24 清少納言、罪深い行動を白昼にさらす

 3人でハフハフラーメンをすするのは、最高に楽しかった。頑固そうな大将は、どうやら「お客をとにかく満腹にしたい」という思想の人らしく、「兄ちゃん、そんじゃ足りないだろ。替え玉タダでいいぞ」と替え玉をさっと入れてくれた。これもまたおいしい。

 きっと清少納言が「屋台のラーメン食べてきた」みたいな記事を書いて母さんにバレるんだろうな、と思いながらラーメンをすすった。

 我が家ではラーメンというと豚の角煮の前の日に必ず食べるもので、生麺を買ってきて豚の角煮の茹でこぼしの汁でスープを作って食べる。インスタントラーメンというのは母さんが留守のときの食べ物だ。


 とにかくおいしくてお腹いっぱいになった。チェーンのラーメン屋さんでは食べられない味のラーメンだった。

 父さんが代金を支払い、さて出るか、とやっていると、なにやらどこかで見たおばさんが入ってきて、「大将、大盛りラーメンひとつ」と注文した。スツールから立ち上がって向こうをみると、どこかで聴いた声で「寒いですねえ、ラーメンの屋台がありますよ」「いいな、啜ってくか。いまの時代だからできる贅沢だからな」という会話が聞こえた。


 ……あのおばさん、虚構管理局の人で、男の人ふたりは航時局のひとだ。そういう、タイムパトロール的な人たちもラーメン食べるのか。なんだかおかしみが込み上げてきた。


 ◇◇◇◇


 次の日、僕は中学生男子で無限の食欲を持っているので、当たり前に朝ごはんを食べた。父さんはお腹が痛いとうそをついた。しかし清少納言が「きのう夜遅くに宗介さんがラーメン食べに連れてってくれたんだー」と言って、深夜の罪深い行動が白昼にさらされた。

 清少納言よ、あんた「気まずいといえば子供の前で噂話をして、その内容を子供が本人に言っちゃうやつ、マジで気まずいよね」って書いたではないか。もちろん父さんは母さんに叱られていたが、完全なるどこ吹く風、完全なる馬耳東風であった。


「もうっ! ラーメン食べるんなら私も誘ってください!」


 母さんよ、そういうことではないと思う。


 とにかく学校に行かなくてはならない。コートを着てリュックを背負う。道中ゴリ山田に会い、一緒に歩いていく。雪が降ったので、西園寺の兄は車高の低いスポーツカーを乗り回すのはとりあえずやめたらしく、西園寺も歩きで学校に向かっていた。


 学校に着いてしばらくすると政子ちゃんがやってきて、「ぺくちん!」とくしゃみをした。この寒いクソ田舎で着るにはいささか薄すぎるコートではあるまいか。


「政子ちゃん、そのかわいいコートじゃここの寒さを凌げないよ。タビトみたいなダサいのでないと」


 西園寺がそういう。ダサいは余計だ。


「えっ……だって山田さんとか他の人たちとか、コート着てない……手袋も軍手だし……」


 そうなのだ、この辺の中高生は冬でも意地でコートを着ないやつが多い。マフラー1枚で誤魔化しているやつも多い。寒いならちゃんと着ればいいのに。


「ホームルーム始めるぞー。席につけー」


 ああ、きょうが始まってしまった。


 きょうの1時間目は初老ジャパンの国語だ。みんな楽しみにしていたやつだ。走れメロスを読んで感想を言おう、という授業だった。


「感想っていうのは論文じゃないので、こんなふうに思った、とか、ここがよかった、とか、ここが好き、とか……いっそのこと、つまらなかった、でも大丈夫ですよ。のんびりやりましょう」


 こうやって初老ジャパンはハードルをひたすら下げてくれるので、とにかく授業が楽しい。ただしテストはしっかりしているので、初老ジャパンの授業はちゃんとやらないといけない。ゆるいからと気を抜くと痛い目に遭うのである。


 みんな何人かの班を作り、走れメロスの感想を言い合う。清少納言だったら「メロスとセリヌンゎズッ友だょ……」とか言うのだろうかと考えて、令和のギャルはこういう言い方しないよな……と思うなどした。僕はどこで知ったんだ、このテンプレギャルメロス。


 おそらく初老ジャパンの狙いは物語の内容をしっかり理解させることだろう。よく読んで、友情を題材に、不屈の意志を貫く物語なのではないか……と言うと、政子ちゃんはちょっと眠そうな顔ながら「いいと思う」と褒めてくれた。しかし政子ちゃんはもっと深い考察をしていて、眠いのはどうしたと思ってしまった。さすが文学少女という感じだ。

 班のほかの顔ぶれも、政子ちゃんのしっかりした考察を発表するべき、と推して、政子ちゃんはまたしても初老ジャパンに褒められていた。


 その日楽しかったのは初老ジャパンの授業と給食だけだった。あとはずっとパワハラだった。みんなドンヨリと授業を受けていた。

 それでもきょうの授業が終わった。みんなばらばらと部活に行ったり帰ったりしている。


「そうだ、タビトさん……タビトさんのお母様に相談したいことがあって」


 政子ちゃんがそう話しかけてきたので、いいよ、と家に招くと、政子ちゃんは母さん手製のチーズケーキより先にリュックからなにかのチラシを取り出した。

 どうやら市内の文化会館でナウシカ歌舞伎がかかるらしい。それを観に行きたいのだが、歌舞伎なんて行ったことがないし、どういう服装や持ち物でいけばいいのか……と政子ちゃんは母さんと話し始めた。

 母さんは「マジかぁ……ずっと行きたかったやつだ。白き魔女の戦記か……」と、真面目に頭を抱えていた。ナウシカ歌舞伎がかかるのは、三者面談の日の夜だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る