第9話 「いいお嫁さんになれますね」
その日は女性陣の生活の準備に時間が費やされた。昨晩は急ごしらえで寝室をあてがったが、今日は正式に部屋割りを決めた。
女性陣には家族の部屋を貸すことにした。家族の部屋は主がいなくなっても当時の姿を保っているのですぐにでも使ってもらえる。
「高坂さんは両親の部屋を使って。ベッドは手前、母の方をどうぞ」
「は、はい! お父様、お母様……高坂美景です。しばらくお世話になります」
部屋の入り口でいたく畏まった顔でなぜか一礼する美景。まるで結婚の挨拶だ。
「土屋さんは妹の部屋を」
「わぁ、可愛い。おしゃれな部屋ですね」
渚には妹の部屋を貸した。白ベースのドールハウスチックな内装は妹の好みで、渚は目を輝かせている。
部屋割りが終わっても調度品を揃えたり美景が荷物を取りに行ったりで真田家はてんやわんや。いつの間にか夕食時に差し掛かっていた。
「二人とも、一日お疲れ様」
「お疲れ様でした、真田さん。お部屋を整えてくれてありがとうございます」
「わ、私からもありがとうございます。お金まで借りてしまって申し訳ないです……」
「お金はそのうち返してくれれば良いから」
渚は日用品の購入のため昌義から借金をした。今のところ返済の目処はないが、渚のことだから忘れずに返してくれるだろう。
「それじゃあせっかくだし乾杯しようか。同僚じゃなくなったけどこうしてうちに集まったのは何かの縁だし」
「ぜひしましょう! うふふ、二日連続で真田さんと乾杯できるなんて……」
「それじゃあ、土屋さんお久しぶり。あと無職おめでとう、俺。そんな感じでかんぱーい!」
多少の冗談を交えた音頭で缶ビールを掲げる。女性陣もドリンクを掲げてぶつけ合った。
「ぷはぁー、美味しい。久しぶりに落ち着いて飲むお酒は美味しいです」
「土屋さん、そんな強い酒ぐいぐい飲んで大丈夫?」
安堵する渚が飲むのはストロング系酎ハイ。しかもロング缶。小学生みたいな渚がストローでちゅーちゅー吸う姿は見てる昌義達の脳をバグらせる。
「この鯛の唐揚げも美味しいです~」
「本当だね。塩加減、揚げ加減が良い感じ。あんかけも高坂さんが作ったの?」
「は、はい! 気に入ってもらえて良かったです!」
今日の夕食は鯛の唐揚げ定食。美景が疲労をものともせず「お世話になりますから」と張り切って作ってくれたのだ。甘酸っぱいあんかけのかかった唐揚げはご飯とビールによく合い、まさに絶品である。
「ご飯が進む味で幸せです。高坂さんは良いお嫁さんになれますね」
「そ、そうでしょうか?」
「はい。真田さんもそう思いますよね?」
「え、俺?」
とんだキラーパスに黙り込む。
嫁に行くことが女性の幸せとは限らないこの時代にそれが誉め言葉になるとは限らない。むしろ不快感を与える危険性を孕んでる。不動産屋時代、先輩女性社員の手作り弁当を褒めたら「セクハラ!」と怒られたものだ。
「さ、真田さんもそう思いますか?」
美景が上目遣いで尋ねてきた。どこか居たたまれない顔をしているのはナーバスな話題に触れたせいだろう。
(俺なんかに結婚をとやかく言われたくないよな)
「そ、そうだね。俺は高坂さんの料理、好きだよ」
「ほ、本当ですか!? よ、良かった……。お味噌汁と和え物はたくさんあるのでおかりしてくださいね!」
と、結婚の話題から逸れつつ料理の腕前を褒めた。美景の料理は本当に美味しいので嘘はない。
作戦は大成功。美景はご機嫌にハイボールに酔いしれるのだった。
「そういえば、真田さんはどうして会社を辞めたんですか? やっぱりあの社長に愛想が尽きましたか?」
酒と食事が進んで顔を赤くした渚が尋ねてくる。ナーバスな話だが酔っぱらったせいで遠慮がない。もっとも、酒が回ったのは昌義も同じなのであっさり口を割った。
「『もう会社に来なくていい』って言われたんですよ」
「えぇ!? それってクビ!? 一体何やらかしたんです!?」
「こんな短期で納品できませんって言ったら無能はいらないって追い出されたんです」
「そんな……ひどすぎます」
渚は我がことのように悲しんでくれた。
昌義にはそれが嬉しかった。済んだことだが自分の味方をしてくれると救われる。
その横の美景はコロコロと笑っていた。
「少し違いませんか?」
「え、何が?」
「真田さんがクビにされたのは『社員を駒扱いしないで!』って言ったからです。社長はそれが気に食わなかったんですよ」
「そうなんですか!? 真田さん、かっこいいです! ドラマの主人公みたいです!」
「そ、そんな大袈裟な……。俺は思ったことを口にしただけですよ」
「それが素敵なんですよ」
先ほど以上に機嫌を良くして美景が褒めてくる。一方、突然褒め殺しされた昌義は照れ隠しに黙って味噌汁をすすった。
昌義に特別なことをした意識はない。亡き晴信にとって会社は家族で、自分にとってもかけがえのない仲間だ。それを無体に扱う勝四郎が許せず、衝動的に食ってかかっただけのこと。その結果が無職なのだから自慢することではない。
「確かになかなかできることじゃありませんね。真田さんはそのうち大きなことをしそうです」
「ほ、褒めても何も出ませんからね」
「うふふ、照れちゃって可愛い」
「高坂さんまで……」
尊敬のまなざしを向ける渚。酔ってからかってくる美景。
昌義は表情を隠すようにビールを一気に飲み干した。女性二人から主役に持ち上げられるのは面映ゆい。
とはいえやはり女性から尊敬の眼差しを向けられるのは嬉しいのであった。
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