300:クローチェも合流
クローチェは眉根を下げ、目も伏せがちに近づいてくる。イタズラが見つかった子供のような様子に、俺もシャベルを構える手から少しだけ力を抜いた。
やがて俺の1メートルほど手前で止まると、
「も、申し訳……ないっす」
消え入りそうな声で謝ってきた。
刃を交える形になったこと、そして今まさに手を煩わせていること。居たたまれない心中は察する。だけど、どっちも彼女のせいではないからね。
「……下りよう。地上でロスマリーも心配してる」
手を差し伸べる。向こうもおずおずと手を伸ばしてきて、やがて2つの掌が重なった。それでも罪悪感からか、顔を上げないクローチェ。俺は何も言わず、再び光筒を振って光を灯すと、それを装置へと当てた。
途端、光が返ってくる。それに全身を包まれ……晴れた頃には苔の地面の上。
「大丈夫?」
初めての転移を終えたクローチェに声を掛ける。彼女は首を上下に動かして、一瞬前まで居た樹上と今居る地上とを見比べていた。
「す、凄いっすね……こんなことが……」
この様子は演技には見えない。やはりウィドナ(畠山)からは何も聞かされていないんだろうか。ヤツ本人は(キングとも組んでるし)確実に「転移」という現象は把握してるハズだが……味方陣営にすら共有しちゃいないようだ。
「クローチェ!」
ロスマリーが駆け寄ってくる。
「やっぱり普通の状態なんだよ」
ポーラも遅れてついて来ていた。
みんなが集まったところで、俺は改めてメガネを掛けてみた。やっぱりクローチェの体の中には、黒い煤のような物がハッキリ見える。昨日、エレザの背中に見たのより遥かに大きくて、深く入り込んでいるような印象だ。
「なんか分からないけど、ボクも掛けてみたいんだよ」
ポーラがそう言うのでメガネを貸し与えてみる。そしてクローチェを見て、
「うわ。なんか黒いのが……コレがアキラの言ってた床オナとかいうヤツなんだよ?」
「うん。正確にはヤツの力の一部って感じなんだろうけど」
ヤツの本体は、やっぱりウィドナの中に巣食っている特大のモヤだと思われる。顔まであったしな。
「このメガネ、クローチェ本人に着けさせることって出来るのでしょうか?」
「え? ああ、その発想は無かったな」
でもそうだよな。取り憑かれている本人だって、メガネを掛ければ見える可能性は全然ある。ほぼノーリスクと思われるし、試してみようか。
俺はロスマリーに頷き、貸してあげてと目で促した。
「動かないで下さい。着けますわ」
俺が彼女に最初にしてあげた時のように、正面からメガネのツルをクローチェの耳に掛けてやった。
そして、自分の体を見下ろしたクローチェは、ハッと息を飲んだ。
「こ、こんな黒いのが……ウチの体の中に」
そのまま絶句してしまう。そりゃそうだよな。
「実際、いつからなのでしょう?」
ロスマリーに質問されるが、俺も明確な答えを出せない。流石に俺が来てから(ないし同時)だとは思うんだけど、時間軸まで歪んでいる可能性もあるんだろうか。女神さんにコッソリ訊ねてみると、そこは否定してくれた。
「多分、俺が来てから? 俺と同時期に……異世界から来るキッカケがあったハズだから」
交通事故の詳細やら話すのは難しそうなので割愛。まあ車というアイテムが出来たから、以前よりは理解しやすいかもだけど。
「それは……良かったっす」
絞り出すような声音。
色々と複雑な感情が胸に去来しているのは、傍目にも察せられる。ここまで、それこそ人格を無視したような術はライン越えだもんな。ウィドナ本来の意思でやっていたワケじゃないと知れて、きっと安心もあるんだろう。なんだかんだ言っても、共に何年も過ごした相手だもんな。
「……はい。ワタクシもそれを聞けて安心いたしました」
ロスマリーも、言わずもがなだよね。
少し場がしんみりしかけるけど、今は浸らせてあげられる時間は無い。悪いけど、話を進めさせてもらう。
「それじゃあ……クローチェの中の黒モヤを退治してみようか」
これがまずはマストだ。
「出来るんですの!? そんなこと」
「確約は出来ないけど……試したいアイテムがある」
俺はクローチェを見た。驚きは無く、むしろ見当は概ねついているという感じの表情をしている。
まあ元は彼女の「操られている時は光を」という言葉が呼び水になって出てきたレシピだからね。案の定、
「光を出すアイテムっすね? さっきの光石の強化版みたいな」
「やっぱり分かってるのか。黒モヤの弱点が光だって」
「……操られている時に、偶然光石の光を間近で浴びたことがあるんすよ」
クローチェは少し目を細めるようにした。その時のことを思い出してるのかも。
「それで意識が戻ったということですの?」
「そうっす。一時的だったっすけど……なんというか縛られていた縄が緩んだような感覚というか」
多分、言語化が難しいんだろう。渋い表情で口を曲げている。こればっかりは、操られてみないと分からない感覚なのかも知れないな。
「妖精郷に転移してくる時も、転移装置の反射光を至近距離で浴びたもんな」
「はいっす。けどきっと術? も強力だったハズっすから、それで意識の混乱が起きたんだと思うっす。自分で自分が何をやっているのか分かってなかったっすから」
突然、木登りし始めたもんな。まあ日常的に退避行動=木登りという形になってるから、意識混濁状態でもそれが出たんだろうと思うけど。
「並の光では、完全に払拭するのは難しそうですわね」
「うん。けど俺が持ってるライトは……退魔の光筒。邪悪なる力を退ける力がある」
きっと覿面な効果を発揮してくれるハズだ。
俺はカゴを地面に下ろし、中からその光筒を取り出した。
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