第31話

 エリシアは光に包まれながら謎の空間に漂っていた。


 周囲には無数の泡のようなものが浮遊し、泡の中にはそれぞれ異なる光景が広がっている。彼女はそのひとつひとつに目を走らせながら、焦りを募らせていた。




「……どこですの?どこに隠しやがったッ!?」




 彼女の視界には、シーフとギャル、リザードがメデューサと対峙するシーン、観光客とレスラーが大蛇と共に雲上の塔を登る様子、さらには市議への推薦状が届き、立候補を決意する自分の姿が次々と現れる。




(どれですの……?)




 浮遊するエピソードのひとつひとつが、どれも違う。コピーされたアノマリーの真の鍵を見つけるため、彼女は必死にその中を探索する。




(コピーはどこ……?)




 エリシアの心が焦る中、遠くにかすかに輝く泡が目に留まった。その光は、他のどの泡よりも鈍く、冷たい。




 エリシアはさらに深く、泡のようなエピソードを探り続けた。




 やがて、他のエピソードとは異なり、どこまでも長く引かれた線に目が留まった。まるで時間を超越して続くような、終わりのない線。


その瞬間、彼女の脳裏に鮮明なイメージが浮かんだ。




 ——エリシアコピー計画。




 それは未来に備えるため、自分自身のコピーを作成するという計画。だがそのエピソードは、ストーリーの最期として描かれていたものの、同時に次の始まりを示唆していた。




(この線……ストーリーの終わりじゃない。次の章の始まり……)




 彼女はエピソードを紐解き、その計画の保管場所に気付いた。




 サンセット街の中心に聳え立つタワー——最初はそこにエリシアが住んでいた。しかし、ストーリーが進むにつれてその場所は巧妙に隠蔽され、タワーではなく、ただの噴水広場に置き換わっていた。




(そういうこと……)




 それは単なる噴水ではない。何かが隠されている。


 彼女は覚悟を決め、アノマリーの真の鍵を掴むため、そのエピソードの線をさらに深く追いかける準備を整えた。




 エリシアは、サンセットの街に降り立った。夕日が低く輝く中、彼女は街の中心にある噴水広場を見つめる。そこにはただの装飾噴水があるだけに見えるが、エリシアの目はその背後にあるものを捉えていた。




 認識阻害術式——その結界を突き破り、目の前の風景が一変する。




 噴水は消え去り、その代わりに高くそびえ立つタワーが姿を現した。古びた石造りの階段がエリシアを誘うように続いている。




「ここが始まりの場所……」




 彼女は目を細め、ゆっくりとタワーを降りていく。だが静寂はすぐに打ち破られた。




 暗い影がタワーの壁を這い、蠢き始める。次の瞬間、闇からガーゴイルが飛び出し、ヴァンパイアたちが霧の中から姿を現す。ゾンビの群れが唸り声を上げ、無数のモンスターたちがエリシアに襲いかかる。




「……下らない」




 エリシアは手を掲げ、破壊のオーラを解き放つ。ガーゴイルは瞬時に石と化し、ヴァンパイアたちは焼け焦げ、ゾンビは風化していく。


「雑魚がぁッ!」


 彼女はひとつのモンスターも残すことなく粉々に粉砕し、悠然とタワーの内部を進み続けた。


 暗闇の中で、アノマリーの気配が徐々に強くなっていくのを感じていた。




 エリシアはタワーの下層付近で、広がる空間に足を踏み入れた。




 そこには、奇妙な姿をした道化師が立っている。黒と白の服装に身を包み、顔は仮面のように無表情だ。




 その名は——ミスティ。




「……誰?」


 エリシアは眉をひそめた。確かに見覚えはないはずなのに、どこかで知っているような感覚が彼女の中に渦巻く。


 だが、その違和感を感じる暇もなく、ミスティは突然手をかざし、無言のまま魔術を起動させた。




 ——マジック・ジャグリング。




 ミスティの手の中で、火、水、風、雷、氷、あらゆる属性が球体となり浮かび上がる。そして、それらがまるでお手玉のように軽々と投げられ、エリシアに向かって次々と放たれる!




「チッ!」




 エリシアは瞬時にシールドを展開し、最初の炎と氷の攻撃を防ぐ。だが、次の瞬間には風の刃がシールドを切り裂き、雷が彼女の髪の先を焦がす。




「こんな小細工で!」




 エリシアはシールドを解除し、一気に前に踏み込む。


 だがミスティの攻撃はさらに加速し、四方八方から属性の魔術が連射される。マジック・ジャグリングはその名の通り、まるでジャグリングのように多彩で止まることを知らない。




「やりますわねぇ〜。しかし、まだその“段階”!」




 エリシアは口元を歪ませ、両目を光らせた。


 彼女の瞳の奥底から異質な力が放たれる。——魔眼が起動した瞬間、彼女の体内から溢れ出す圧倒的な魔力が空間全体に広がり、フロア全体を支配する。




 ——ドミネート。




 エリシアの意思が魔力に宿り、周囲の魔術そのものを支配下に置く。


 ミスティが繰り出していた「マジック・ジャグリング」は瞬時に霧散し、属性の球体たちは消え去った。


 ミスティはその異常を察知するや、表情を一つも変えることなく、懐から複数のナイフを引き抜く。


「ナイフ?近接戦に持ち込むつもりですの?」




 ——ジャキッ!




 無言のままミスティがナイフを構える音が響いた。その鋭利な刃は光を反射し、不気味に輝いている。エリシアの魔力の支配が効かないのを見て、物理的な攻撃へと切り替えたのだ。


 エリシアは微笑みながら、前へ一歩踏み出した。




「面白いですわね……でも、そっちの土俵でも私は負けませんわよ?」




 ミスティが無言でナイフを投げつけ、二人の戦いは新たなフェーズに突入した。




 高速で飛来するナイフを紙一重で避けながら、エリシアは片手を軽く振り上げた。


 次の瞬間、ミスティの足元から鋭い氷の槍が次々と突き出す。


 槍は正確にミスティを狙い、床を砕きながら追いかける。しかし、ミスティは信じられないほどの敏捷さで次々と空中に飛び上がり、壁を蹴って回避していく。




「フッ、軽いもんですわね……。」




 エリシアは苛立たしげに呟くが、ミスティは無言でさらなるナイフを投げつけ、再び空中に舞う。氷の槍とナイフの応酬が続き、激しい攻防が繰り広げられる。


 だが、エリシアの目は、冷静に次の一手を探っていた。


「いつまでその“踊り”が続けられるかしら?」




 エリシアは次々と虚空に雷や炎を放つ。




 炎の渦が床を焼き、雷が柱を粉々に砕く。


 地獄の蓋が外されたかのような惨状の中、エリシアの集中力は一瞬も緩むことがなかった。彼女の魔術の一つがミスティに直撃すると、轟音とともに火柱が立ち上り、ミスティの体が激しく炎上する。


 だが、エリシアはそのまま動かなかった。彼女の鋭い直感が警鐘を鳴らす。目の前で燃え盛る敵の姿はどうにも不自然に感じられた。




(何かがおかしい……)




 ミスティの動きは不気味なまでに静かだった。


 エリシアはその炎の中に潜む罠を感じ取る。




 先ほどのエピソードの泡に記された情報——ミスティは煙玉を持っている。




 その描写が脳裏に浮かび、即座に対策を立てた。


「フッ、消える気ですわね?」


 エリシアは炎の向こうを鋭く睨むと、次の一手をすでに読んでいた。


 彼女の足元から冷気が立ち上がり、空気が一瞬で凍りつく。魔力を纏った氷の槍が空間を引き裂くように出現し、燃え盛るミスティの周囲に鋭く飛び出した。




 突然、炎の中から無数の煙玉が爆ぜる音が響く。同時に、視界を奪うような黒煙が広がり、闘技場全体を覆い隠した。




 だが、エリシアは動じない。


「この程度……無駄ですわよ!」


 黒煙の中、エリシアは手をかざす。魔力が爆発的に放出され、彼女の周囲に旋風を巻き起こす。


 煙は次第に吸い込まれ、視界がクリアになる。


 すると、煙玉の爆発を利用して虚空に逃げ込んでいたミスティの姿が、上方に見えた。


「捕まえましたわ!」


 エリシアは即座に跳躍し、宙に浮かぶミスティに向かって疾風のごとく突撃する。




 跳躍するエリシアの影が闇の中で疾風のごとく走る。




 ミスティはすぐさま後方に飛び退こうとするが、エリシアは素早く大気を操作し、逆風を巻き起こす。突如吹き荒れる強風により、ミスティの身は思いのほか軽く風に流され、バランスを失った。




「捕まえましたわ!」




 ミスティの身体が宙で翻弄される瞬間、エリシアの手がその腕を掴む。


 鋭く締め上げられたその手から放たれるのは、破壊のオーラだ。あらゆる抵抗を凌駕する魔力の奔流がミスティを包み込み、圧倒的な力で彼女の体に食い込んでいく。




 その時——。




 ミスティが初めて何かを喋った気がした。




 何か伝えようとしていたのだろうか。しかし、その声はエリシアの耳には届かない。破壊のエネルギーが辺りを満たし、その音さえもかき消してしまう。




 そして、すべてが静まり返った。




 エリシアは無言のまま再び足を進めた。


「次は……」


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