第29話

 次の瞬間、ヴァイは迷うことなくグレネードを前方に放り投げ、全速力で物陰に飛び込んだ。




 ——ドカンッ!!




 爆発音が辺りを揺るがし、あらゆる部品や破片が四方に飛び散る。細い配管が裂け、漏れ出すエアーが不気味な音を立てる。周囲には黒煙が濛々と立ち込め、視界が一気に遮られる。


「ふん……これで終わりだろ」


 スプリンクラーが自動で作動し、煙を抑えようと水が降り注ぐ中、ヴァイは薄笑いを浮かべたまま様子を窺った。




 ヴァイが物陰で爆発の余波を見守っていると、突然周囲が青白い光に包まれた。




「——やっべ!」


 彼は直感的に跳躍し、すぐ後に自分が隠れていた操作盤が強烈な熱で「融解」していく。


 光と共に発生した圧倒的なエネルギーが周囲の物体を溶かし、コアエリア全体が異常な状況に変わり始めていた。




 粉塵が収まり、徐々に姿を現したのは青白く光る人型のエネルギー体——バイトだった。




 まるでかつての肉体は存在しないかのように、青白いオーラがその形を保っている。


「くそが……!」


 ヴァイは一切躊躇せず、ハンドガンを抜き去り、連射を開始する。




 ——バチバチッ!




 弾丸がバイトの体に吸い込まれるように命中するが、まるで何事もなかったかのようにバイトは一歩ずつヴァイに近づいていく。


 バイトが静かにヴァイを指差す。




「——ッ!」




 その瞬間、細いエネルギー弾がバイトの指先から発射された。ヴァイは全身の直感を研ぎ澄ませて即座に飛び退く。


 ——ズガァァァン!!!


 凄まじい爆発が起こり、エネルギーの衝撃波が施設全体に響き渡る。間一髪でかわしたヴァイだったが、爆風で体ごと吹き飛ばされ、床をゴロゴロと転がった。


「くそったれ……!」




「……ああぁああぁ……、俺には……す、全てが視える!」




 突然バイトが喋り始めた。青白い光に包まれた彼の声は、まるで何かが乗り移ったかのように低く、力強い。


 ヴァイは物陰からじっとバイトを見据え、様子を伺う。




「ヴァイ……知ってるか!?」

「……あん?」




 ヴァイが苛立ちを押し殺して返事をする。




「2,308,104人だ……ここで暮らしてる数だよ……」




 その声には狂気と興奮が入り混じっていた。バイトの目が怪しく光る中、彼はゆっくりと微笑んだ。




 天井付近で突如動き出したクレーンのモーター音が響き渡る。




 機械は暴走し、過巻防止装置を無視してワイヤーが無理やり巻き取られ続ける。


 重く、太いワイヤーがキュルキュルと悲鳴を上げ、擦れた部分からオイルがじわりと滲み出し、ポタポタと地面に落ちていく。


 クレーンは45トンの性能を余すところなく発揮し、その力で巨大な構造物を引き上げるかのように、重々しく動き続ける。




「……おいおい、なんだってんだ?」




 轟音と共に、ワイヤーが音を立てて断ち切られた。まるで砲弾が発射されたかのような轟音が響き渡る。




「——ッ!」


 ヴァイは瞬時に反応し、その場から飛び退いた。


 次の瞬間、巨大なフックブロックが床を揺るがしながら落下し、地面に大きな亀裂が走る。




「チッ、危ねえ……!」




 辺りに立ち込める粉塵の中、ヴァイは姿勢を立て直し、再び周囲の様子を伺い始めた。




 バイトの指先からエネルギー弾が次々と発射される。青白い光弾が空気を切り裂き、轟音と共に壁や床に激突するたびに爆発音が響く。




 ヴァイは素早く横に駆け抜ける。


「くっそ!くそったれが!」


 だが、バイトの圧倒的な力を前にして反撃の糸口が掴めない。エネルギー弾を避け続けながら、ヴァイの頭には焦りが募っていく。


「ちくしょう、どうすりゃいい!?」


 ヴァイは即座にコアルームから出ようと背を向け、ドアへと駆け寄った。しかし、赤い警告ランプが不気味に点滅し始める。




「逃さねえ……」




 バイトの低く響く声とともに、ドアが音を立てて閉まった。


 ヴァイは端末を取り出し、ハッキングを試みるが——まるで無意味。ドアロックのモーターが回り続け、物理的に開けることができない。


「くそが……こいつ、施設全体を掌握しやがった!」


 ヴァイは苛立ちを隠せない。アノマリーと融合したバイトは、すでにこの施設を支配しつつあった。




 エネルギー弾が連続してヴァイを追い詰める。




 無数の青白い光が空を裂き、爆発が周囲を包み込む。だが、ヴァイはそれを交わし続け、汗をかきながらもその鋭い動きは止まらない。しかし、ジリ貧。回避し続ける中で、万事休すの予感がヴァイを襲う。


「ちっ……」


 拳を構えたその瞬間、バイトの指先が光を帯びる。今度こそ終わりか——。




 そう思った次の瞬間、突然、バイトの背後から閃光が迸る。




「——ッ!」


 バイトの体が横に吹き飛ばされた。ヴァイは一瞬何が起きたのか理解できず、振り返る。そこには見慣れた顔が。




「あら、随分と久しぶりですわね。ヴァイ」




静かに立つのは、エリシアだった。


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