第18話 スタートアップ!
起業を決意した翌日。一同はリビングで作戦会議を開いた。
今日からは起業に向けて具体的な行動を起こしていく。そのためまずは計画を練ることにしたのだ。
「おほん。皆様、今日はお集まり下さり誠にありがとうございます」
形式ばった挨拶で昌義が切り出す。
「これより、会社設立のための作戦会議を始めたいと思います!」
「「よろしくお願いします!」」
参加者は美景と渚のたった二名。しかも従業員になるのも彼女達だけ。小さなスタートアップだった。
だが今はこれでいい。最初は自分達が食べていけるだけのお金を稼ぎ、それから少しずつ会社を大きくしていけばいいのだ。
「今日の会議の目的は『会社設立までの課題をいかにクリアするか』を議論することです」
「課題、ですか……」
渚がコテン、と小首を傾げた。
「そう。パソコンで言えばセットアップ。俺達は今まで会社に入れてもらってたけど、今回はその会社を作るわけだ。やることは山積みだ」
「なるほど! で、何をすればいいんですか?」
「問題はそこなんだよ。ぶっちゃけ、会社ってどうやって作るの?」
ずこーっ!
美景と渚は盛大にずっこけた。
「いやぁ、無知で申し訳ない。会社の作り方なんて教わったことないから何から始めて良いのやら……」
「確かに学校で教えてくれるのは会社の入り方と入った後の働き方だけですからね」
美景の言うことは的を射ている。学校で教えてくれるのは労働者に必要な知識やノウハウで、経営の知識は教えてくれない。全て自分で学んでいくしかないのだ。
「そういうわけで、会社を作るまでのことは二人にも手伝ってほしいんだ。もちろん俺が中心になって推進していくつもりだけど、至らないところもあるだろうから二人にアシストしてほしい」
「もちろんです! 真田さんだけに任せるつもりはありません。高坂美景、真田社長を一生お支えするつもりです!」
「わ、私も拾ってもらった恩は忘れません!」
二人のやる気は十分だ。もちろん彼女達も会社の作り方は知らないが、三人寄れば文殊の知恵と言う。協力すればすぐに作れるはずだ。
「それじゃあ、今日のゴールは『会社設立に必要なToDoリストを作る』にしよう! ネットで調べるのもいいけど、気分を変えて図書館に行ってみるのはどうかな?」
「賛成です!」
美景が二つ返事で了承する。
「私も賛成です。でも、高坂さんは時間大丈夫ですか? 今日もお仕事じゃ?」
「あ、会社は辞めるってメールしたから平気です。社長のセクハラがひどいから即日退職することにしました」
「すごい行動力です……」
*
そんなこんなで三人は市立図書館にやってきた。
「平日なのに人が多いですね」
美景が人の多さに圧倒される。エントランスから窺う閲覧室はほぼ満席。皆机に噛り付いて黙々とペンを走らせていた。
「夏休みだからね。受験生でいっぱいだよ」
「受験……。思い出したくもないですね……」
渚が大きなため息をついた。
「土屋さん、たくさん勉強してたんだ。偉いね」
「真田さんは受験どうでした?」
「俺はスポーツ推薦でほぼ遊んでた」
「……高等遊民です」
「二人とも、あそこに丁度三席空いてますよ」
美景の案内で空席を確保する。閲覧室のほぼ真ん中で受験生に囲まれる形になり、なんだか場違いな気持ちになってしまった。
それから三人はめぼしい資料を集めて集合した。
「早速作り方を学んでいこう」
「私も学びたいです」
美景が顔を寄せて本に視線を落とす。ヘアオイルの優しい香りが鼻にくすぐったい。
さて、昌義が開いた本のタイトルは『会社の作り方』。起業初心者向けのビジネス書だ。もちろん彼が言う「作り方」とは会社のことだが、主語が抜けている。
そのおかげで周辺の受験生達にあらぬ誤解を与えていた。
(男と女で学ぶ作り方……)
(一体何を作るんですかねぇ……)
(くそ、いちゃつきやがって……)
(あー、下半身がイライラするー)
夏を制する者は受験を制す。来たる受験に向けて一心不乱に勉強する受験生達だが、我慢のし過ぎでストレスマックス。おかげでついふしだらな妄想をしてしまう。
「ふむふむ……。なるほど、(会社を)作るのは案外簡単なんだな」
「わ、私にもできますか?」
渚も反対側から覗き込んできた。こちらからはリンゴのような甘い果実の香りが漂う。
美景と渚、二人の女性に挟まれてお花屋さんにいるみたいな気分になる。
他方、周辺はにわかにざわめき始めた。
(二人も女を連れ回す精力があれば簡単に作れるだろうよ)
(ふひひ……お兄ちゃんとおねんねしましょうね~)
(まったく、小学生は最高だぜ!)
精力とストレスが限界突破寸前の受験生達の心を無自覚にかき乱していることなど露知らず、昌義は必要な箇所をメモに取る。
会社を作るためにすべきこと。
まずは会社の概要を決める。概要とは社名、代表、資本金、事業目的などだ。
代表は昌義で事業はシステム開発の請負とすでに決めてある。
「名前はどうしよう。全然考えてなかったな」
「時間はありますからじっくり考えましょう」
「愛着の湧く素敵な名前が良いですね」
(赤ちゃんの名前決めは醍醐味だよな)
(それは性別決まってからじゃないの?)
(キラキラネームは自重しろ!)
それらが決まったら定款を作成し、登記すれば会社は設立できる。その後、役所に書類を提出したり銀行口座を開設したりとやることはたくさんあるが、一つ一つは難しくない。
「なるほど。これならすぐに作れそうですね」
「うん。早速家に帰って作る準備をしようか」
「はわわ~。緊張するけど楽しみです!」
必要な情報が集まり、後は行動あるのみ。昌義達は席を立ち、念のため資料を借りて引き上げることにした。
(これから作るのか!?)
(盛りのついたサルめ!)
(俺達が受験で苦しんでるのに、お前は受精させるのか!)
(ちょっと待て! あの女の子も毒牙にかけるのか!?)
(お巡りさん、こっちです!)
そんな彼らの背中を受験生達は怨嗟と羨望の眼差しを向けていることを当人達がしるよしはない。
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