第23話 音楽の目標

翌日、澄んだ朝の光が教室の窓を照らす中、柚月は佐伯先生のもとを訪ねていた。昨日のアキとの会話が頭の中をぐるぐると回り続け、気持ちが落ち着かなかったからだ。


佐伯先生

「柚月さん、早いのね。どうしたの?」


先生の穏やかな声に迎えられた柚月は、少しだけ俯きながら、静かに話し始めた。


柚月

「先生、私…自分の音楽がこれでいいのか分からなくなりました。」


佐伯先生はその言葉に少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐに微笑んで椅子を勧めた。


佐伯先生

「何がそう思わせたのかしら?」


柚月は昨日のアキとの会話や、自分の音楽が他の生徒たちと比べて弱く感じるという思いを正直に伝えた。


柚月

「みんなの音は力強くて、自信があって…。でも私の音は、優しいだけで存在感がない気がするんです。」


佐伯先生は静かに頷きながら、机の上に置かれた一冊の楽譜を手に取った。


佐伯先生

「あなたの音楽に優しさがあるというのは、とても素晴らしいことよ。それは誰かに寄り添う力になる。そして音楽というのは、寄り添うだけでなく、自分自身の目標を見つけることでさらに広がるの。」


柚月はその言葉に、少し戸惑いながらも興味を抱いた。


柚月

「目標…ですか?」


佐伯先生は頷き、楽譜を柚月に手渡した。それはこれまでの課題曲とは違う、複雑で繊細な旋律が並ぶ曲だった。


佐伯先生

「この曲は『風のソナタ』と言って、私が学生時代にずっと練習していたものなの。特別な理由があってこの曲を選んだのよ。」


柚月は楽譜を受け取り、ページをめくりながら不安そうに尋ねた。


柚月

「すごく難しそうです…。私に弾けるでしょうか?」


佐伯先生は柔らかく微笑み、柚月の肩に手を置いた。


佐伯先生

「簡単ではないわ。でも、この曲を通じてあなたが『自分の音』をもっと深く感じるきっかけになるはず。それがあなたの目標になるんじゃないかしら。」


その言葉に励まされ、柚月は深呼吸をしてから楽譜を握り締めた。


柚月(心の声)

「私の音楽をもっと深く感じる…。」


その日は一日中、その言葉が頭の中に響いていた。


夕方、柚月は教室のピアノ室で早速「風のソナタ」の練習を始めた。最初の数小節をゆっくりと音にしていくたびに、曲の複雑さと奥深さに圧倒される。


柚月(心の声)

「難しい…。でも、この音に触れていると、不思議と自分の中にある何かが揺れ動いている気がする。」


途中でつっかえたり、音を外してしまうことも多かったが、柚月は鍵盤から指を離さなかった。その集中力は、これまでの練習では味わったことのない感覚だった。


練習に没頭していると、またしても扉が開く音がした。振り返ると、そこには翔が立っていた。彼は部屋に入るなり、少し驚いたような顔で柚月を見た。


「その曲、難しそうだな。でも、いい音してる。」


柚月は照れくさそうに笑いながら答えた。


柚月

「先生がくれた新しい課題なんだけど、まだ全然弾けなくて。」


翔は椅子を引き寄せて座り、ピアノの横で少し考えるように口を開いた。


「でも、あんた、すごく集中してた。いつもの練習のときよりも、何かが変わったみたいに見えたよ。」


その言葉に、柚月はハッとした。確かに、自分の中で何かが変わり始めている感覚があった。


柚月(心の声)

「私の音が変わってきてる…?」


翔は立ち上がり、ポケットから小さな折りたたんだ紙を取り出して柚月に渡した。


「これ、発表会のときに書いたんだ。今まで渡しそびれてた。」


柚月は紙を広げて読んだ。そこには短いけれど温かい言葉が書かれていた。


「姉ちゃんの音、家にいるときみたいに落ち着く。だから頑張って。」


その文字を見た瞬間、柚月の目には涙が浮かんだ。翔は少し照れくさそうに、目をそらしながら付け加えた。


「また帰ってきたら、今の練習してる曲、聞かせてよ。」


柚月は涙を拭い、力強く頷いた。


柚月

「うん、絶対に弾けるようになって帰るから。」


カット:夕焼けが広がる教室の窓から差し込む光が、柚月の背中を包む。彼女の前には、まだ真っ白な楽譜と未来が広がっている。


次回、柚月が「風のソナタ」に本格的に取り組む中で、自分の音楽に対する確信を深めていく姿が描かれる。新しい挑戦が彼女にどのような影響を与えるのか、期待が高まる。

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