70:凛と一射

 あの後、落ち着いたエレザと改めて話して。

 償い云々はひとまず置いておいて、取り敢えず巨大豆を撃とうということになった。


「それが私のなすべき事だな」


 使命感に燃えているようで、入念にスリングショットの感触を確かめている。

 ああ、いや。普通に顔がニヤけてるな。ずっと欲しかったオモチャを買ってもらえた子供そのものだ。


「肩から二の腕に沿うように構えるから胸には当たらないハズだよ」


「あ、ああ! こうだな!」


 言われた通りに構えるエレザ。ウキウキじゃん。


「なるほど。これで狙いをつけて……弓の弦より遥かに伸びるな」


「そのおかげで、そんな小ささで威力が出るんだ」


「そういう仕組みか。こんな不思議な素材で小弓を作れてしまうなんて……錬金術はやはり素晴らしいな!」


 嬉しそうだ。いつも大人びている彼女だが、こうなればただの19歳の女の子だな。


「どう? 撃てそう?」


 コクンと頷いた顔は、自信満々だった。

 試し撃ちということで。森の1層に生えている木に何発か矢を撃ち込んだ。狙い違わず幹を捉え、


「あぁ……」


 至福、という感じだ。


「本当に弓矢が好きなんだね」


「ああ。子供の頃の数少ない楽しかった思い出だ」


 ……お母さんを早くに亡くしてるんだもんな。


「ありがとう。また弓を触らせてもらえただけで……本当に幸せだ」


 大袈裟な、と言いかけたけど。ゴムツタやスリングショットの発想が無ければ、二度と弓矢に触れること叶わないまま、生涯を終えていた可能性は全然あったんだよな。

 ただその発想も、別に俺が苦心して捻り出したものではないから、やっぱり人類の試行錯誤の上澄みだけ掬ってるような罪悪感はあるが。


「まあでも。悪用してるワケじゃないからさ」


 結果としては、女の子を1人大喜びさせただけだ。

 俺は頬を緩めながら、エレザへと近付いていく。


「な、ナデナデか?」


「え?」


 普通に出発しようと声を掛けるつもりだったんだが。


「さっきも抱き締めて撫でてくれた時、アキラはそうやって優しく笑っていたから」


 ああ。また同じことをされると思ったのか。

 ……嫌がってる雰囲気は少しもない。どころか、期待した上目遣いで見てくる。可愛らしくて、思わず抱き締めていた。


「ん」


「エレザは可愛いなあ」


 さっきと同じように、頭の天辺からポニーテールの辺りまで。お乳の感触も素晴らしいけど、なんかそういう気分でもなかった。

 結局、5分ほどナデナデしてから、俺たちはようやく密林へと出発するのだった。






 3度目ともなると、エレザより俺の方が先導する形だ。


「しかし、さっきのモンスターは不思議だったな。アキラしか積極的に襲わないのだからな」


「あー。いや、アレは……」


 多分、アイツは男しか狙わない。


「アキラから引き離した後なら、ポーラでも倒せそうだった」


 うん。きっとね、総合的にはクソ弱い部類だと思うんだ。女性しか居ないこの島においては。


「まあ、アイツのことは脇に置いとこう……」


 ちなみに例の花は釜に入れておいた。アレで何か出来るのか、後でレシピ帳を確認しとこう。あんま気が進まんけどな。


「それよりも……本番だよ」


 話しながらも歩を進めるうち……本命が見えてきた。クソデカい豆の木。青々とした茎は、ブロッコリーを思わせるが、遥か頭上に成るのは豆だ。


「アレを」


「うん。お願いしたい」


「もちろんだ。少しでもアナタの役に立ちたい」


 エレザはそう力強く頷いた。

 そういや。いつの間にか、「オマエ」呼びから「アナタ」呼びになってるのも、なんか嬉しいな。かなり心の距離が近付いたんだと思える。


「……」


 そびえる茎の斜め下から、エレザは射的の体勢に入る。距離で言うと……30メートルくらいはあるだろうか。

 脳裏を、豆の木の防御行動の件がよぎる。ミスったら、また絡め取られてしまうかも知れない。


「……」


 今更ながら、命懸けの一射をお願いしている自覚が。もし外して、反撃のツタが伸びてきたら、全力で彼女を引っ張って逃げよう。最悪は盾になろう。

 そんな決意を固めながら、見守る。


 10秒、20秒……

 凛とした切れ長の瞳と、固く結ばれた瑞々しい唇。高い鼻梁と、赤く輝くような髪。

 キレイだ。もしスマホがあったなら、カメラで撮りたいくらいに。


 そして……次の瞬間。


 ――ヒュン


 風切り音に遅れ、スリングショットのゴムが揺れている。放ったんだ、と気付いて、慌てて斜め上を見る。大きな葉の下、豆の付け根へと突き刺さっていた。その衝撃で豆はブランブランと揺れ、矢尻が穿った穴を徐々に広げていき……


 ――ブチン


 微かにそんな音を聞いたような気がして。

 豆が地面へと落ちてきた。


「……」


「……」


 静寂。豆の木は排除行動を取らない。あまりに一瞬で、そして限定的なダメージだったために、攻撃と認識できなかったんだろうか。


「す」


 単音がまず口から出て、


「凄いよ! エレザ! 1発で、あんなに正確に!」


 達人の技を目の当たりにした興奮が、勝手に声を大きくする。

 駆け寄ると、エレザ自身もどこか呆然としていた。


「……こんなに」


「え?」


「こんなに胸が空くものだったんだな。弓は」


 手の中のスリングショットを見つめながら、エレザはそんなことを言った。

 幼少期の思い出も彼女の中で蘇り、特別な感慨を与えているのかも知れない。

 俺は邪魔をせずに、そっとその場を離れ(俺の動きに気付かないほどエレザはポーッとしている)、巨大豆を回収する。胸に抱え持つくらいの大きさだ。シェレンさんの胴回りくらいあるだろうか。


「ともあれ、これで醤油が出来るな」


 レシピを貰ってから、割と時間がかかった。先にシャベルを作ったり、ガーゴイル戦を挟んだり。最終的には弓矢まで必要になったからな。

 そんな紆余曲折を思うと、ちょっと感慨深い。


「アキラ」


 エレザの方はトリップから覚めたようで、どこか晴れやかな顔で声をかけてくる。


「ああ。長居は無用だね。帰ろう」


 そうして。夕焼けの中、足早に密林を抜けたのだった。

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