していくのを感じながら両手を振って距離を取る。


 …

 ……

 ………


 一旦、メイドさんとの距離を取った後、私は疑問点を脳内で思考を加速させる。そんな私の様子を見たメイドさんは私の方をチラチラと視線を配らせているが、今は疑問点の払拭に集中したい。



『恋愛⭐︎クリエティブ』通称:『恋クリ』ゲーマーの私の記憶が正しければ、こんなメイドの子はゲームの『本編シナリオ』へ登場しなかった。


 じゃあ、なぜ目の前にいるのか?と考ると、すぐに理解できる。こういう『恋愛遊戯ギャルゲー』は、特定のキャラクターにスポットライトが照らされることが多い。


 分かりやすい例を出すなら『鈴代椎葉ルート』では、ヒロインである『鈴代椎葉』とラスボスの『魔王』、そして、『噛ませ犬よめ』の『鈴代椎菜』を中心にスポットライトが当たる。


 つまり、バックグラウンドにいるキャラクターがシルエットだけなんて事は日常茶飯事なのだ。


「えっと…そろそろ宜しいでしょうか?零お嬢様、これ以上は朝食が冷めてしまいます…!!」

「あ、ごめん、それとありがとう?」


 一先ずの結論として『バックグラウンド』だったから登場しなかったと考えておこう。それよりも、朝食が待ち遠しい…!!


 私の保有する『恋クリ』のデータ情報に照らし合わせれば、横幅が広い階段を降りた下のフロアの奥の部屋に食事場所があるはずだ。


「零お嬢様、お待ちください。お召し物を…」

「あっ……はい」


 そのまま、扉を出ようとしたらメイドさんに呼び止められてしまった…。


 オールデイパジャマッ娘だった前世の私には、起きたら着替えるなどの習性がない…。そのため、羽織っていたネグリジェを預けて、メイドさんにドレスを着せてもらうこととなった。

 

 …

 ……

 ……………


 それにしても、若返るとは本当に素晴らしい事だと朝食の場所へ移動してる最中に思った。


 享年17歳と比較的若い身体を有していた私だったが、いつも姿勢を悪くゲームしていた天罰だったのだろうか?


 私が17歳を迎える頃には、既に腰痛を発症していたのだ、しかも、悲しいことに週に1度は顔馴染みのおじいちゃん達と世間話をして盛り上がれる程、整骨院の常連に成り下がっていた。


 しかぁぁしっっ!!現在は5歳程の身体だ!!まるで、背中に羽が生えたかのように体が軽い!!!


 とまぁ…あんな暗黒前世と比較するのはここまでにしよう…。なんか虚しくなる….。


 それよりも、到着する前に『恋クリ』の世界観を軽くまとめておこう。


 

恋愛遊戯ギャルゲー』にありがちな設定だが『恋クリ』も同様に『貴族制度』が採用されている。他のゲームと少し異なる所があるとすれば、モチーフが『日本』という所だ。


 そのため、登場するキャラクターの名前が全て漢字で統一されているし、会話も日本語だ。


 ゲーマーの性で母国語と違う言語を学んでみたいという探究心もなくはないが、これはこれで時短になるし悪くない。


 しかし、言語以外だと食事面に問題がある。なぜならば、『恋クリ』の食事に関しては私がプレイした限り、殆どが『洋食』である。


 実際、日常ストーリーの朝食は目玉焼き、サラダ、パン、スープで彩られる事が殆どだ。


 他にはご都合主義設定の影響なのか、電気や水道やガスも当然のようにある。


 つまり、私が見逃していて、かつご都合主義設定が発動していれば、日本のソウルフード『お米』が『恋クリ』でも食べれるかもしれない。


 ———諦めなければ必ず……


 内々に沸る野心を抱きながら、ベッドから軽い腰を持ち上げ、メイドさんに手を引かれるまま階段を降りていく。


 階段を降りた先の扉をメイドさんが、開けてくれた先にはいよいよ、今世の家族が待っているであろう食卓へと足を踏み入れる。


 ——ゲームで見た時よりも広い…


 私がプレイしていた『零太』の自室部屋も広かったけれど、食事場所ともなれば更に広かった。


『恋クリ』のプレイ画面では煌びやかそうな空間は演出できても空間の奥行きなどの演出は技術的に不可能だったのだろう。


 大きい食卓の上には同等のサイズの白い布が敷かれており、1人ずつライ麦パン、ゆで卵、サラダが置かれている。


 そして、私の目の前には笑顔で私を待ってくれていた今世の家族の姿が目に飛び込んで来た。


 前世で零太をプレイしていた時に何度か目にした事はあったが、現実で会うのとモニター越しで視界に入れるとは全く異なる。

 

「ご機嫌よう、零夜お父様、零華お母様、零士お兄様」


 私の中で溢れんばかりの嬉しさと興奮を噛み締めつつ『なんちゃってお嬢様言葉』を朝と同様、そのまま使用する。この挨拶が通じることは先程のメイドさんでわかっている。


 そして、目上ともなればゆっくりと腰の重心を少し落としカーテシーの動作も付け加えておく。


 ちなみに、私が転生した先の『月夜つくよ伯爵家』は全員の名前に全て『零』が共通しているのが特徴的な家系だ。、


「あのお転婆な零が、貴族の挨拶をいつの間にか習得しているとは………ふっ…いや、何、もちろん、いい事さ」

「ぷぷ…あなた、せっかくの零ちゃんの挨拶を笑ってはいけません」

「零、どうしたんだ?」


 ………どうやら、私が目覚める前の零お嬢様は、相当なお転婆な様子だったらしい。


 ただ挨拶をしただけなのに、ここまで笑われてしまうとは思わなかった。


「零、そんな行儀良く挨拶せずに、早く椅子に座っていつものように朝食を取ればいいさ」

「父上はその度に零を注意していたけどな」

「零士だって、あんな零は嫌だろう?」

「否定はできん!!」


 零士お兄様と零夜お父様がお互い軽く睨み合い、零華お母様はそんな2人を微笑ましく眺めている。


 ——この感覚、すごく懐かしく感じるなぁ…


ーーーーーー

ストーリーはかなりスローペースで進んでいきます。申し訳ないです。

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