28 清少納言、お使いにいく
清少納言に令和の生活を1人で行えるよう教える作戦が始まった。
まずは移動である。タクシーで駅までいって、駅から隣町に移動して、バスで隣町のデパートに行き、お土産に銘菓のチョコレートケーキのめちゃくちゃうまいやつを買って、同じルートで帰ってくる……という、いささか難度高めのミッションが与えられ、清少納言は「ヨユーだよ」と言って出ていった。
それこそ「ドラえもんのどら焼き屋さん物語」でオファーにお客さんを送り込むノリで、「お菓子なんて食べきれないくらい買ってくるよという顔で出発しました」という感じだ。
しかし一方で「はじめてのおつかい」という雰囲気も醸している。大丈夫なんだろうか。とにかく清少納言が困ったら即で母さんが出動するらしい。
なお父さんはきょうは「下りてくるの日」らしく書斎にこもってワーグナーを鳴らしている。全くもって令和無責任作家だ。
とりあえず清少納言から困った、というメッセージなどがこないまま、帰りのバスが近くのバスターミナルにくる時間になった。数分後、タクシーが家の前に止まった。
お、無事に帰ってきたみたいだ。
「ただいまー!」
「おかえり! チョコレートケーキ買えた!?」
僕が駆け寄ると、清少納言は買い物袋をかかげてみせた。チョコレートケーキがドッサリ入っている。
「すばらしい! よし、宗介さんに内緒でお茶にしよう!」
チョコレートケーキの紙箱を開け、銀紙をめくると、テラテラの美しいチョコレートケーキが現れる。まあ食べ物としては市販のチョコパイなんかと大して変わらぬわけであるが、しかしこれはちょっとよそにはないくらいおいしいやつだ。
紅茶を淹れて、みんなでチョコレートケーキをつつく。これがまたうまい。とろーりじゅわじゅわでフワッフワ、この手のチョコレートのお菓子は家では作れないので買ってきてもらったのだ。
「次のミッションなに?」
どこでミッションなんて言葉を覚えたんだ、清少納言よ。
◇◇◇◇
こうやって清少納言は、いままで以上に令和の世の中に適応しはじめた。
noteの投げ銭を現金にしてもらって、ゴリ山田の口座に振り込んだり、自前のスイッチライトを買ってポケモンを始めたり、とにかく楽しそうだ。
風呂のお湯だって張れるようになったし、トイレ掃除も料理もできる。父さんよりよっぽど生活力があるのではないか。
これならなんとかなるかもしれない。
清少納言はスマホのカメラでマロの動画を撮っている。楽しそうだ。
「これはグーグルフォトに保存すればいいんだよね?」
「そうだよ」
「なるへそ……エッセイのネタがどんどん貯まるぞ。エッセイというよりモキュメンタリーだと思われてるフシがあるけど」
どこでモキュメンタリーなんて言葉を覚えたんだ。
「あとは新幹線とか飛行機に乗れれば完璧じゃない?」
母さんが大学芋を作りながら言う。
「新幹線って、あの東京まで一瞬で着くやつ?」
「さすがに一瞬では着かないよ。でもあっという間なのは確かだよ。本気を出せば東京日帰りができるからね」
母さんは笑顔でそう言う。大学芋のいい匂いがする。
僕のスマホが鳴ったので見てみると、これから「清少納言さんに令和教え隊」の会合をしたい、とのことだった。
◇◇◇◇
「東京……って、さすがに中学生だけで行くところじゃなくない?」
「ぼくはコミケとか行くけどね」
そりゃ西園寺の家はゴン太だから行くだろう。僕だって行く気になれば行く貯金はある。政子ちゃんも歌舞伎を観に行くくらいだから行くかもしれない。
「ゴリ山田はどうするんだ?」
「それがな、父さんが心配かけて申し訳なかった、って言って、東京の本物の美術館観てこいって言われてるんだ。俺んち、惣菜屋だから貧乏だと思うだろ? 父さんが働き始めればそのへんのサラリーマンより稼ぐんだからな」
ゴリ山田のところの小父さんは最近仕事に復帰して、街の色んな人がすごい勢いで山田惣菜店の惣菜に群がる……という状況になっていた。怪我で出たぶんの損失はなんだかんだ大きいので、下宿を探さねばならない美大付属の高校にはいけないそうだが、ふつうの高校から美大を目指すことはできそうだ、とゴリ山田は言う。
「美大は浪人して入るところらしいけど、俺は1発で合格してやるぜ」
ゴリ山田の言葉には説得力があった。
そういうわけで、僕たちは親の許可の上で、冬休みに東京旅行に行くことになった。いまからワクワクしてしまう。もちろん清少納言も連れていきたいと僕が提案すると、母さんは「いいと思う! ちょうど原稿料も入ったし、なんとか出しましょう!」と、母さんは快く清少納言の旅費を出してくれた。
新幹線で東京に行き上野で新幹線を降り、朝ごはん付きのビジネスホテルで二泊し、東京を観光してから飛行機で帰ってくる……というプランを、家族も含めみんなで相談して決めた。
ただ人数的に、西園寺だけシングルルームになってしまったのが解せない。まあ西園寺は旅慣れているからいいのだろうが、修学旅行で華麗ないびきを披露したゴリ山田と同じ部屋である。ちょっと嫌だ。
清少納言といつものみんなで東京観光というのは、なんとなく大長編ドラえもんみがある。この旅行を楽しみにして期末テストを乗り切った。正月を過ぎ、僕たちは冒険の旅に出た。
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