[ 33*きせきのもたらすもの ]

 ようやく戦場へと姿を見せたダーギルは、群衆に遅れを取りながらも、それを追ってグリズリーの模造戦車を走らせていた。


 カガンとも連絡がつかなくなり、もはや自分の身は自分で護るしかない。

 このままでは、自分はアルヴェインの捨て駒として使い潰されて終わってしまう。

 そうした恐怖と焦燥にかられ、ダーギルはなりふり構わずに進み続ける。


 やがてその視線が、並走する小型戦車とホバー艇の姿を捉えた。

 ラヴィとステラ。

 自分を裏切ったラヴィへの憎悪。

 自分をこんな状況へと追い込んだ者たちの片割れ、その娘であるステラへの憎悪。


 ダーギルの思考を、復讐への熱が満たし始める。

 ダーギルは戦車を熊の形態へと起こし、憎き敵の姿へと襲い掛かった。





 背後から突然の攻撃を受け、フリスビーと異端審問官の少年がとっさに迎撃に移る。

 しかし、歪な高笑いを上げながら襲い掛かるダーギルに対し、戦場を駆ける中ですでに相応の消耗をしている二人は苦戦を強いられてしまう。


 グリズリーの弾薬は底を尽きかけ、少年の方も明らかに息が上がり始め、潤沢な火器で弾幕を張るダーギルの戦車にジリジリと追いつめられてしまう。

 そんな中、少年がついに被弾し、鮮血を飛び散らせた。

 そこに追い打ちをかける攻撃を素早く回避し、少年は一旦敵から距離を取る。


「もういい、引きなさい! いくら魔法が使えるからって生身で立ち向かえる相手じゃない!」


 そのステラの叫びに対し、少年は口の中で小さく反抗する。


「……俺にだって、矜持ぐらいはある」


 少年は意を決し、飛び出した。

 傷つき疲弊した体に鞭を打ち、無理やりに底力を発揮させる。

 敵の猛攻をかいくぐり、グリズリーが牽制を掛けてくれた隙に上手く敵の懐へと潜り込む。

 そのまま、なけなしの力を振るい、敵の戦車の脚を打ち砕く。

 それで精いっぱいだった。少年の体は制御を失い、勢いのまま砂の上を転がっていく。


 少年の傷を癒すためにステラが急いで駆け寄る一方、グリズリーの背に乗ったラヴィは、姿勢を崩して転倒した戦車の下敷きになって足掻くダーギルを見下ろす。

 そして、ラヴィはグリズリーの背から降り、その哀れな姿へと手を差し伸べた。


「……もう、いいでしょ、おじさん。もうやめようよ、こんなこと」


 そんなラヴィの行動に、ステラは叫び声を上げ、慌てて進路を変える。


「ダメよラヴィ! 迂闊すぎる!」


 ラヴィはその声を無視し、ダーギルへとさらに一歩歩み寄る。

 ダーギルはその手を驚いた表情でじっと見つめたまま、動きを止めている。


「手を取ってくれよ。それだけでいいんだ。それだけのことなのに、なんで皆……」


「ラヴィ……、私を、許すというのか」


「許すよ! だから、もう終わりにしようよ。過ぎたことに囚われてたって、前には進めないんだ。だから……」


 そのラヴィの言葉に、ダーギルは狂ったように笑い出した。


「……お前が私を許すなど、おこがましい事だとは思わないのか⁉」


 ダーギルはそう叫ぶと、懐から拳銃を取り出し、その銃口を素早くラヴィへと向けた。


「ラヴィ!」


 ダーギルの叫びとステラの叫びが重なったその瞬間、銃弾は放たれた。

 全速力で駆け寄ったステラがラヴィの体を突き飛ばし、まっすぐに飛ぶ銃弾はラヴィの代わりにステラをその餌食とした。それを胸に受けたステラは鮮血を迸らせながら、その場に倒れこむ。


「ライド・ダーギル!」


 次の瞬間、フリスビーが怒りの雄叫びを上げ、その鋼鉄の拳でダーギルの体を一撃で粉砕した。


「ステラ!」


 すぐさま態勢を立て直したラヴィは、悲痛な叫びを上げ、慌ててステラの体を抱き起こす。

 もう意識はない。胸に空いた穴から、血が流れ続けている。


「嘘だろ! おい、おい、ステラ! しっかりしろよ! 魔法だ! 魔法で自分を治せ、できるだろ、お前なら! ステラ!」


 どんどんと血は流れ続ける。顔からは血の気が引いていき、体も冷たくなっていく。


「ダメだ! いくなステラ!」


 フリスビーはそんな叫び続けるラヴィの傍らに立つと、静かに声を掛けた。


「……お嬢様。ステラ嬢はもう……」





「まだだ。まだ、何かあるはずだ。何か……!」


 急速に熱を失っていくステラの体を抱きしめ、ラヴィは叫び続ける。


「ダメだ。絶対に諦めてたまるか。友達なんだぞ、こんなの……」


 ラヴィの瞳からは、涙がとめどなく溢れ出す。


「生きろ。生きろステラ。まだ、まだこれからなんだろ、あたしたちの時代は。まだ、まだ何も始まっちゃいないのに。なのに、……絶対に終わらせたりなんかしない!」


 その願いに呼応するように、ラヴィの胸元から微かな光が零れ出す。

 次の瞬間、ステラの体が微かに震えた。とても弱々しいが、鼓動を感じる。

 ラヴィはその事態に希望を抱き、さらに強く願う。


「そう。そうだ、ステラ。諦めるな。生きろ、生きるんだ」


 ゴボっという喉の水音とともに、ステラは息をした。喉の奥の血を吐き出し、荒く息をつく。溺れていた人間がようやく岸にたどり着いたように、咳きこみながら、必死に息をする。


「ステラ!」


 だんだんと生気を取り戻していくステラの様子に安心したように、ラヴィが叫ぶ。

 それに対して、ステラの方は状況が飲み込めていない様子で辺りを見渡す。


「何? 何が起きたの?」


 そうして二人はようやく、ラヴィの胸元から眩い翠色の輝きが溢れているのに気が付いた。

 ラヴィは呆然としつつ、胸元からそれを取り出した。

 父の形見の、月の石。


 それから二人は、頭上の空の変化に目をやった。

 プシュケーの奔流。空を埋め尽くす、翠色に輝く無数のオーロラのような光の帯。


「……奇跡が、起きたんだ」


 ラヴィとステラは、ただ呆然とその光景を見つめた。





 その異様な空の光景を、離れた場所でスルールも見上げていた。


「これはこれは、思いがけない奇跡が起きてしまった、ってとこかな?」


 皮肉めいた笑いを響かせつつ、光の帯の先を目で追っていく。


 遥か北。帯の明度・彩度の差、プシュケーの特性、大気の状態……。このプシュケーの奔流、その源の凡その位置は割り出すことは不可能じゃない。


「……砂漠の果て。それよりもずっと北。高原の辺り、か? そんなところに。よくもまあ、コケにしてくれたもんだ」


 それから視線を動かし、ラヴィを、その手の中の小石を見る。


「あんな小さな欠片一つだけでもこれだけのプシュケーを引き込み、あんな道理に反した現象を発生させて見せるなんて。そりゃあ、みんなアスタリスクを欲しがりもするし、そういう欲を持つ輩から隠したくもなるよな。でももう無駄。全部バレちゃった」


 空の上で、光がだんだんと薄くなっていく。未だに呆気に取られたままの群衆を見下ろし、スルールは薄く笑う。


「まあ、もったいぶることもないか」


 そう呟き、再び傍らのホバー艇のスピーカーに目を向ける。

 スルールはもう一度小さく笑うと、その操作を始めた。


「やあみんな、まさか本気にしたバカはいないと思うけど、爆弾がまだあるなんてのは当然嘘っぱちだ。……ごめんよ、ちょっとした悪ふざけだったんだ。けれど、今空に浮かんだあの輝きは本物だ。分かるよね、あの光がなんなのか。あの光の先に何があるのか。僕は公平さを大切にするから、分かってないバカにもヒントを上げよう。座標だ。これまでみんながずっと欲し、探し求めていた物の座標。さあ、勝負を再開しよう。早いもの勝ちだ。一番早くそこに辿り着いた者が、世界を好き勝手にできる。その場所は――」


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