珈琲4杯目 猫と執事と鴛鴦(えんおう)剣

珈琲4杯目 (1)クラウの懇願

 クラウ様は公休日になられると、ほぼ必ず叔母であるリュライア様のところに顔を出されます。本日も公休日、そろそろお見えになられる頃かと思いましたが、本日に限ってリュライア様は猫吸いを――つまり、猫形態のわたくしの腹部にお顔を埋めてその感触を五感で愉しまれる行為を――やめようとなされません。


(リュライア様、そろそろ……)猫形態のわたくしは人間の言葉を話せませんので、<念話>の魔法でリュライア様に訴えかけましたが、ご主人様は執拗な愛撫をやめようとはなされません。

昨夜ゆうべのお返しだ。私がもうやめてと懇願しても、やめなかっただろう?」

 そうおっしゃると、ますます激しくわたくしのお腹に顔を埋められました。そして、「いいことを思いついたぞ。クラウが来ても、このまま奴の前で続けようか」


 わたくしは諦めて、リュライア様のなすがままにされることといたしました。そのうち玄関の呼び鈴が鳴り、クラウ様がお見えになられたことを告げましたが、リュライア様はわたくしを放そうとはなされません。

「奴はそのうち上がってくる。今日は奴を構う必要はない。奴の目の前で悶え、いい声で鳴いてくれ」

 何かいかがわしい本でもお読みになられたのでしょうか。わたくしはやむなく、机の上でリュライア様に猫吸いされながらクラウ様をお迎えすることといたしました。


 しかし、何か様子が変でございます。いつものクラウ様でしたら、わたくしの出迎えが無いときでも、階段を駆け上がって二階の居間に飛び込んでこられるはずですのに、本日はごく静かに階段を上がってこられる足音しかいたしません。



「……おはよう、リュラ叔母様」

 居間に入ってこられたクラウ様は、服装こそいつもの制服姿であるものの、ご様子がまったく異なっておられました。さすがにリュライア様もお顔を上げて、いつになくおとなしい姪のご様子をうかがわれます。

「おはよう、クラウ。どうした、拾い食いでもして腹を壊したか? ああ、そう言えば魔法史の抜き打ち試験に落ちて、追試があるとか言っていたな。さては追試も不合格で、留年が決まったか?」


 これでも大切な姪御様を気遣われておられるのですが、クラウ様はうつむいて力なく椅子に腰を落とされただけで、何もおっしゃられません。明らかな異変に、わたくしは人間形態に戻る許可をリュライア様に求めようといたしましたが、その前にクラウ様が突然顔を上げ、切羽詰まった口調で叫ばれました。

「叔母様、お願い! 変身魔法について教えて!」

 これまでクラウ様から魔法を教えてほしいとお願いされたことは一度もなかったリュライア様でございますが、このときの反応は驚きよりも困惑でした。


「どうした、突然?」

「ねえ、人を剣に変える魔法ってあるんでしょ? だったら、魔法で剣に変えられた人間を元に戻す魔法もあるよね!?」

 クラウ様は立ち上がって、リュライア様の机に手をついて身を乗り出されました。わたくしはこれ幸いと、驚いたふりをしてリュライア様の抱擁から逃れようといたしましたが、リュライア様はわたくしをしっかり掴んで離されません。


「落ち着け、クラウ。順を追って話せ」

 リュライア様は、張り詰めた表情のクラウ様を見上げつつ、わたくしを膝の上に移されました。人間形態になる必要はないからそこで聞いていろ、ということでございます。わたくしはおとなしく、リュライア様の膝の上で丸くなってお話をうかがうことにいたしました。

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