20 清少納言、エゴサする
どうやらエゴサした結果よくない評判がいっぱい上がってきたらしい。それも、清少納言の作品でなく、僕たち「囲む会」のメンバーの書いた作品について、あんまり面白くないとか、なんで載せたんだ、とか言われているそうだ。
「いつメンみんな頑張ったじゃん。なのになんでこんな叩かれてるの?」
「いまの時代は頑張っただけじゃ評価されないんだよ、上手くないと」
「そっかあ……でもあたしはみんなの作品好きだよ、西園寺の模型自慢はともかく」
そこはともかく、なのか。
「ねーボクにも読ましてよ。タビトがどんなの書いたかすっごい気になるんだぁ」
まるっきしどうぶつの森のボンヤリ男子みたいなことを言う父さんに、よせばいいのに清少納言が会報を渡す。
父さんはしばし真剣な目で作品を読み、「うん、みんなよく頑張ったね」と、ちょっと上から目線で言ってきた。
「この短歌、野生の才能って感じがするね。これは政子ちゃんが作ったの?」
「うん。いつものメンバーでこんな教養高いもの書くの政子ちゃんだけでしょ」
「ペンネームも人間っぽくなくていいねー。『キッチンみなもと』かあ。北条政子に引っ掛けたのかなぁ? 御台所だ」
鎌倉殿の13人で履修したやつだ……。政子ちゃんは大人になったら小池栄子みたいな強い女になるのだろうか。それはともかく。
「この模型自慢もいいねー。西園寺くんが書いたの? これはすごい知識とお金が必要なやつだねえ。で、タビトのやつは……ふむ。ふむ。……ふむ。なるほど」
父さんは会報をぱたっとたたんだ。
「タビト、エッセイストになろう。いまはエッセイだけでも面白ければえねっちけーでドラマ化されて大好評の時代だ。エッセイの印税でボルボが買える時代だ。タビトの精神性はエッセイに向いている」
いきなり父さんが無茶なことを言い出してビックリする。父さんは親バカなのでときどきこういう勘違いをするのである。
母さんはなにをしているのだろう。くたびれてお腹が空いてしまった。見ると母さんは清少納言がゲットしてきたドールさんに夢中だ。清少納言は快くドールさんを母さんに渡したのだった。
「しゅごい……ボディの上半身はオビツで足がボークスだ……しかも内骨格がディーラーさん製の超可動するやつ……ちょうどこういう子お迎えしたくてめちゃめちゃ調べてた……しかもお顔がかわいい……」
母さんが嬉しいならとりあえずそれは構わないのだが、とりあえずもらったドール服ディーラーさんの名刺を渡し、撮ってきた画像をメッセージに添付して送っておいた。
母さんはしばしドールさんをヨシヨシしたあと、猛然と夕飯を作り始めた。お、きんぴらごぼうとお刺身だ。父さんはちらっと台所を見て、お刺身のパックに赤札が貼られていることを確認していた。こっそりマロに毒味させるつもりなのだ。
「食べよっか。タビト、テーブルに並べるの手伝って。宗介さんはなにをしてるんですか」
「エッセイスト鍛えてくれる編集者さんの心当たりはないかと思ってアドレス帳見てる」
父さんはスマホのアドレス帳という僕たちの使わないアプリを見ていたが、夕飯の支度ができたのでテーブルにつき、お刺身を察知したマロが父さんの足元にやってきた。
「マロきゅん、お刺身あげようね。はいどうぞ」
父さんはマロに堂々とお刺身を与えている。母さんがムムム顔をしている。
「宗介さん、お刺身赤札だからってマロきゅんに毒味させるのはやめてください」
清少納言が笑って咽せた。
◇◇◇◇
結局父さんの「エッセイスト英才教育」は手伝ってくれそうな気安い関係の編集者さんに「いきなり編集者に添削されたら、中学2年生凹んじゃって書けなくなるでしょ」と言われて頓挫したらしい。セーフ。
それでも父さんは僕にエッセイを書かせたいらしい。オススメだよ、と筒井康隆の「狂気の沙汰も金次第」という本を貸してくれた。それからそれから、と椎名誠だとか中島らもだとかC.W.ニコルだとか、ふつうの中学生が真似しようとは思わないタイプのエッセイをドンドコと押し付けてきた。
どれも中学生に読ませる本じゃないでしょ……と思ったが読んでみると案外面白い。読書に年齢は関係ないのだ。
学校の朝読書の時間、3周目くらいの「狂気の沙汰も金次第」を読んでいると、パワハラ担任が目ざとく見つけて近寄ってきた。
「筒井康隆なんか読んでるのか。破廉恥だな」
そうなのだろうか。確かに破廉恥な内容は少なからずあるが、破廉恥だから読んではいけない、というのはちょっとおかしい気がする。
リアルに文筆業者である父さんも母さんも、「中学生くらいになったら面白い本に年齢は関係ないし、謂れのない差別や不条理、他人を不幸にする行為は本の中で知るもので、自分が体験するものではない」とよく言っている。
たぶん破廉恥、というのは「他人を不幸にする行為」のことではないだろうか。実際に破廉恥な行動を起こすのはいけないことだ、しかし小説やエッセイで他人の武勇伝として読むならなんの問題もなかろう。
それを小声で、でもちゃんと説明すると、パワハラ担任は「生意気だぞ」と一喝して去っていった。筋の通った反論はなかったらしい。
ワンピースを読んで海賊になるやつはいないのである。まあちょっと前に詐欺グループのリーダーが「ルフィ」という偽名を名乗っていたわけだが、あれは集英社も怒っていいのではないだろうか。あとえねっちけーは「#ちむどんどん反省会」の人たちに怒っていい、と母さんが言っていた。
待て。その理屈で言うと「本を読んで作家になった」という人はなんなのだろう。読むことと書くことは別のことなのだろうか。父さんや母さんはただ文章を分泌しているだけなので、ここは清少納言に聞いてみるしかなさそうだ。
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