ありふれたバッドエンド

さらす

第1話


「ちょっと! 早く3番レジお願い!」

「は、はい!」

「遅い遅い! お客さん待ってるんだから、キビキビ動く!」


 見た目通り気弱でドン臭い高校生バイトを叱責しながら、俺はレジでの接客業務を続けていた。夕方の混雑する時間帯なんだから、もっと考えて動いてもらわないと困る。

 ある程度お客さんがハケたので売り場の品出しに戻ると、別の高校生バイトが隠れて携帯電話を見ているのが見えた。


「おい! 何やってんの!」

「あ、ああ、寒川さむかわさん……」

「『ああ』じゃないだろ! お前仕事中にサボっていいと思ってるのか!」

「すみません」

「『すみません』じゃない! いいかお前、バイトとはいえお金をもらってるんだから……」


 そこまで言ったところで後ろから声をかけられた。


「寒川くん、ちょっといい?」


 振り向くと、そこには同い年のバイト仲間である千代田ちよだ麻耶まやが立っていた。今が声をかけていいタイミングではないことくらい悟って欲しいと思いつつも、そこまで求めるのは酷かと思い、注意はやめておいた。


「千代田か、なんだよ? 今ちょっとコイツの教育してるから後にしろ」

「いやその、じゃくさんが呼んでるからさ。行ってもらえる? その子には私から言っておくから」

「……わかったよ」


 いくら正当な理由で後輩を叱責してたとしても、副店長が呼んでるなら行かないとならない。そう判断した俺は千代田に言われた通りにバックヤードに向かった。


「寒川です、入ります」

「うん」


 バックヤードに入ると、副店長であり店長の奥さんでもある蒔村まきむら雀さんがタバコを咥えながらパソコンに向かっていた。


「副店長、ここは禁煙のはずでしょう。あなたが店のルールを守らなくてどうするんですか?」

「相変わらずキミは堅いこと言うね。そんなにカリカリしないでよ、一本吸う?」

「お断りします。自分はまだ19なので」

「そういうところが堅いんだよねキミは」


 タバコの煙を吐き出しながらクスクスと笑う姿はこの人に似合ってはいるものの、自分より10歳は上の人間がこんなに不真面目なのは俺としては見過ごせなかった。


「堅いとか柔らかいとかの問題じゃないでしょう! ルールを守るっていうのは社会人としての義務です! あなたがそんなんだから高校生のバイトもしっかりしないんですよ!」

「うん、今回キミを呼んだのもその件なんだよね」

「え?」

「キミがさあ、他のバイトの子とトラブル起こしてるのをお客さんに何回も見られてるんだよね。だから『教育はいいけど裏でやれ』っていうクレームがいくつも来てるの」

「他のバイトを教育して何が悪いんですか!? アイツらが仕事を真面目にやっていないことの方が問題でしょう!」

「だから『裏でやれ』って言ってるの。別にその場じゃなくても後でも言えるんだし」

「何を言ってるんですか!? 注意はその場でやらないと効果がありません! 犬だってそうでしょう? その場で注意しないとアイツらは覚えないんですよ」

「他のバイトの子を犬扱いするの? 君だってここに来て半年程度じゃん。」

「話になりませんね。不真面目なヤツを庇うんなら、この件は店長に報告させてもらいます。それじゃ」


 怒りを抑えてバックヤードを出たが、扉を閉める直前に雀さんのため息が聞こえた。



 バイトが終わり、更衣室で制服を「寒川さむかわ正人まさと」と書かれた名札がついたロッカーに入れると、ポケットから携帯電話を取り出して電源を入れる。不在着信はなく、転職サイトのマイページに行くと『選考結果のご連絡』という件名のメッセージが届いていた。

 見る価値もない。受かっているなら電話で連絡が来るはずだ。つまりまた別の求人を探さないといけないし、このバイト先を辞めることもできないということだ。


 今日の件もそうだったが、俺はいつも正義感の強さから周りと衝突してしまっていた。高校卒業と共に就職した会社も先輩社員の不正を見逃せずに指摘したら互いに手が出てしまう大ごとになり、まだ入社して二ヶ月程度の新人で切りやすいという理由で首になった。再就職先が見つかるまでスーパーのバイトを始めたが、なかなか次の仕事が見つからずに半年が経とうとしていた。

 確かに自分でも、この正義感の強さは集団には向かない要素だと思ってはいる。世の中のほとんどの人間は自分の行動の不真面目さや醜悪さを見て見ぬふりをして、集団に迎合することを賢さだと勘違いしているし、その方が楽なのだろうとも思う。

 だが俺はどうしても、目の前で繰り広げられる不正や悪行を見過ごすことができなかった。仕事中にサボって携帯電話を見ていることも店の一員として見過ごせないし、上司がルールを守らないのであれば、俺が指摘しなければならない。無能や悪に流される人間がほとんどの社会では生きづらい要素だと思う。


 だとしても、俺はあえてその生きづらい道を行く。自分の利益を優先して正義感を抑えるなんてことはしない。


 自らの信念を再確認するとスーパーの駐輪場で千代田と出くわした。


「あ、寒川くん、おつかれー」

「おう」

「そういえば大丈夫だったの? 雀さんに呼ばれてたの」

「大丈夫じゃない。副店長があんなにフラフラした人じゃ困るって叱ったら、ヘラヘラ笑うだけで何も聞いちゃいなかった」

「え? ああ、そう……」


 千代田はどうも納得いってなさそうなので、何か文句があるのかと聞こうとした時、千代田の携帯電話が鳴った。


「ごめん、ちょっと電話来ちゃった。また明日ね」


 有無を言わさず通話を始めてしまったから、聞くのはまた今度にするかと思い自転車に乗って家に帰ることにした。


「……あの、本当に大丈夫ですから。はい、あの、明日は大学終わったらすぐバイト行っちゃいますので……はい、本当に大丈夫ですから……」


 千代田の通話内容が少し気になったので、それも明日確認しよう。



 翌日。

 この日は午後3時から閉店間際までバイトが入っていたので、パートの主婦連中に混じって働いていた。千代田は大学の授業が終わってからのシフトなので夕方5時に店に入ってきた。


「お疲れ様でーす……」


 どこか疲れているような顔と小さな声で挨拶してきたので、店としてもこれは注意しなければならなかった。


「おい千代田! 挨拶くらいちゃんとしろよ。これから働こうって人間の態度かそれが!?」

「……」

「おい! 聞いてるのか!? おい!」

「え? あ、うん、ごめん。お疲れ様です」


 千代田は今頃になって俺の声に気づいたかのような態度を取っていたが、この距離で聞こえていないはずがない。なんてヤツだ……他人の言葉を無視してはならないという人間として最低限のルールも守れないヤツだなんて思わなかった。

 普通の人間なら『集団の和を保つ』なんて言い訳をして、コイツに何も言わずに放置するんだろう。だが俺は違う。挨拶もできないようなヤツを見過ごすなど、俺の正義感が許さない。


「千代田、お前そんな態度が許されると思ってるのか?」

「え? ご、ごめん、何かまずかった?」

「『ごめん』じゃないだろ。じゃあお前、自分の何が悪かったのか言ってみろ!」

「え、えーと、ごめん」

「ふざけんな! お前自分が何で怒られたのかもわからないのに、適当に謝ったのか!?」


 周りの客がざわざわと騒ぎ出した。確かにこんなカスみたいなヤツを店員として雇ったことで店の信用にかかわっているのだろう。だが俺はこんなカスでも決して見捨てない。『絶対にあきらめない』というのが俺のモットーなのだから。


「おいアンタ、それくらいにしとけよ」


 だがそこに客の一人らしき男が割って入って来た。


「いくらなんでも言い過ぎだろ。マヤちゃん怖がってるだろ」

「邪魔しないでください。これは店員としての指導で……ん?」


 何だコイツ、千代田のことを名前で呼んだか?


「さ、佐倉さん……」

「マヤちゃん、大丈夫か?」


 男は千代田を庇いつつ、俺に敵意のこもった視線を向けた。

 

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