第9話

 僕はすぐに『クッキー』に電話した。


「もしもし~?」


「殺しを行いました。場所は今僕が立っているビルの対面にある路地裏です」


「はーい。りょうかーい」


 クッキーはふわっとした返事だが、パソコンに何かを打ちこむ音が聞こえているので心配ないだろう。そして、僕は気になったことを質問した。


「あの、殺した相手、血が緑色だったんですけど、何か知ってますか?」


 クッキーの打鍵音がピタッととまる。


「もう一回言って。聞き違いかもしれない」


「殺した相手、血が緑色だったんですけど、何か知ってますか?」


「……インベーダーだったの?」


「……インベーダーって何ですか?」


「ああ、そっか。まだ知らないんだよね。とりあえず怪我はない?」


「はい。大丈夫です」


「良かった。それでどうやってその人を殺したの?」


「いや、殺したというより殺されたって感じなんですけど――」


 僕はここまでの状況をクッキーに話した。


「なるほどね。大体わかった。その死体は回収しておくから、帰っていいよ。後、丸山君にも電話しておいて。インベーダーに会ったって言えば、いろいろ教えてくれると思うから」


「わかりました」


「それじゃ、そうゆうことでよろしく」


 ここで電話を切られた。僕は目の前に転がる緑の血を見ながら、これは明らかに異常だと感じた。そしてあの置き手紙からしてアルファも異常者側だと確信した。


 忘れないうちに丸山にも電話をかけた。


「もしもし?」


 丸山が1コールで出たので本当に仕事をしていたのか、と疑問に思ったが、用件だけを伝える。


「今日インベーダーに会いました」


「なんだって⁈」


 電話越しにも丸山が慌てているのがわかる。奴らはそんなに重要なのだろうか?


「とりあえず怪我は?」


「ありません」


「じゃあ今から……は無理そうだから、今日の夜8時に探偵事務所で。詳しいことはそこで説明する」


「……20時は予定が――」


 携帯からブチッと音が鳴って、一方的に電話を切られてしまった。そしてすぐにプープープーいう音が繰り返される。20時は高瀬と会う約束をしているし、高瀬の連絡先は持っていない。丸山にもう一度かけてみようか、とも思ったが一方的に切るぐらい忙しい状況なのかもしれない。そう思うと僕の手は止まってしまった。


「はあ」


 僕は深くため息をつきながら、溝口の家に向かうことにした。


 溝口のマンションに着いた時刻は18時。もう少ししたら彼が帰ってくる時間。僕は少し焦りながらも、鍵をピッキングする。彼の部屋の鍵は思っていたよりも簡単に開いた。中に人が可能性を考えながら、銃を片手にドアを開ける。しかし中には誰をいなかった。調理された料理もリビングにはない。キッチンにも料理をした形跡はなく、冷蔵庫を開けても、まだ調理されていない食品が入っているだけ。僕が冷蔵庫を閉めたタイミングで電話が鳴った。画面には非通知の表示が出ている。


 僕はきっとストーカーからの電話だろうと直感した。本当に溝口のことをストーカーしているなら、僕のことを知っていてもおかしくはない。


 きっとこの電話に出ても、脅されるだけ。お前の行動は把握している、と。手を引け、と。


 僕はベランダに出て、この部屋の入り口を見張ることのできる建物を探した。この部屋が七階な事に加え、入り口側は駅方向であり、住宅地が広がっている。これではストーカーの位置を特定することはできないだろう。僕は諦めて電話に出た。


「もしもし」


『出るのが遅いな。さらに、こちらの居場所を特定しようとするとは食えない奴だ』

 

 ボイスチェンジャーがついていて、声色から特定することは出来ない。しかし、少し探りを入れてみることはできるだろう。


「言いたいことはそれだけか?」


『……貴様の行動は把握している。殺されたくなければ溝口陽太から手を引け』


 やっぱりそう来るよな。僕は期待通りのセリフを聞けて満足しつつ、相手を挑発することにした。


「殺しに来てくれた方が手っ取り早くて助かるんだがな。こっちから行ってやろうか?」


 僕は相手を脅すように言った。相手はなかなか次の言葉を発しない。これはチャンスだろうか?


「お前の正体に俺が気づいてないと思ってるのか? ずっと追われることになるぞ」


『妄言もそれぐらいにしておけ。さもないと、ここからお前の脳天を撃ち抜くことに

なる』


「撃ってみろ撃ってみろ。どうせそんな勇気も、武器もないんだろう?」


『そうか、残念だ』


 目の前にある家の窓が一瞬光った気がした。僕はすぐに部屋の中に隠れる。すると一発の銃弾が八階のベランダに穴をあけた。


「そこか」


 僕はすぐに溝口のマンションを後にし、その家に向かう。玄関を出るときは射線を切るためにしゃがみ、階段を駆け下りた。電話はいつの間にか切られている。マンションの入り口で溝口とすれ違った。彼は驚いた様子で僕をみた。しかし、構っている暇はない。僕はストーカーが居るであろう家に急いだ。


 ストーカーが銃を撃ってきた家には、もう誰もいなかった。


 遅かったか。


 銃の弾丸が一発落ちていたので、ここに居たことは間違いないだろう。僕はまだストーカーから監視されている可能性も考えたが、マンションを出た時点できっとそれは不可能だ。この家は空き家という感じで、もう長い間使われてなさそうだ。しかし、ここからなら、溝口の部屋のべランダ、入り口の両方がよく見える。


 なるほど、監視にはぴったりだな。


 僕は何かヒントが残されていないかと、その家を探索した。すると二階のとある部屋で一枚の写真を発見した。その写真にはどこかで見たことがあるような少年と、その両親が映っている。僕は一応その写真を持って帰ることにした。

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