第23話  再始動

 ここ数日は雨湯児さんとすれ違う日々が続いてる。

 挨拶はするけどぎこちなく駐車場でもなかなか会うことがない。

 よくよく考えると突然あんな事をされた挙句私からも誘ってしまった私達は落ち着きと言う現実を直視する薬が効いて気まずくなってた。

 そして今、私は滅多にない残業に追われてる。

「なんで金曜日に不具合が起きて残業しないといけないのよーー!」

 隣で机に突っ伏し机を指で高速で叩く百瀬さんが居た。

「まぁ、たまにはいいじゃないですか。イレギュラーはいつでも起こる事ですから」

 私も今日のうちに始末したかったタスクができなくなっててアレやこれやと試してる。

「まぁ、部長がたまには残業代をかっぱらっていけって気をきかしてくれたけど金曜日はちゅらい」

 百瀬さんが起き上がり作業を続ける。

 入社二年目で殆ど残業したことのなかった私には時間の進みが遅くなった気がする。

「他の場所も残業対応してるのでしょうか?」

 私がぼやくと。

「システム課は悲惨でしょねー、他も残ってるんじゃないかしら」

 予想通りの答えが返ってくる。


 心の中でため息を吐き作業を続ける。

 

 結果は2時間いつもより遅く退社する事になった。


「あ…」

 声が聞こえて振り返ると雨湯児さんが出入り口から出て来ていた。

「そっちも残業だった?」

 当たり障りのない問いかけ。

「え、あ、はい。もう何もかも遅くなってこんな時間でした」

 少し笑いながら雨湯児さんが言う。

 続けて「紗凪先輩も同じ感じでしたか?」と。

「うん、私のとこも時間かかったよ…お腹すいたー」

 空腹である事を示す。

「私もお腹空きましたけど、食べるのもめんどくさくなって来ました」

 肩をすくめながら歩いてくる。

「夜中絶対お腹空くよー。一緒に食べない?」

 ここ数日、彼女と会話をしていない事に少し落ち着きと同時に物足りなさがあった。


「お誘いとあらばご一緒しますよ、紗凪先輩」


 たぶんいつもの調子に戻った雨湯児さんとファミレスに向かった。


 二人で向かい合い注文した料理が来るまでの間は雨湯児さんは落ち着かない様子だった。


「雨湯児さん、大丈夫?」

 私が問いかけると彼女はビクッと姿勢を正し。

「あ、その。先日は大変…失礼なことを…ごめんなさい……」

 彼女も悩んでた、気にしていたと言うことか。

「ああ、別に厭とかじゃないから。ただまぁ、なんであんなことしたのかなってのは当然あるけど…別に無理に聞く気はないから。その内でいいから」

 どうせ衝動的なんだ、理由なんてない。

 私はそう片付けた。

「うう、すみません。なんかもう、ああしなきゃって体が勝手に…」

 机に頭をゴンと打ち付ける雨湯児さん。

「ただ、先輩とキス…した時…」

彼女は顔を上げ私を見る。

「クセになりそうでした…」

 これは、告白を受けてるのか。

「チューだけに中毒になったと」

 ボケるしかない。

「……そうですね、そうかも知れません。すみません」

 ダメでした。


 面と向かって言われると予想もできない衝撃というのはドラマ、小説を見て読んでいても対応できないと言うのを実感する。


「あははは……」

 私も心地よさを感じてしまってたから何か言えた義理ではないのを痛感する。


 品が運ばれて私達は口数が無くなりひたすら食事に向き合う。


「「ごちそうさまでした」」

 食べ終わり割り勘で会計する。


「今日は誘っていただきありがとうございます、先輩」

 ファミレスを出て雨湯児さんが声をかけてくれる。

「ううん、雨湯児さんと食事するの気に入ってるからこちらこそありがとう」

 一人に慣れたつもりでも食事の時は味気かなくなるを痛感する。

 そう言う時に彼女との食事は良い刺激になる。

「え?あ、ありがとうございます」


「雨湯児さんは土日は普段何してるの?」

 一緒に出かけたことはあるけど普段は何してるのか気になってた。

 彼女の部屋は生活感が無い、ベッドとテーブルと少しの食器しか見えなかった。

「土日ですか?午前中に買い物を済まして午後からは家にほとんど居ますよ。ネットは繋いでるので動画とかネットサーフィンですよ」

 ふむ、もし出掛けることに付き合ってもらうとしても時間的には問題なさそうだ。

「じゃあ、土日とかご飯に誘っても大丈夫?」

「ええ、先輩が私でよろしければご一緒しますよ」

 笑顔で雨湯児さんは答えてくれる。

 一人でいるのが未だ辛い事を克服できない私が都合のいい後輩を『使ってる』様にしか見えない客観的事実から目を背き『私は前に進んでると錯覚』する。

 ただの依存体質。

 分かっていてもどうしようもないのだ。



「じゃあ時々だけど、連絡するね」

 それじゃ、と自分の車に向かおうとすると雨湯児さんに呼び止められる。


「先輩、少しだけ許してください」

 何のことかわからなかったが雨湯児さんが私に抱きついて来た。

 胸に頭を沈めた雨湯児さんに私は少し心拍数が上がったのが分かった。

 抱きつくことを許せと言うことかと理解する。

「可能であれば連絡は午前中がいいです。可能であればですから。あー、先輩っていい匂いしますね」


 薄暗い駐車場で抱きつかれる私。


「ありがと。気を遣わせちゃってごめんね」


 何のことか分かりませんねと読める顔の彼女はいつも通りの彼女に戻っていた。


「それじゃ先輩、連絡待ってます!」

 そう言いバイクを止めてる駐輪場へ歩を進め私に踵を向ける。

 

 私は小声で「またね」と言い車に乗る。

 早速明日も連絡してみよう。


 そして私は雨湯児さんができれば午前中に連絡して欲しいと言う理由を明日知ることになった。



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