[EPIC>|<EPOCH].00 > I finally made my own decision, and then ***.

[ 37*かくごのおもさ ]

 ミツキの渾身の攻撃を、カガンはまるで赤子をあやすように軽くいなしていく。


「誰が貴様に技を教えたか忘れたか? 素直に”お仲間”に助力を請うた方が良いのではないか?」


「うるさい」


「貴様はただの駒だ。何もかもを失くし、代わりに強さを得た駒。そろそろ気は済んだだろう、七号。駒とはいえ、貴様は貴重な駒だ。正直なところを言えば、失うには惜しい。今ならまだ、許してやるぞ」


「俺は、ミツキ・ウォルケットだ」


「そうか。捨てた人間性を取り戻した、とでも言うつもりか? それは、せっかく得た強さを捨てるということだぞ」


「俺は、この道を選んだ」


「ならば、せめてもの親心だ。人間として殺してやろう、ミツキ!」


 ミツキは一気にカガンの懐へと飛び込んだ。

 そのあまりにも無謀な行動を素直に好機と捉え、カガンは少しの手心を加えることもなく、手にした刀でミツキの体を貫いた。

 それに対し、カガンとミツキ、二人は同時にニヤリと不敵な笑みを浮かべる。

 その思惑を察したカガンはとっさに刀を手放して距離を取ろうとするが、それよりも早くミツキの刀が鋭くその身に迫る。


「甘く見たな! 捉えたぞ、ヴィクトル・カガン!」


「貴様!」


 しかし、その切っ先はカガンの首元スレスレで止まった。


「……あんたには、恩がある」


「……そんな甘さは捨てさせたはずだ」


「必要だと思ったから、拾いなおした」


「……冥途の土産に教えてやろう。貴様の故郷を焼いた賊は、アルヴェインの命で私が放ったものだ」


 カガンはそう叫ぶと素早く身を動かし、懐の隠し刀でミツキへと斬りかかった。


「本当は分かっていたのだろう? それでもお前は、自分自身の保身のために、故郷の仇に対し尻尾を振り続けた!」


「貴様!」


 ミツキはその反撃を的確に打ち払い、 勢いのままにカガンの胴体を袈裟切りにした。

 鮮血を噴き上げて倒れながら、カガンはミツキへと最期の呪いの言葉を掛ける。


「そうだ。その目だ。貴様は鬼だ。修羅だ。けして、人間などではない」


 そのままカガンは地に倒れると同時に絶命し、胴体に刀が刺さったままのミツキもまた、力を使い果たしたようにその場に膝をついた。

 ステラが慌てて駆け寄る中、ミツキは残る力を込め、刺さった刀を一気に引き抜いた。すぐに傷口から血が溢れ出すが、それをステラは必死に手で抑えつつ、魔法の力で癒し始める。


「無茶苦茶よ、どうして平気でそんなことができるの」


「……急所さえ外せば、お前がなんとかしてくれると思った」


「あんた、いいかげんにしなさいよ。この貸しは高くつくからね」





 一方で、迷いを捨てたアルとアルガダブの戦いは続く。

 憎悪ゆえではなく、己が道をこじ開けるための戦い。


 けれど、お互いに消耗が激しく、どちらの攻撃もその思いの強さとは裏腹に、なかなか決定打には届かない。

 そうした流れの中、アルガダブがふいに好機を得て、一歩踏み込む。

 一瞬の内に危機に瀕したアルは対応が追い付かず、その直撃を覚悟するように身構えた。


 しかし次の瞬間、何者かが突然アルガダブへと横から飛び掛かり、その巨体を吹き飛ばした。


「お姉様! やっと追いつきました!」


「スティグマ?」


「私、お姉様にお聞きしなければいけないことがあるのです!」


 その二人の会話を邪魔するように、素早く態勢を立て直したアルガダブが、再度攻撃を仕掛ける。


「何よあなた! 邪魔をしないで!」


「こちらのセリフだ!」


 そうして今度はスティグマとアルガダブの戦いが始まったが、その決着はすぐについた。

 消耗しきったアルガダブと、万全の状態のスティグマ。

 その一方的な戦いを制したスティグマは、地に倒れたアルガダブを蔑むような視線で見下ろす。


「これが、レムナントの、人類を殲滅すると息巻いていた軍団の長? がっかりもいいところね」


 どうにか立ち上がろうとするアルガダブに対し、スティグマはその体を容赦なく踏みつけた。

 そのまま力を込め、アルガダブの胸の装甲を軋ませていく。


「このまま砕けてしまいなさい」


 ついに力負けしたアルガダブの装甲にヒビが入り始めると同時に、アルが叫び声を上げ、スティグマの行為を制止する。


「もうやめて、スティグマ!」


 その声にスティグマは素直に足を下ろし、本題へと戻るように、アルの方へと向き直った。


「そうでしたわ、お姉様。こんなことをしている場合ではありませんでした」


 スティグマはそうして話を続けようとするも、レディがホバー艇から声を掛けて制止したため、それは中断された。


「話なら移動しながらでもできるだろう。まだスルールが残っている。時間を無駄にしている余裕はない」


 その言葉にアルは頷いてホバー艇へと向かって歩き出し、仕方なくスティグマもそれを追って歩き出した。





 ラヴィは、地面に倒れたまま動きを止めたアルガダブの元へと静かに歩み寄った。


「まだ、生きてるんだろ、アルガダブ」


 答えはない。

 そのままラヴィはゆっくりと周囲を見渡していく。

 視線の先には、カガンの死体。その他にも、無数のヒトやゴーレムの死体の山。


「みんな、信じてたんだよな。みんな、自分が正しいと思う道を突き進んで来たんだよな。あたしには、それが間違ったことなのかは分からない。けど、やっぱこんなのは、……酷いよ。答えてくれよアルガダブ。お前は、分かっててここまで来たのか?」


 またも、答えはない。

 ラヴィはただ答えを待ち続けるが、アルガダブは沈黙したまま、なんの反応も見せない。

 そうして数分の時間が流れ、その沈黙を破るように、レディの焦れたような言葉が響いてきた。


「ラヴィ! 来ないのか!」


「待っててくれ、すぐ行く!」


 ラヴィはもう一度だけアルガダブに視線をやり、やはりなんの反応も無いのを確認すると、ホバー艇の方へと向かって走り出し、その場を去った。





 それから、砂漠を疾走するホバー艇の上で、あらためてスティグマはアルへと質問を投げかけた。


「お姉様は一度、世界を滅ぼしかけたのですわよね」


 その無神経な内容に、ラヴィが怒りを露わに口を挟む。


「お前、そんなこと軽々しく口にすんじゃねえよ。デリカシー、ってもんはねえのかよ」


「あなたに言われたくはないわね」


「なにぃ!」


 激昂し、今にもスティグマに飛びかからんとするラヴィに対し、アルは至って冷静な態度でそれを抑えつつ、スティグマの問いに静かに答えた。


「いいんです、ラヴィ。少なくともこの体は、たしかにアレキサンドライトのものなんですから。……そうだよ、スティグマ。その通りだよ」


 そんなアルの毅然とした態度に対し、スティグマはいつもの無邪気さの中に少しの焦りを滲ませ、さらなる質問を続ける。


「それで、どうやったんですか、その時は?」


 それにアルが何かを答えようとするのを遮り、今度はレディが口を開き、スティグマへと問いかけた。


「なぜ、そんなことが気になる?」


「私は、やらなきゃいけないの。私は、世界を滅ぼさなければいけないの」


 真剣な表情でそう告げるスティグマの姿に、全員の視線が集まる。

 一瞬、誰もが言葉を失くし、少しの間を置いて、ラヴィがいささか間の抜けた声を発した。


「は?」


 それに続き、レディが真剣な表情を崩さないまま、スティグマへの言葉を続ける。


「アシェル・オーラームがそんなことを?」


「なぜ、それを?」


「やはりな。ただの勘だ。詳しいことは知らないし、興味もない。そんな世迷い事は、無視すればいい」


 そのあまりにもぶっきらぼうな言い回しに、スティグマは興奮を露わに声を荒げる。


「あなたに何が分かるって言うの! マザーは、マザーは……、子供がいないから審判に値しなくて、それで罰を受けてしまって、それで……神様のところに行けなかったから」


「それ見ろ、世迷い言だ」


 そのレディの言葉に被せ、それをとにかくただ大きいだけの声でかき消そうとするかのように、スティグマは叫ぶ。


「だから私は! マザーの産んだ娘として、今度こそ本当の終末と最後の審判をもたらさなきゃいけないの!」


 そう叫んだきり、スティグマは黙り込んだ。

 一同が唖然として沈黙する中、レディはスティグマの興奮が多少は収まるのを待つように少しの間を置いてから、静かに言葉を続けた。


「……肝心なのは、お前自身がそれを望んでいるのか、ということだ」


「私?」


「そう、お前だ。お前自身は、この世界を破壊したいなどと本当に思っているのか」


「……だって、この世界は酷くて、ヒトもゴーレムも戦争を忘れられない醜い存在で……」


「屁理屈などどうでもいい。お前がどうしたいかを聞いている」


「私はマザーの……」


「マザーの言いなり、か? アシェル・オーラームのことなど聞いてはいない。お前のことを聞いている。答えろスティグマ。お前は何がしたい?」


 スティグマはただ俯き、黙り込む。

 それを見つめ、レディは深い溜め息をついた。


「……想いを託される、というのは、けっして一方的なものではありえない。それを受け止める側にも、相応の覚悟は要求される。託された想いに対し、自分自身心からそれに賛同し、自分のすべてを投げうってでも遂行する。それは、結局は自分自身の意思だ。自分の決意であり、覚悟であり、言ってしまえばただのエゴだ。そう心から思えるものでないのなら、それは託されたとは言わない。そんなものは、ただの押し付け、だ。そんなのはただ邪魔な重荷でしかない。捨ててしまえ」


 スティグマは俯いたまま、黙り続ける。

 レディはまた怒気を孕んだ溜息を一つつき、独り言をつぶやいた。


「どうしてこうどいつもこいつも、素直に生きられないものかな」


 それきりレディも黙り、その後を継ぐように、今度はラヴィがスティグマへと声を掛ける。


「……なあ、スティグマ。お前がなんかよく分かんない頼まれごと抱え込んじゃってしんどいのは分かったけどさ、でも、もう少し考えてみてくれよ。あたしがさ、あたしたちが、この世界も捨てたもんじゃないってとこ、きっと見せてやるから。だから、もう少しだけ、極端な道を選ぶのは待っちゃくれないか」


 そのラヴィの穏やかな言葉に、スティグマは視線を上げ、ラヴィの目を縋るように見つめた。


「ラヴィ・アトルバーン……」

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